1章-10
「こんなことして、ただで済むと思ってますの!?」
「そうだ!結城家が黙っているはずないっ!」
ご主人様がやられて、手下たちからは非難轟々。その声は全て俺への怒りで、気絶するご主人様を心配するものは無い。
(テメェらが守ってやらねェからだろ)
急に元気になった歓声は、結城のために戦う羽目にならなった、安心感にも見える。
倒れる結城に目をやった。少し同情してしまう。
「くるみ、ごめんね。私のせいで…」
萌香は申し訳なさそうにしていた。どこまでも俺なんかの心配をしている少女が可愛くて、再び彼女の頭を撫でる。
「だから、大丈夫だっつったろ」
「え?」
「多分、そろそろだ」
スマホを取り出すと、タイミング良く通知が鳴った。メッセージの通知。
送信者は東雲郷。内容は数分の動画だ。
「オイ、テメェらッ!!」
声を荒げると、一気に周囲は静まり返る。得体の知れない暴力女がやはり怖いらしい。
「ここにあるのは、お前らの『弱み』だ」
そう言ってスマホの動画を再生し、周囲に見せる。
そこには少し離れたところから撮影された体育館裏の様子。つまりは先ほどの出来事が一部始終記録されていた。
「ここに映ってるモンを教えてやる。まずボコられるお前らのご主人様」
傍にいた萌香が息をのむ。その目的がわかったらしい。
「そしてご主人様を守れずに、ただ眺めていた手下たち」
モブ共の顔が歪んだ。何とも愉快である。
「しかもお前らがビビってたのは、俺。『小柄な』『女の子』で、ただの『庶民』。情けねェったらありゃしねぇな」
嘲笑ってやったが、誰も言い返すことができない。つまり図星ということだ。
「プライドのお高い皆さんなら、こんなことバラされたくねぇよなァ。なんてったって、たかが『庶民』にやられたんだから」
「このアマァ!」
「馬鹿!よしなさい!」
俺に怒りをぶつける者や悔しさで顔を歪める者、冷静に今後を見据える者など様々であるが、俺に脅されてくれるというのは共通認識のようだ。
思わず高笑いが零れる。楽しくって仕方が無い。
だがこれ以上調子に乗って逆上されても困るので、ひとまず退散することに決めた。
「もしこれ以上、俺たちに何かしたら――」
調子に乗っている俺に困っているだろう萌香の手を取る。
「アナタ達も結城サマも、痛い目みるワヨ?」
嘲笑を含みながらそう言って、俺たちは体育館裏から去る。
去り際にレンズが覗いていた場所を目線のみで確認したが、人の影は無かった。
(もう保健室かよ)
モブ共の視線から逃れ、校舎に入る。馬鹿デカい廊下で二人っきりになった瞬間、俺は吹き出した。
「ハッ!見たかよ、クソ共の顔!」
「え」
「情けねぇったらありゃしねェ。ザマァ見やがれ」
本当にスッキリした。喧嘩もできたし、なんか懐かしい感じだ。
解放感に伸びをしていると、突然萌香が笑い出した。
「ふふっ」
「あ?」
「あ、ううん」
「どした」
「いや。あ、さっきのくるみ、言葉遣いおかしかったなって」
「あー、そーだな」
「うん」
挑発の意味も込めてお嬢様口調を真似ただけなのだが。
後からツボに入ったのか、萌香は思い出したように笑い出した。
「ふふっ」
「ンな面白かったんかい」
「うん、あはは!」
「そんなおかしかったかよ」
「だって、さ」
薄っすら涙を零しながら笑う萌香の顔は、初めて見る優しい顔だった。
「昔のくるみだったら、違和感ない言葉遣いなんだよ?」
「まぁ、確かにな」
「あははっ、おかしい!」
やっぱり何がそんなに面白いのかわからなったけど。
俺の前で初めて、多分心から笑ってくれた。
その事実だけで、もう全部どうでもよくなった。