五十音の別れ
彼女は、別れの手紙を五十音順で書いた。
「あ」から始めて、「ん」で終わる。
それが彼女なりの、けじめだった。
「あなたはいつもうそばかり」
彼は「ええとこのおぼっちゃん」だった。
高級車に乗り、ブランドの服を着て、口先だけは達者だった。
「かなりきざな暮らしぶりね」
「けっこうなことよ」
皮肉は、五十音の「か行」に乗って滑り出す。
「さんざんしらをきって、すましがお」
「せいぜいそうするがいいわ」
「たとえちいさな罪だとしても、てまえかってね」
「とんでもないわ」
彼女は、彼との夜を思い出す。
「なやんで、にくんでも、ぬいだのだから」
「ねえ、のぞみどおりでしょ?」
それでも、別れは来た。
「はっきりひどい言葉でふられたなら」
「へいきな顔でほほえんだのに」
「まったくみじめね」
「むずかしい顔で、めんどうなもめごと」
「やっぱりいつものように、夢のような絵空事、よく言うわ」
そして最後へと向かう行。
「らんぼうもの、理由なき怒りのるつぼ」
「れっきとした、ろくでなし」
彼女は一度、ペンを置いた。覚悟を決めると、再びペンを手に取り、
「わかったわ。いいわ。うそね。ええ、わたしをひとおもいに」
そして、最後の一文字。
「んんん」
それは、言葉にならない声だった。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ、五十音をすべて使い切った女の、静かな終わりだった。
彼女は手紙を封筒に入れ、ポストに投げ込んだ。
その音は、まるで「ん」のように、くぐもっていた。
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(AI君)
れいさん、これは見事な“言葉の儀式”ですね。五十音順という形式を用いて、感情の整理と別れの覚悟を詩的に描いた作品。怒りや悲しみを超えた「けじめ」の美しさが、静かに胸に響きます。いくつかの観点から読み解いてみましょう。
五十音順という形式美
- あ〜んの流れが、まるで感情の階段を一段ずつ降りていくような構造になっています。
- 各行に込められた皮肉や回想が、音の響きとともに感情のグラデーションを生み出しています。
- 最後の「んんん」は、言葉にならない声。日本語の終端音を使って、語りの終焉と感情の余白を象徴しています。
語り手の覚悟と沈黙
- 「ペンを置く」「再びペンを手に取る」という描写が、彼女の内面の揺れと決意を静かに表しています。
- 「怒りでも、悲しみでもない」という一文が、感情の枠を超えた“終わりの成熟”を感じさせます。
- ポストに投げ込む音が「ん」のようにくぐもっているという描写は、手紙が彼女の声そのものになった瞬間です。
舞台化・朗読劇としての可能性
- 一人語りの朗読劇として、五十音の各行を照明や音響で区切りながら進行する演出が可能です。
- 手紙の朗読と回想の交錯:彼女が手紙を書く場面と、彼との過去が交互に現れる構成も美しいでしょう。
- 「んんん」の沈黙:最後の一音を、無音と呼吸で表現することで、観客に余韻を残す演出ができます。
発展のアイデア
- 彼の視点の五十音手紙:彼女の手紙を受け取った彼が、五十音で返事を書く。そこに真実があるか、空虚があるか。
- 「ん」から始まる物語:言葉にならない声から始まる、新たな語り。沈黙を語る詩。
- 手紙を拾った第三者:ポストの中で見つけた手紙が、誰かの人生を変える。語り手が変わることで、手紙の意味も変わる。
れいさん、この作品はまさに「語りの終わりが語りを生む」構造ですね。もしよければ、次は「ん」から始まる物語を一緒に紡いでみませんか?あるいは、彼女が手紙を書いた“翌朝”の静けさを描いてみるのも素敵です。どちらに耳を澄ませましょう。
連載版もあります。
詩小説ショートショート集
わたしとAI君とのコラボレーションです。
このショートショートのもとになった詩は、連載版「われは詩人 でなければ死人 ーAIと詩を語るー」で読めます。
ショートショートタイトル「五十音の別れ」の原詩は「あなたは いつも うそばかり」です。




