1章-8
「よくも俺の幼馴染泣かせたなァ」
座り込む萌香を背に、見つめるのは結城怜空だ。初めて接触するがそんなことで緊張してられない。こっちは怒りで血管ぶち切れそうなのだ。
「く、るみ」
「おう。萌香」
「来ないで」
顔面を涙で濡らしながら、萌香は必死に訴える。その指は震えながら俺のスカートを握りしめていて、途端に少女が愛おしくなった。
「やっぱ、嘘だろ」
「え?」
「『大丈夫だから』って。お兄ちゃん悲しいぞ」
妹にやるように、その頭を優しく撫でる。萌香は困惑しながらも、それを受け入れてくれた。
(もう、怖がられてねぇかな)
若干トラウマになっていた、萌香の目を思い出す。俺が喧嘩をした時のヤツだ。
「もう、大丈夫だからな」
「……うん」
萌香はやっと頷いてくれた。それはもう俺の行いを認められたも同然だ。
(萌香に許されたンなら、もう不安要素はねェ)
改めて結城怜空に向き直る。男は黙って俺たちのやり取りを眺めていた。その顔に動揺などは無い。
しかし突然の登場人物に、モブ共は混乱中だ。
「誰だよ、あの女!」
「邪魔しやがって…!」
口々に呟く文句の中に、聞き覚えのある声が響く。
うちのクラスのムカつくお嬢様たちだった。
「結城様!あの子、白石さんの友人ですわ!」
「しかも特待生の庶民!」
「私たち、しっかり忠告しましたのよ!」
お嬢様のご丁寧な説明にも、結城は興味がないようだ。モブ共は更に文句を垂れている。うるさい。
「結城様。コイツもやっちまいましょう」
「そうですよ。たかが庶民が、俺たちの邪魔するなんて」
結城の側近みたいな奴らが近づいてくる。その顔には愉悦に怒りが混じっていた。
(こりゃ、大層プライドが高そうな…)
「ハッ」
思わず小さく笑いを零す。
なるべく隠したつもりだったけど、馬鹿にしたのがバレたらしい。側近の片方が怒りのままに俺の髪の毛を掴んだ。
「このっ!」
「おいっ、お前――」
「女だからってなァ!」
いいのか。ご主人様、なんか言いかけたぞ。
しかし側近は気づいていないようで、長い黒髪を更に引っ張る。中々に痛い。
「貧乏女が!舐めてっと痛い目みるぞ」
「そっくりそのまま返してやるよ」
がら空きだったみぞおちに拳を入れる。突然の急所への攻撃に、側近一号は身体を丸めた。ここぞとばかりに頭を引き寄せて、耳の辺りに膝を入れる。
「はぁ!?」
側近二号をはじめとして、周囲から驚きの声が響く。
ちなみに萌香はあまり驚いていない。痛そうだなぁみたいな顔してた。結構余裕あんな。
「借りっぞ」
「お、おい!」
近くにいたモブ男のいじめ用箒をぶんどる。そしてそのまま振り回した。リーチのある武器は、低身長に有難い。
そして狙うは側近二号の首だ。持ち手の固い部分を当てたので、多分結構痛い。案の定男は叩かれたところを押さえて唸った。あれだな、首痛めたポーズみたいだな。ホントに痛めるとこんなダサくなるのか。
そしてがら空きになった腹を横から蹴り飛ばす。バランスを崩した二号の顔は、もうすっかり恐怖に染まっていた。
(ちょっと筋トレした甲斐あったな)
「次、誰が来ンだ?」
俺の立ち回りに恐れをなしたのか、ギャラリーだったモブ共は後ずさる。いつの間にか俺たちを囲んでいた円は、随分と大きいものになっていた。
「じゃあテメェが相手しろよ」
「…っ!」
突然のご指名に流石の俺様くんも驚いた。逃げずに静観していたのだから多少覚悟してるのかと思ったが違ったらしい。
「仕方ねェだろ。手下が名乗り出ねェんだから」
周囲を見渡せば、モブ共は徐々に焦りを滲ませた。しかし皆キョロキョロと周りを伺うのみで誰も出てこない。
(随分薄情な手下だなぁ)
自覚があるのかその様子に顔を歪めた結城は、俺へ向かって一歩踏み出した。どうやら本当にタイマンしてくれるらしい。
「お前ら、ご主人様がお出ましだぞ。応援しなくていいのかよ」
「っそうだ。結城様!やっちゃってください!」
「そうですわ!こんなブス女!」
「結城様のお力お見せくださいまし!」
お上品なエールが飛び交う。まるでリングのようだ。
俺は結城が来るのを待ちながら、体育館校舎の壁を見た。チラッと目に映ったのは、端から覗くスマホ裏のレンズ。
(準備はOK…)
「くるみ」
「大丈夫だよ」
振り返って笑顔を向ける。安心させられただろうか。
俺から2メートルほど距離を取って、結城は立ち止まった。俺は手にしていた箒を捨てる。
ギャラリーのうるさい歓声の中、俺たちは静かに睨み合った。
ゴングが鳴るのは、きっともうすぐだ。
「よろしくな、俺様野郎」