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乙女的ヤンキー  作者: 江田 小枝
プロローグ
2/33

プロローグ-2

「俺、声かわいっ!てかすっぴんなのに肌綺麗!ムダ毛がねぇ!」


ステレオタイプのいかにもな女子部屋で全身鏡を見ながら年甲斐もなくはしゃいでいる成人男性。外見が美少女でなければ思いっきり事案だ。


「女子の悩み全部消し去ったみたいな見た目だな」


肌質だとか二重だとかムダ毛だとか。よく聞く悩みを全て消し去ったような姿が目の前にある。普通に可愛い。


「なんで俺が転生だよ。妹を差し置いて」


鏡の女を睨む。

可愛い顔のせいで睨んでも大して怖くない。


(…っていうか)


「え、俺死んだンか?」

「くるみー!!!」


けたたましい怒声と共に一人の女性が入ってきた。

エプロン姿でめちゃくちゃ綺麗。


(主人公のカーチャンか…)


母親というには若すぎる見た目の彼女は、ズカズカと部屋に入ってきた。腰に手を当てて、いかにも怒ってますという雰囲気だ。


「くるみ!起きてたなら返事しなさい!」

「あ、ハイ」

「どうしたのよアンタ。テンション低いわね」

「寝起きなんで」


やたら通る声で叫ばれる。眠気は無いが混乱で疲れていた俺には毒だ。思いっきり顔をしかめる。


(『くるみ』って、確かデフォルトネームだったか…?)


呼ばれた名前はなんとなく覚えのあるものだった。ひとまず妹の名前とか俺の名前ではないことに一安心。


「どうかしたの?くるみ?」

「ハイ、くるみです」

「…変な子ね。まぁいいわ。早く用意しないと入学式遅れちゃうわよ。萌香ちゃんと行くんでしょ」

「ハイ、一般家庭のくるみは特待生として合格できたお金持ち学園への入学式に、金持ち幼馴染の萌香と行きます。そのために今から急いで支度します」

「…そうね。わかってるならいいわ」


呆気にとられた母親は、困惑したまま部屋から出て行く。


「…台詞とっちまったな」


俺はちょっとした達成感と共に母親の出ていった扉を見つめた。

先程言ったのは母親がここで主人公に説明するはずだったモノなのだ。


(入学式当日の娘に対して、何故か今更説明すんだよなぁ。しかも朝に)


妹がプレイしていた画面を思い出す。朝から長々と話す母親に二人で爆笑したもんだ。


『お兄ちゃん、次からここやってよ』

『あ?なんで俺が』

『ルート分岐までストーリー同じなの。Aボタン押すだけでいいから』


「ここなげーんだよなぁ。スキップ機能ねェし」


お嬢様っぽいセーラー服に着替えながら、妹にゲームをやらされたことを思い出す。


(なんか煙草吸いながらAボタン押しまくってたわ…)


懐かしいことを思い出していたら、無事着替えが済んだ。

ちなみにパジャマを脱いだ姿に興奮とかはしてない。意外とそんなもんなんだった。


「うっわ、ホントに主人公だな」


鏡に映った少女の姿に見つめる。制服を着た自分は、あのゲームパッケージの真ん中にいる乙女そのものだった。


「髪は、いいか…」


あの立ち絵のように、複雑そうなおしゃれヘアアレンジはできない。でもこのツヤツヤロングヘアは邪魔なので後ろで雑に縛った。


「よし。とりあえず行くか」


転生モノなのだから、動かなきゃ始まらない。

俺は幼馴染の萌香ちゃんに会うために、部屋から一歩踏み出した。



―――――



「くるみ!遅れてごめんっ」

「…おー」

「行こっか!」


この不景気の一般家庭にしてはデカい一軒家の前で待っていると、幼馴染の萌香が走ってきた。さっきの母親もそうだけど、ボイスがゲームのまんまでビックリする。


「それにしてもひさしぶりだね、くるみ」

「おう。幼稚園と小学校は私立だったけど、中学は公立行っちまったもんな、”くるみ”は」

「えっ?あ、うん、そうだね」

「高校は一緒のとこ通えて嬉しいな。っていうか萌香は車で送迎してもらってなかったっけ、今日は良いのかって聞こうと思ったけど萌香はくるみと歩いて登校したい気分だったんだよな、ごめんな」

「え、あ、うん。そうだね?」

「うわー萌香の声すっげー可愛いなー。結構好きだったんだよ」

「えっ、と、うん?」


これは妹ともよく話した。萌香の声は透き通ってる感じでめちゃくちゃ良い。キャラデザも良い。

女の子らしくないって設定らしいけど、茶髪ボブヘア可愛くて普通に好きなんだよなー。


「えっと…、くるみ、なんかキャラ変わった?」

「あーまぁ、高校デビュー」

「…あ、そうなんだ」

「おう」

「そっか……」


萌香との間に気まずい空気が流れる。


(いや主人公のキャラとか演じれねぇし、素でいくしかねぇじゃんこんなの)


「……えっと~」


萌香さん、めっちゃ困ってる。

そうだよな、萌香の説明台詞さっき俺が全部言っちゃったしな。話すことなくなっちゃったよな。


「萌香、トラック来てる」

「あっ、うん」


幼馴染のために必死で話題を探してくれているらしい。萌香は住宅街に通る宅配トラックに気づかなかった。まじでごめん。


「つーか、トラック…」

「ん、なに?」


先ほどのように元の世界のことを思い出す。


(…別に轢かれてねェよな?多分死んでもねェし)


おかしい。転生モノのセオリーから外れているのだ。

死んだ記憶がないなら、元の世界の俺は生きている。


「じゃあ日帰り転生コースか?」

「日帰り??」


妹の言葉を思い出す。


『トラック無くても、誰か攻略したら戻って来れる転生もあるから』


そういうことだろうか。


(でも、そうなると…)


思い至ってしまった俺は、思わず顔を歪めた。


「俺、やっぱ男子高校生を攻略すンのか」

「え、攻略?」

「うおーそっか、まじかー」

「どうしたの、くるみ」

「萌香ちゃんルートねェのかよぉ」

「私?のルート?」

「萌香、百合とか興味ねェ?」

「ユリ?花の?」

「いや萌香、女子高生じゃねェか!事案!」

「あの、くるみ?」

「詰んだ!!!」


のどかな朝の住宅街に俺の絶叫が響き渡った。

萌香は困って泣きそうな顔してた。

まじでごめんな。


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