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トラウマ的な  作者: 阿波野治


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始末

 何度か試み、すべてが失敗に終わって、沙理は本分を思い出して苦笑をもらす。

 境界線なんてどうでもいい。とりあえず、豆腐だ。豆腐を買わないと。手に入らないものを求めて嫌な思いをするくらいなら、馬鹿げたミッションをこなしてさっさと現実に帰るほうがいい。よっぽどいい。

 ため息ではない息を吐く。保坂さんの姿が視界に入る。相変わらず苦しそうな後ろ姿。なにも処置を施さずに熱中症が回復することはあるのだろうか? たぶん難しいだろう。しかし、沙理はすでに保坂さんを見捨てる方針を固めている。

 ただ、夢とはいえ、保坂さんはクラスメイトだ。それに、心から苦しんでいる。冷然と斬り捨てたのでは寝覚めが悪い。夢の中にいるだけに、文字どおりの意味で。できる範囲内でフォローしてあげたい。ただ、そこまで時間も手間もかけられない。

 良案を求めて四囲を見回す。朝礼台を捉えた瞬間、双眸は台上に釘づけになる。

 校長が分裂したのだ。

 イメージとしては、セミの羽化。といっても、脱皮したほうの校長は、体色が薄いとか、体が一回り小さいといった、抜け殻に該当する校長との外見的な差異は認められない。抜け殻の校長も、セミのそれのように身じろぎ一つしないわけではなく、脱皮する以前と同じ調子でしゃべり続けている。したがって、脱皮した校長が本体で抜け殻の校長が抜け殻、という印象はない。AとB、どちらも同格の分裂のようだ。

 脱皮した校長が朝礼台から下りる。抜け殻の校長の話し声に、階段を踏み締める靴音が混じる。二人の外見はまったく同じ。夢だということも忘れて、というより夢だとわかっていても、沙理は呆然としてしまう。

 朝礼に参加している児童と教師は、脱皮した校長の動きには目もくれない。だるいなぁ、長いなぁ、暑いなぁ。そう言いたげな面持ちで、形だけは生真面目に校長の長広舌を拝聴している。

 校長は二人とも、自分ではないほうの校長には一瞥もくれない。強いて無視している、というふうでもない。誰の力による分裂なのだろう。なんのための分裂なのだろう。

 朝礼台から下りた脱皮した校長は、整列する生徒たちに向かって歩を進める。自分のほうに向かってきていると気がついた瞬間、沙理は狼狽してしまった。

 夢を見ているのは沙理なのだから、彼女を中心に物語が進行するという理屈は呑み込める。夢の本質はカオスだと、ちゃんと理解してもいる。しかし、それらを差し引いても、分裂した人物が近づいてくるのは困惑を禁じ得ない。

 保坂さんに視線を転じる。相変わらずの背中を見た瞬間、現状の彼女は、現空間にいる中でもっとも頼りにならない存在だと気がつく。

 どうしよう。

 悲愴感はないが、余裕が含まれているわけでもない声で心の中でつぶやき、顔を上げる。脱皮した校長はいつの間にか沙理の目の前にいて、軍人の男性に変身している。二度夢に現れた、全裸で屈強な体つきの軍人だ。

「お困りのようだね。サバイバル向けの土地じゃないが、助けに来たよ」

 どうして?

 反射的に尋ねようとして、咄嗟に口つぐむ。口にしたばかりの彼の言葉が答えだと気がついたからだ。いや、ここが夢の中だという時点で、答えは出ているに等しいと言うべきか。

「助けるって、どういうことですか?」

「これは君が見ている夢なんだから、自分がなにを望んでいるのかはわかりきっているだろう? ……なんて言うのも冷たいから、教えるよ。保坂を始末することだね」

「始末……」

「そう、始末。死んでしまったら、わざわざ自宅に送り届けなくてもいいだろう? 君が殺すんじゃなくて僕が殺すんだから、良心の呵責を受けずにすむ。そうすることで捻出された時間を、君は君のために使う。いいこと尽くめじゃないか」

 軍人はがっしりした肩を竦めた。芝居がかったしぐさ。芝居がかっているのを承知で示してみせたような、そんな内心が見え透いた。

 軍人の言うとおりだ。沙理はすでに保坂さんを放置していく方針を固めていて、最後の躊躇いを乗り越えさせてくれる言葉や出来事を待っているだけ。

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいますが。最後に一つ、質問いいですか」

「どうぞ」

「道具をなにも持っていないのに、始末できるんですか?」

「平気さ。素手で大型動物を屠る技術会得ずみだから。ついでに解体術もね」

 軍人の前ではなにを問いかけても愚問になり、子ども扱いしかされないようだ。しかし、不愉快な気分ではまったくない。状況が状況ならば、むしろもう少し話していたい。小さいとはいえ、簡単ではない食材である保坂さんをどうやって捌くのか、生で観賞したかった。

 でも、もう行かないと。

「頼もしいです。ありがとうございます。では、わたしは行きますね」

 はにかみ屋の幼女のように頭を下げ、その場を去る。時おり振り返ったが、軍人は沙理が見えないところに行ってから作業にとりかかる腹積もりなのか、にこやかな笑顔を見せながらじっとその場にたたずんでいる。

 彼はきっと、と沙理は思う。保坂さんを解体するのに、おちんちんを使うんじゃないかな。

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