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トラウマ的な  作者: 阿波野治


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マスク

 店の前、出入りの邪魔にならない場所で足を止め、金色の看板を見上げる。ハングルを四角張らせたような未知の言語がつづられていて、文字というよりはほとんど絵だ。わたしの夢なのに読めないなんて融通が利かないなぁ、と思いながら、ドア越しに店内をうかがう。玩具屋店頭のLEDライトの明るさのせいか、店の中は暗く見える。判然としない領域が大半を占めたが、テーブルに着いて割り箸を動かしている客を複数確認できた。

 考えてみれば、一人で飲食店に入るのは初めてだ。

 母親が提供する食事の献立に文句があるなら、「食べてくる」と一言断ってファミレスやファストフード店へ行けばよかった。しかし、できなかった。不登校の身分で外出するのは抵抗があった、ではなく、一人きりで食事をしたいのに、客で賑わうそれらの店で食事をしたくなかった、でもなく、一人で飲食店に入る勇気がそもそもないから。

 沙理くらいの年齢ならば、まだそういう少年少女もたくさんいるだろう。世間一般の少年少女との決定的な違いは、いっしょに飲食店で食事をしてくれる友人が彼女にはいなかったことに他ならない。

 しかし、ここは夢の中だ。自分自身が見ている夢の中だ。夢だからこそ、現実世界では発揮できないような勇気も発揮できる。だって、夢だし。魔法の合言葉一つで積極果敢になれる。

 店の前で突っ立っていても怪しいし、邪魔だし、とりあえず入ろう。

 金色のドアノブを掴んで押し開くと、ドアベルの透明感のある音色が鳴り響いた。窓越しに見た割り箸から、和の店だという印象を持っていた沙理には、ちぐはぐな音色に感じられた。

 店の中は揚げ物の匂いが充満している。不登校になったのを境に食欲が減退して以来、苦手になった匂いの一つだが、不快感は覚えない。肉、魚、野菜、なにを揚げた匂いなのかまでは判然としない。複数の食材を揚げた結果の曖昧な匂い、という可能性もありそうだ。一方で、揚げ油ではない匂いが揚げ油の匂いにさり気なく混じり合った結果、正体が掴みにくくなっているような気もする。

 黒いエプロンを着用した男性店員が店の奥から駆け足でやって来た。どことなく焼き肉店の従業員を連想させる風采のその店員は、何名様でしょうか、とわかり切ったことを尋ねた。一人です、と沙理は答える。「どうせ、夢だし」的なふてぶてしさを前面に押し出しつつ、多少なりとも緊張しながら。

 男性店員に先導されて店の奥へ向かう。照明の光は意図的に抑制されているようだが、店外から窓越しにうかがったさいの印象と比べれば明るい。店内は静かで、あらゆる方向から万遍なく話し声が聞こえてくる。

 案内されたのは、奥まった二人掛けの座席。安物くさいが粗悪ではない革製の椅子に腰を下ろし、メニューを開く。店名のことがあったので不安だったが、料理名はすべて日本語表記だった。トンカツを中心に数種類の揚げ物がラインナップに上り、セットメニューも豊富だ。若い女性の店員が水を持ってきたので、トンカツにライスの小がついたセットを注文した。

 氷入りの冷たい水を一口飲む。人心地がつき、周囲を観察する余裕が生まれた。

 客の入りは八割程度といったところか。一人客が多い。三人に二人ほどの割合で、頭部全体をすっぽり覆うタイプのオオカミのマスクを被っている。沙理はいつの日か夢で遭遇した、頭部がオオカミになった同級生の少女を思い出した。オオカミマスクをつけた人々は、人間のものでしかない首から下の様子から判断したかぎり、年齢も性別もばらばららしい。

 マスクは口の部分が空洞になっていて、そこを通じてトンカツや白米やキャベツなどを口へと運んでいる。咀嚼しているのはマスクの中にある人間の口のはずだが、連動してマスクであるオオカミの口も動くので、獣面人身の怪物が食事をしているかのようだ。行儀がいいのでおぞましさは感じないし、逆に滑稽という印象もない。徹頭徹尾マナーを守って食事をして、ちゃんとお金を払って、店から出て行くのだろうと思える。

 全体の三分の一を占める普通の客は、オオカミマスクの人々を気にも留めていないらしい。

 オオカミ人間たちの観察を続けているうちに、口の中が空になっていると推察されるあいだ、彼らがひとり言をつぶやいていることに気がついた。ひとり言だと判断したのは、オオカミマスクを着用した人間全員が一人で着席していたから。職場の親しい同僚や、たまにいっしょに遊ぶ同性の知人といった、一定以上親しい人間に話しかけるような口ぶりだ。沙理の近くの席に座っている者もいれば、遠く離れた席に座っている者もいたが、誰の声も同じ音量、明瞭な発音で彼女の耳まで届いた。

「目には目を、歯には歯を。この国ではそうなっているからね。野蛮な民族だから、ということじゃない。この国ではそうなっているから、そうしなければいけないんだ」

「無辜の命を奪った罪は重いよ。彼には消えてもらうしかないね」

「仕方ないよね。かわいそうな気もするけど、それがルールなんだもん」

「それにしても、下手人はどこへ行ったんだろう」

「直に見つかる、直に見つかる。向こうはここが広大な宇宙空間だと勘違いしているようだが、実際は狭隘な島国だ」

「ていうか、罠ならすでに仕掛けてあるし」

 口々にしゃべっているようで、オオカミマスク同士で会話が成立しているかのような内容とタイミングで言葉はアウトプットされている。

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