エルヒー
(なんだ?急に止まったが)
「どうかしましたか?」
「もうしワケないですが、すこしだけ、試させてもらいますね」
そういうと、この女性は、手に抱えていたフクロを、床に置いた。すると、「ズシン」と、ニブイ音がした。
(なんだ、このフクロは。メチャクチャ重いモノだろう、この音は)
キリガクレが、こうおもった瞬間、この女性が、すさまじいスピードで、キリガクレにたいして襲いかかってきた。隠し持っていたナイフで、斬りつけてきたのだ。
キリガクレは、すばやくソレをよけると、一旦、この女性とキョリを取った。だがしかし、その瞬間、その女性は、キリガクレの目のまえにやってきた。
(なんなんだ、このオンナの身体能力は)
じぶんに襲いかかってくるニンゲンが持っている、並ハズレた身体能力に、おどろいている間もなく、その女性は、つぎの攻撃をしかけてきた。
(イカン、受けにまわるとマズイ)
こうおもい、一旦はキョリを取り、態勢を立てなおそうとしたのだが、その瞬間、ヤハリこの女性は、すさまじいスピードで、キリガクレにたいして接近し、襲いかかってくるのだ。
このようなやりとりが、しばらくつづいたのだが、ダンダンとキリガクレも、あいてのことを、冷静に見れるようになってきた。
(身体能力はすさまじいが、武器をあつかう技術自体は、どうやらシロウトのようだ。剣術の訓練をしたようにおもえん。ナイフのあつかいかたが、シロウトのソレだ。ソレに)
あいての攻撃を、紙一重でかわしながらも、キリガクレはアタマの片すみで、あいてのことを観察していた。
(オレのことを殺そうだとか、大ケガさせてやろう。っていう感じがしない。さっきから、致命傷になるような攻撃は、まったく仕掛けてこない)
攻撃をかわしながらも、キリガクレは、対応策をかんがえていた。
(いずれにせよ、オレへの攻撃は、単純なナイフでのソレであって、剣術に基づくものじゃない。ソレに、異能をつかうようすもない)
キリガクレは、当初こそ、あいてのすばやい動きにたいして、うまく対処・対応ができなかった。
だがしかし、今はもう、あいてへの対処・対応策を、アレコレかんがえるだけのヨユウができはじめた。
(アレ?)
あいての女性は、じぶんのカラダにたいして、かすかな違和感を感じはじめていた。
(カラダのうごきが、ニブイ)
キリガクレにたいして、襲いかかろうとするのだが、じぶんのカラダのうごきが、ダンダンと、遅くなるのを感じていた。
(なにかが、ワタシのカラダにまとわりついてるような、カラダが重くなってくるような)
このような違和感をおぼえだした、まさにその瞬間、キリガクレのスガタが、目のまえからきえた。
(しまった、かんがえごとに気を取られすぎた。でも、一体どこへ)
こうおもった、つぎの瞬間、じぶんのカラダが、ピクリとも動かなくなってしまった。
つまり、「キリガクレがすばやく動き、目のまえから消えた」というよりは、「じぶんのほうが、まったく身うごきが取れなくなった。そのために、キリガクレのスガタを見失った」というほうが、ただしいようである。
「お嬢さん、コレ以上はムダだとおもうけど。まだオレにたいして、危害をくわえようとするかい?もしそうなら、イタイ目に遭ってもらうことになるけど」
襲いかかってきた女性のうしろに、キリガクレはいた。
「いえ、もう十分です。ワタシの完敗です。とつぜん襲いかかってしまい、もうしワケございません」
「ホントウだよ、まったく。一体なんの理由で、オレに襲いかかってきたのか、せつめいしてもらいたいもんだ」
「ええ、もちろんそうしますよ。でもそのまえに、一体なぜワタシは、身うごきがとれなくなったんですか?」
(どうやらコイツは、異能を持っていないらしい。異能を持たないニンゲンは、そのチカラを目で見たり、捉えることができない)
「ソレに答えるまえに、まずは」
こういうと、キリガクレは、岩かげのほうを見た。
「そこに隠れてるニンゲン、ここにでてきてもらいたい。おそらく、このお嬢さんのナカマだとおもうが、でてこないと、このお嬢さんに、イタイ目に遭ってもらうことになる」
こういうと、岩かげのほうでは、ゴソゴソと、ニンゲンが動いているようすであった。
(見知らぬニンゲンのいうことに、素直に従うとはかぎらんか)
じぶんのまえに、スガタを表そうとしない、隠れているあいてにたいして、一体どうしようかと、キリガクレは思案をしていた。すると、
「アナタたち、このヒトのいうとおりにしてちょうだい。もうコレ以上、ワタシたちが、このヒトにたいして、危害をくわえるべき理由はないわ。
ソレに、今のを見てたでしょ?ワタシたちじゃあ、たとえタバになったところで、このヒトには敵わないわ」
このように、この女性が声をかけた。すると、キリガクレが言ってもスガタを表さなかったあいてが、素直にオモテにでてきた。
(このオンナのいうことには、素直に従ったっていうことは、やはりコイツらは、このオンナのナカマだろう)
でてきたのは、オトコがふたり、オンナがひとりの3人であった。
(ずいぶん若そうだが、このオンナよりも、すこし年下だろうか。見たところ、3人とも10代の半ばから、後半っていうところか)
「この3人は、ワタシのナカマなんです。一方的に、勝手に襲いかかっておいて、ワガママをいうのは重々承知していますが、どうかこの3人にたいして、危害を加えないでもらえないでしょうか」
このようにいわれ、キリガクレはすこしのあいだ、思案をしていたのだが、見たところ、3人とも、じぶんにたいして危害をくわえてきたり、襲ってくるようなようすはない。カンゼンに、戦意を喪失しているようすであった。
キリガクレとしても、危害をくわえてこず、襲ってもこないあいてと、イチイチたたかう理由はないであろう。
「そういうことなら、コチラから、なにか危害をくわえたりはしませんよ」
(この島のなかを、これから調べなければならない以上、よけいなトラブルやモメごとは、できるかぎり避けたい)
「そうしてもらえると、ホントウにたすかります。3人とも、ワタシにとっては、たいせつなナカマなんですよ」
「じゃあアナタは、そのたいせつな3人のナカマと、なんでオレを襲ってきたのか。どうやらあの3人は、隙を見て、アナタの手だすけをするツモリだったんでしょう。
つまり、ばあいによっては、オレに襲いかかってきた。そういうことじゃないですか?」
キリガクレがこういうと、女性はすこしだけ、こまったようにわらった。
「ホントウに、もうしワケないとおもってるんです。アナタからすれば、見ず知らずのニンゲンに、ワケもわからない場所につれてこられて、とつぜん、ナイフで襲われたんですから。
アナタからすれば、とんだ災難だとおもいます。でも、ワタシたちにとっては、仕方がなかったんです」
「というと?」
キリガクレは、まだカンゼンには警戒心を解かず、聞きかえした。あいての素性や、襲ってきた動機・理由というものが、ハッキリとしないのである。
そうである以上、警戒心を解こうとしないのは、ごく自然なスタンスであろう。
(コイツらの得体が知れん以上、まだ警戒心を解くワケにはいかん。ソレに、このオンナの身体能力は、ハッキリ言って異常だ。
おそらく、武器をあつかうのはシロウトそのものだが、ソレを補ってあまりある、すさまじい身体能力を持っている。正直なところ、異能をつかわなければ、オレは負けていたかもしれん)
「もしかして、アナタがつかってるのは、異能というものですか?」
オンナからの問いかけにたいして、キリガクレは無言でいた。なんと答えればいいのか、わからなかったのだ。
(今のところ、このオンナとあの3人は、異能をつかっていない。つかおうとする素ぶりも、まったく見せない。だがホントウに、異能を持っていないのか?)
「とつぜん襲いかかってきたニンゲンに、手のうちをさらけ出したくないとおもうのは、仕方ありませんよね。ですから、コチラから、ハナシをさせていただきます。
ワタシたち4人は、異能というものを、まったく持っていません。もしもコレを持っていたなら、そもそも最初から、ナイフではなく、そのチカラで、アナタにたいして襲いかかっていますよ」
(ソレもそうか)
「アンタのいうとおり。オレは一応異能を持っている、異能者でね」
「ヤッパリですか」
こういうと、この女性のカオ色があかるくなった。
「実をいうと、先ほどアナタが、看守たちのことを、ジッと監視してたときに、ピンときたんです。どうやらこのヒトは、この島にたいして、敵意を持っているんじゃないかと。
でなければ、じぶんの持ち場をぬけだして、看守たちのことを、ジッと監視することはないでしょうし。
そのことに気がつかないフリをして、看守に見つからないようにといって、この場所につれてきたんです。
ソレで、どのていどのつよさなのか、かくにんをしたかったんです。そういえば、自己紹介がまだでしたね。ワタシのナマエは、エルヒーといいます。
ですから、そのままエルヒーと呼んでください。アナタだとか、アンタというのは、呼びにくいとおもいますので」
「そうか、ヤッパリあのときアンタは、もといエルヒーは、オレが看守のことを監視してると、気づいていたのか」
「ええ、最初は単純に、強制労働の持ち場をにげだして、まえに看守がいるから、コレ以上、進めないのかとおもいました。
でもだったら、前に看守がいるんだったら、べつの方向に進むはずですよね。ところがアナタは、そうはしなかった。
しばらくのあいだ、看守たちのうごきを、ジッと見ていました。このようすから、『単純な逃亡者じゃない』と、直観したんです」
「なるほど、たしかにリクツは通ってる。もしも単純な逃亡者だったら、前方に看守がいるとわかった以上、さっさと、べつの方向にむかうはずだ」
こういいながら、キリガクレは、このエルヒーというオンナにたいして、あらためてゾッとした。