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植物博士モチオののんびり遺跡フィールドワーク ~歌姫カリーナと二人の木の精霊に囲まれて、伝説の果実を育てることになりました~  作者: ゆうぎり
第1話 歌う花と、のんびり植物博士

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四人の出発

 影弦えいげんの刻が静かに幕を閉じ、夜の帳がゆっくりと遺跡を包み込みました。


 萌芽ほうがの月の星たちが天頂で「ちかちか」と瞬きはじめ、古い石柱を冷たくも美しい銀色に染めていきます。


 けれど――


 モチオくんたちの周りだけは違いました。


 足元で静かに光を残す新芽。

 そして精霊たちが放つ「ほかほか」とした温かな気配。


 そこだけがまるで、昼間の春の陽だまりを夜に残したような、不思議なぬくもりに包まれていたのです。


「ふう……。なんだか、とっても濃密な一節いっせつだったね」


 モチオくんは丸っこい体をゆっくり起こしながら、大きく欠伸をしました。


 さっきまでただの古い石の遺跡だった場所が、今はどこか生きている場所のようにきらめいて見えます。


 カリーナちゃんの歌声と、精霊たちの笑い声。


 そのふたつが、この場所をすっかり変えてしまったようでした。


「そうね! わたしも、なんだか胸がいっぱいで『きらきら』しちゃうわ!」


 カリーナちゃんは竪琴を大事に背中のケースへ収めると、ぐーっと元気よく伸びをしました。


 星明かりを受けて、彼女の影が「すーっ」と地面に伸びます。


 そしてモチオくんの服についた土を「ぱっぱっ」と払ってあげながら、くすっと笑いました。


「ねえモチオ、お腹空いてない?」


「ギルドの帰りに村のパン屋さんで、ふかふかの丸パンを買ってきたの」


「あとで、みんなで食べましょうよ」


「わあ! 丸パン! あたしそれ大好きーっ!」


 カリンベリーが「ぽよん」と跳び上がりました。


 そして――


 モチオくんの頭の上に、ぴたりと着地します。


 ふかふかの髪を足場にして、そのまま「ぴょこぴょこ」と小さく跳ねました。


 どうやらそこが、精霊にとって世界でいちばん眺めの良い特等席になったようです。


「ふふ、カリンベリーは食いしん坊さんですね」


 アイベリーが静かに歩み寄り、モチオくんの服の裾を「ぎゅっ」と握りました。


 その小さな手には、森そのもののようなやさしいぬくもりが宿っています。


 モチオくんはその手の上に、自分の手をそっと重ねました。


「うん。アイベリーちゃんの言う通りだね」


 そして、少し考えてから言いました。


「……でも、その前に」


 モチオくんはもう一度地面に膝をつき、丸っこい革鞄を開きます。


 中から取り出したのは、まだ真っ白なページが残る観察日誌でした。


 真鍮の万年筆の先を、一ドロップのインクに浸します。


 新芽の淡い光を頼りに、ゆっくりと最初の記録を書き込みました。


**************

 『双星の年、萌芽の月。アイレックス遺跡にて。


  今日、ぼくは小さな命が、大好きな歌に「ニコニコ」と笑い返してくれる奇跡を見つけた。


  そして――


  二人の新しい大切なお友達、アイベリーちゃんとカリンベリーちゃんにも出会えた。


  この新芽くんが、いつか自分だけの名前を見つけるその日まで。


  ぼくたちは一緒にお散歩を続ける。


 「がんばらなくていい」お散歩のはじまりだ。』

**************


 モチオくんが日誌を「ぱたん」と閉じると、夜の風がそっと背中を押しました。


 鞄の中身は変わらないはずなのに、今の彼にはそれが羽毛のように軽く感じられます。


 一リーグ先の観察小屋には、温かなランプの灯り。


 そして、みんなで囲む食卓が待っていました。


「モチオー! 行くわよー!」


 カリーナちゃんが元気に手を振ります。


「遅れちゃうとパンが冷めちゃうんだから!」


「待って待って、カリーナちゃん」


 モチオくんは笑いました。


「……ぼくも今行くよ」


 カリーナちゃんが先頭を「タッタッタッ」と進みます。


 その隣を、アイベリーが「とてとて」と寄り添うように歩きました。


 モチオくんは、頭の上にカリンベリーを乗せたまま、おっとりした歩調でその後を追います。


 月明かりの下。


 四人の影が、遺跡の地面に重なりました。


 それは、寄り添い合うひとつの形。


 どんな難しい学術理論よりも、ずっと確かな――


 幸福な絆のしるしでした。


 四人の足音と笑い声は、夜の森に小さな灯りをともすように響きます。


 そして、ゆっくり。


 ゆったりと。


 深い緑の奥へと消えていきました。


 物語は今。


 静かに、けれど確かに。


 最初の一節いっせつを刻みはじめたのでした。

調査ログ:補足事項


【物理の理】


一リーグ:観察小屋から街へ、あるいは遺跡へと続く「散歩」の目安。


一ドロップ:真鍮の万年筆を潤し、世界の美しさを記録するための最小単位。


【刻の理】


双星の年:魔導観測紀元における「分岐点」の年。四人の旅が始まった運命の起点。


萌芽の月:春の息吹。新しい命と、新しい絆が芽吹く季節。


一節いっせつ:モチオくんが日誌に綴る一項目。あるいは、彼らが共に過ごすかけがえのない時間。

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