首
いったん言葉を切り、軍人の目を強く見つめる。彼の顔からは笑みが消失している。
「軍人さん。あなたは煎じ詰めればわたしだから、わからないことを訊いても答えられないかもしれないけど、深い場所に秘めている可能性に期待して、訊きたいと思います。わたしはどうするべきですか? それが知りたいです。教えてほしいです。お願いします……!」
深々と頭を下げる。視線が下りたことで、自分の右手が木の枝を握っていないことに気がつく。
一口しか食べなかったヘビの肉は、どこへ行ったのだろう。地面に落ちてしまったのか。軍人がいらないと判断して、沙理が気づかないうちに食べたのか。
鳥の鳴き声は聞こえてこない。薪が燃焼し、爆ぜ、いかにも炎が整然と燃えているらしい音が絶え間なく立つ。世界は黙祷しているさなかのように静謐だ。思いの丈を随分と長々と吐き出した自覚があるが、長々としゃべっていた自覚を後づけで付与されただけで、実際に流れた時間は数秒だったのではないか、という気もする。
「顔を上げて」
慰撫するような声音で言葉をかけられた瞬間、この言葉が欲しかったからこそすぐには顔を上げなかったのだ、と沙理は悟った。
軍人が、回答をくれる。わたしが思ってもみなかった解決策を提示してくれる。
胸を弾ませながら言われたとおりにして、彼女は息を呑んだ。
軍人の顔が母親のものに変わっている。見飽きるほどに見慣れた母親の顔には、普段もよく見せる柔和な微笑が浮かんでいる。首から下は軍人の姿のままだけに、酷く歪な印象だ。
「実行するかどうかは別にして、可能性を可視化しておくのはとても重要だから、この機会に見せてあげるよ。君は一人になりたいんだろう? その願いを妨げる両親が憎いんだろう? だったら、こうすればいい」
軍人は母親の唇を動かして軍人の声で言って、自らの頭部を自らの手でもいだ。レタスの葉を芯から外したような音が立ち、次の瞬間には分離していた。切断面は平らで、骨の血管も筋肉も視認できず、一面肉色に染まっている。その肉色は、チューブから出した絵の具を表面に塗りつけたかのようで、どこか味気ない。血は一滴も迸らなかった。
軍人が足元に落ちていた細い枝を拾い上げる。沙理が手にしていた枝そっくりで、肉塊は刺さっていない。その代わりとでもいうように、軍人は母親の生首を枝に突き刺す。枝はいとも簡単に頭部にのめり込み、肉の内部を突き進み、鋭利な先端部が脳天から飛び出した。木の枝はせいぜい頭部の頂から切断面までと同程度の全長だった、にもかかわらず、露出した部分は上も下も十五センチほどの長さがある。
「殺してしまえばいい。非人間化してしまえばいいんだ」
顔を上げると、軍人の首から上は、いつの間にか沙理の父親の頭部になっている。自らの妻と同様、柔らかく微笑んでいる。
軍人は母親の頭部を刺した枝を火にくべ、自らの頭部、すなわち父親の頭部をもいだ。簡単に外れたのも、血が噴出しなかったのも、母親のときと同じだ。
たたらったたらっ。
どこからか音が聞こえた。駆け足の速度で接近してくる。沙理は表情を強張らせて周囲を見回す。
木々の隙間から一匹の柴犬が現れ、軍人と沙理のあいだで急ブレーキをかけた。ぱたぱたとしっぽを振る。叩かれた地面の落ち葉が湿った土の匂いを立ち昇らせる。
なんの変哲もない、ありふれた柴犬だが、ただ一つ普通ではない点がある。首から上がないのだ。切断面の様態は、母親の頭部のそれと酷似している。
柴犬の胴体に父親の首が接続された。今や首なしの姿となった軍人が、己の頭部が消失していることなど意に介する様子もなく、自らの手によって。父親の頭部は、柴犬の頭部の代替とするには大きすぎる。両者の首回りには明確な差異があるが、強力な接着剤で貼りつけられたかのように微動だにしない。
父親の頭部がぎこちなく回転し、沙理のほうを向く。エールを送るかのようにウインクし、柴犬は体ごと百八十度方向を転換、走り出した。頭部の重さのせいか、酔っ払ったような足取りではあったが、覚束ないなりに軽快に、たたらったたらっ、と足音を響かせてジャングルの闇に紛れた。
冗長なショーを見届けて腰を伸ばすかのような挙動で軍人が立ち上がる。
軍人の股間はちょうど沙理の顔の高さにある。相も変わらずぼやけているが、曖昧模糊とした映像の中心に、棒のようなものが存在しているのが見て取れる。彼女の鼓動は静かに高鳴り出した。
「そして」
軍人の手が自らの股間に触れた。聞こえた声は疑いようもなく彼自身のものだ。息を呑んで顔を上げると、
「非人間化が完了したら、有毒な部位を取り除くんだ。サソリのときに見たから、わかるよね。有毒な部位を取り除く。至ってシンプルだ」
軍人の首はなかった。しかし軍人の声は、彼の頭部があった場所、ちょうど口があったあたりから発信されている。
「対象が人間になってもやりかたは変わらない。こうやって――」




