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乙女的ヤンキー  作者: 江田 小枝
2章 怜空編
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2章-2

「パイセーン。お久しぶりでーす」

「…あぁ」


約一週間ぶりに来た保健室には、相変わらずパイセンしかいなかった。

パイセンの特等ベッドのカーテンを開けば、いつもと同じく寝転がるイケメン。その顔がいつもより不満げに見えるのは、気のせいだろうか。


「いやぁ、その節はお世話になりましたマジで」


思い出すのは、ドヤ顔アドバイザーからの隠れカメラマンになった東雲郷だ。庶民として鬱憤がたまっていたパイセンは、結城を懲らしめるための大役を買ってでてくれた。


(この人いねぇと詰んでたなー)


「甘いモン奢りますよ」

「いらない」

「えー。好きじゃないっスか」


釣れない答えに口を尖らせる。だが隣のベッドに腰掛けても顔をこちらに向けてくれているため、本気でウザがっている訳ではないのだろう。


「…おまえ」

「なんスか」

「なんで、あんなに、つよい」

「あー」


布団から目だけを覗かせて、パイセンは聞いてくる。


(最初はパイセンが考えた罵倒で、口喧嘩して負かすって作戦だったもんな…)


「すみませんでしたね。作戦無視してあんなことして」

「それは、いい。理由」

「昔ちょっとヤンチャしてたんスよ」

「…そうか」


納得したらしい。俺の雑な説明に疑問を示さなかったパイセンは、まだちょっと不満げな顔をしながら俺を見ていた。


「なんか機嫌悪くないっスか?」

「おまえ、今日は…」

「なんスか」

「……」


続きを促すも、パイセンは何故か黙った。なんか言いにくそうにしている。


「どうしたんスか」

「…今日」

「ハイ」

「ここに、いるのか」


『ここ』というのは、保健室のことだろう。

じゃあ質問の意図としては、『今日もここでうるさく過ごすのか』という懸念か。


「あー安心してくださいよ。朝早く来ちゃって寄っただけなんで」


教科書で詰まった学生鞄を指す。萌香と仲良くなれた俺はもう保健室でサボる必要がないのだ。


「しばらくは、『たまに顔見せる』って感じっス。なんでパイセンは邪魔されずに寝れますよ」


(萌香を教室で一人にさせンのも、ちょっと怖いしな)


悪くない話のはずだが、パイセンはいつもの完全無表情に戻り、布団を頭まで被った。


「…一週間、来なかった、くせに」

「はい?」


布団で聞き取れなかった。ゲームで聞き取れなかったシチュエーションとかあったけど、マジで聞き取れねぇんだな。急にぼそぼそ喋んなよって話だ。


「どーしたんスか」

「勝手に、しろ!」


パイセンの大声にビビる。そりゃ他に比べたら大したことないが、パイセンにしては信じられない大声だ。


「んだよ突然」

「うるさい」


――お前がな。


とにかく不機嫌なようなので退散する。保健室の時計をみればそろそろ萌香が車で登校する時間なので、タイミングは良かった。


(なんだ?好感度下がったンか…?)


唯一攻略を進めているキャラの突然変異に不安を覚えながら、俺は登校してきた生徒達の流れに乗って教室へ向かった。



――――――



「お荷物、お持ちしますッス!!」


誰の台詞だと思う?

正解は、昨日弟子入りを志願してきた俺様くんの台詞だ。


「…どういうことだよ」

「あ、これ!差し入れですッス!」


なんと教室で俺を待っていた結城は、朝からこの調子だった。

突然のキャラ変に、モブ生徒達は恐れをなしている。隣にいる萌香も恐怖と困惑を混ぜ合わせた表情をしていた。その顔初めて見たわ。


「どうしてこうなったんだよ」

「あ、家にあったんですッスよ」

「差し入れの話じゃない」


ちなみに渡されたのは高級感がある紙袋。中を除けば、クッソデカい菓子の箱が入っていた。


(いつ食べろってンだ)


「…俺は喋り方の話をしてンだよ」

「喋り方ですかッスか?」

「無茶苦茶すぎんだろ」


普通の敬語に加えて、なぜか『ッス』がついてる。


(あれだろ、最近現国でやった二重敬語ってやつだろ。逆に失礼なんだぞ、それ)


従順な態度にこの口調。

一晩でこのキャラ変である。転生主人公、くるみもびっくりだ。


「あの後、色々調べたんですッスよ」

「おう」

「確かに昨日の俺様の態度は”筋”ってモンがなかったですッス」


(一人称は俺様なのかよ)


「何を調べたんだ」

「はい?」

「何を調べてその喋り方になったんだ」


もうコイツが馬鹿だということを察してしまった俺は、思わず死んだ目で尋ねた。隣の萌香も多分同じような顔をしてる。


「ヤンキー漫画?ってのを読みましたッス」

「はぁ」

「それで色々勉強しましたッス」

「はぁ~~~~」


――なるほど。つまり舎弟キャラによくある『ッス』という口調を真似たのか。


金持ち坊ちゃんにはあれ自体が敬語であると理解できなかったのだろう。それにしても。


「……素直かよ」

「そうだね」


思わず小声で零すと、萌香も小さく同意してきた。やっぱり俺の認識は間違っていなかったらしい。


(普通ここまでするか…?)


これも含め、結城という男はずっと俺に喧嘩を教わろうとしている。


『弟子にしろ!!!』


『喧嘩を教えてもらおうとして』


『お前が守ってたコイツを探した』


真剣な目をしていたコイツ。正直ここまでする男に心が動かないわけではない。若干同情していたこともあって、話を聞いてやるかという気すらしていた。


――ただちょっとズレてんだよなァ…。


チラリと萌香に目を向けるが、相変わらず結城は俺しか見ていない。


「弟子にしてくださいッス!!!」


俺は昨日と同じようにドスの効いた声を心掛けた。


「消えろ俺様野郎!!!」

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