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トラウマ的な  作者: 阿波野治


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質疑応答

 ――誰か。

 誰か、保坂さんに気づいて。わたしがしゃがめば、後ろの森田さんにうずくまっている姿が見える? ハゲ校長のクソどうでもいい語りよりも大きな音で拍手を打ち鳴らせば、みんなが注目してくれる? そんな恥ずかしいことをする前に、気づいて。みんな、こっち! こっちだって! クソハゲ校長じゃなくて、こっちに注目して! ていうか、唯一確実に異変に気づけるポジションにいるわたしがなんの手も打たないの、不自然なんだけど。でも、声をかけたら、みんなから確実に注目されてしまう。そんなの、嫌だ。怖い。恥ずかしい。じゃあ、誰にも気がつかれないような小声で安否確認をするのは? うん、それがいいかもしれない。で、保坂さんの返事が「大丈夫じゃない」だった場合、とりあえず日陰まで移動ということになりそうだけど、無断で保坂さんに肩を貸して現在地から離れようとすれば、当然みんなが注目するだろうし、そもそも先生に一言も伝えずに独断で行動をとるのはよくないよね。だから先に先生を呼ばなきゃいけないわけだけど、声を上げたらみんなが注目するのは確実だから、どちらにせよ注目を浴びる。どう足掻こうが注目されてしまう。逃れられない。……怖い。そんなの無理。悪夢じゃん。ていうか、なんで怖いの? みんなから注目を浴びるから? そんなの、答えになっていない。理由になっていない。なんで怖いの? ……わからない。なんで? なんでわからないの? ……わからない。わからない理由がわからない。なんで? なんでなの? わたし、なんでわからないの? わからない? 全部わからない。ていうか、えっ? なんで? マジで、なんで? なんなの? なんでわからないの? うわー、怖い! 怖いって、マジで。ちょっと、マジで、えっ、なんで。わたし――わー怖い! 怖いって。怖い怖い怖い。マジで怖いって。いやっ、ほんと――うわあ! 怖い! 怖い! 怖い怖い怖い怖い怖い――。

 直立不動、表情を固く強張らせ、唇を強く結んで思案し混乱し恐怖しているうちに、過去に自分が同じ体験をしたことがある気がしてきた。七月、朝礼、保坂さん、熱中症。それらすべての要素が共通している、体験。

 一年生から二年生に進級するにあたり、クラス替えはなかった。しかし、なにかがおかしい。保坂さんは特別体が弱いわけじゃないのに、二年連続で校長先生の話中にうずくまる、だなんて。

 仮に同じような体験を永遠に、あるいは何回かくり返すのを強制されているのだとしたら、大変なことだ。怖いじゃなくて、ただただ大変だと思う。みんなから注目される恐怖から逃れたいと思ったのと同じように、大変さから逃れたい、と沙理は願った。前者の解決策はいくら考えても浮かばなかったが、後者のそれはすんなり見つかった。

 保坂さんに声をかけて、未来を変えてしまえばいい。

 しかしそのためには、みなから注目される恐怖を引き受けなければならなくなる。

 ここに葛藤が生じた。ループをくり返すか。それとも、耐え難い恐怖を体感するか。

 厳密にいえば、葛藤ではなかった。永遠の反復と、強大ではあるが一過性の恐怖。避けられるならば、どちらも避けたいのは言うまでもない。二者択一ならば一過性の恐怖を選びたいと願うのも、これもまた言うまでもないことだ。

「保坂さん」

 恐怖が嘘のように、親友に話しかけるような調子で沙理は声をかけた。上体の角度は二十五度ほど。保坂さんの耳になんとか届くかな、誰かが自分に声をかけているとかろうじてわかってくれるかな、くらいのボリュームで。

 保坂さんは無反応だったが、勇気を振り絞ったことで腹が据わった。

「どうしたの? 大丈夫? 気分悪いの? 先生呼ぼうか?」

 角度をもう十度かたむけ、少し声を強めて畳みかけると、保坂さんは振り向いた。顔は汗まみれで、頬は紅潮していて、「私は体調が悪いです」とこれ以上ないくらい声高に主張している。弱っているせいか、顔立ちがとても幼く見える。

「大丈夫? 先生を呼んだほうがいいかな?」

 予想に反して、保坂さんは首を横に振った。唇が蠢いたが、言葉は発せられない。これ以上発声する気力もないのかと思ったが、声は遅れて沙理の耳に届いた。

「悪いけど、水沼さん、私を家まで連れていってくれないかな」

「えっ?」

 思わず大きな声が出た。保坂さんの表情は疲労の色が濃いが、真剣さは伝わってくる。気分が悪いせいで自分がなにを言っているのかを理解していない、という様子では少なくともない。

「家って、保坂さんの自宅のこと?」

 首肯。

「体調が悪いから、早退して、お家で休むってこと?」

 首肯。

「家まで連れて行ってって、わたしが?」

 首肯。あまりにも反応が同じすぎて心配になったので、沙理はおもむろに天を指差し、

「空に浮かんでいるあの白いもこもこしたやつ、なんていう名前?」

「入道雲」

 気怠そうな声での即答だ。視線の方向が空ではなく沙理の顔なのが気になったが、分類名は合っている。

「保坂さんを送り届ける役は、わたし以外の人間じゃだめなの? ちゃんとした理由があってのことなの?」

 首肯。

「でも、運ぶって、わたしでは無理じゃないかな」

「平気だよ」

「あっ、ごめん。保坂さんの体重が重いとかじゃなくて、わたしは貧弱だし……」

「私と比べたら、水沼さん、ずっと大きいし。だから平気」

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