第五話
よろしくお願いします
それからは順繰りに現代に向かって日々が過ぎてゆく俺は主にメリルの成長を見続けていた。
初めて喋ったとお祝いをし、初めて這いずったとお祝いをし、初めて立ったとお祝いをし⋯⋯。
3ヶ月毎に祝ってる気がする。
凄いな祖母、あの人に育てられたのにスパナート伯爵は女嫌いになったって一体何があったんだろう。
メリルがもうすぐ2歳になる。
そろそろ孤児院に張り付かないとな、キャンベラが赤ん坊の時に孤児院に捨てられたって聞いている。
季節はいつ頃とかも不明だから張り付いとかないといけない。
捨てた奴のあとを付けないとな。
でもこの年は俺も生まれたんだよな。
母上が俺を産んでくれた姿もみたいなぁ⋯⋯いや仕事しないとな。
でもちょっと余裕があったら見ようかな?
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孤児院に張り付いて4ケ月と8日、キャンベラの捨てられた日を特定した。
やっとだ、この間の期間にも女の子が2人捨てられたので勘違いしてそれを追ってしまって2度も失敗した。
3度目の正直だ。
捨てたのはローブを頭から被っていた女だった。
俺はあとをつけてゆく。
それにしても随分と遠くから捨てに来てたんだな。
女は辻馬車に乗った。
女が降りたのは一軒の古い邸。
この領地はマスト子爵の領地だ、アレッ?マスト子爵って何か聞いたことがあるんだが⋯⋯よく覚えてないな。
女がローブを脱いだら普通の貴族の夫人だ。
子爵家の夫人なのだろうか。
この女がキャンベラを産んだのか?
中に入ってどうやら自分の部屋に行くようだが、それにしてもこの女の所作が気になる。
綺麗に見えるが所々あらが出る、そして偶に物に当たってる。
変な女だな、子供を産んだばかりには見えないな。
どちらかというと、あっ!今まだお腹にいるじゃないか、腹が大きい。
だから所作が変に見えたのか。
誰か入ってきたな。
「姉さん、ミラー侯爵家の乳母は馘首になったんだろう。義兄さんが帰ってこないって心配してたよ。子供の世話もせずに身重の体で何してたんだよ、とりあえず義兄さんに連絡するよ」
「あんな甲斐性なしが直ぐに来るわけないじゃない。王弟に愛想を尽かされた男よ。
あ~あ損しちゃったわ。王族の側近っていうから結婚したのに、結局は馘首になるし。
離縁したくても子供もいるから簡単に離縁できないしで散々なのよ。
あんな何もない領地でどうやって遣り繰りすればいいのよ、偶に資金援助はしてくれてもそれだけ」
「王族に資金援助してもらってるのか?」
「偶にお金を送ってきてくれるのよ、直ぐになくなるけどね」
「姉さんが贅沢するからだろう。父さんが甘いからって直ぐに実家に帰ってくるなよ、もうすぐ子供も生まれるんだろう。しかも子供も放ったらかしで」
「このままミラー侯爵家の乳母になって楽して暮らそうと思ってたのに当てが外れたわ」
「ミラー侯爵家で何して馘首になったんだよ」
「別に何もしてないわ。子供が生まれる日を誤魔化しただけよ。だって奥様の子もう産まれてしまったんだもの。うちの子はまだだし、だから乳母は出来ないでしょう。代わりに乳母になったのは平民だったのよ。癪に障るわ」
「まさか何もしてないよな」
「してないわよ、失礼ね。旦那様を待とうかな〜」
2人の会話を聞いて俺は驚愕した。
キャンベラを捨てたのはアッパール夫人なのか?
腹に子がいるって事は⋯⋯。その辺がよくわからないが確か何人か子供がいたよな。
でも捨てたキャンベラは何処から連れてきたんだ!
俺はミラー侯爵家に飛んだ。
ミラー侯爵家では乳母が倒れたと大騒ぎだ。
これは少し過去に戻ろうかと思っていたら乳母と言われた女の顔を見て愕然とした。
ティーナだ。
何故ティーナが王都のミラー侯爵邸にいるんだ。
この2年で何があったんだ?
俺は舌打ちをした。
あのままジョイも見張っておくんだった。
てっきりメリルが王族と勘違いされてるんだろうと勝手に解釈してしまった。
これは2年前のあのミラー地方に飛ばないといけない。
俺は目を瞑った。
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2年前のあの日に戻った。
少しばかり何時もより魔力を使ったんだろう、俺は意識しかないのに疲弊している。
家の中でベッドに寝かされているティーナ。
ジョイとその母は二人で話している。
「ティーナさんは寝た?」
「あぁ子供を産んだばかりだし馬車が結構揺れたからね」
「そうよね、大変な目にあったのに業の子を産まなければならなかったなんてティーナさんの気持ちを思うと」
話しながら母親は泣いている。
「もっと早く準備出来ていたら婚姻前に救えたのに」
「それはしょうがないわよ。あの件で貴方は奉仕をしたり手続きしたり忙しかったのだもの」
「王族は何であんなに面倒なんだ。遺産を渡すだけなのに4ヶ月もかかるなんて。伯父さんがいなかったらもっと時間がかかってたよ」
「出したくなかったんじゃないの?王命の遺言なのに握りつぶそうとしていたんだから」
「この国を出たかったけど伯父さんの行為を無駄にしたくないし、恩返しもしないとな。ここでダンテ商会の支店を大きくして伯父さんに恩返しだ。母さん手伝ってくれよ、そしてティーナも大事にしてほしい」
「当たり前よ、貴方の奥様だもの。
スパナート伯爵は婚姻後、半年して直ぐに離婚してくれて助かったわね。ティーナさんの体調が良くなったら直ぐに教会に行きましょう、結婚式よ」
「母さん。ありがとう」
暫くジョイ一家を観察していく。
籍を入れたジョイとティーナは仲睦まじい夫婦だ。
そしてジョイは瞬く間に支店を大きくして行った。
俺はこちらも勉強になるなぁと思い観察する。
それからも何事もなく1年が過ぎてゆく。
暫くするとティーナが妊娠した事が解って3人でお祝いをしていた。
お祝いにはダンテ商会の会長もいて4人でお祝いしている。
ジョイが会長の事を伯父さんって呼んでたので、ちょいちょい会話に出ていた伯父さんが会長だと解った。
産み月が近くなった頃、3人にとんでもない事が起きる。
刺客だ。
真っ昼間に暗殺なんてと思ったが休日に3人でサロンにいると男達が3人、家に入ってきた。
使用人達まで殺されている、と、その時ティーナを庇ってジョイが刺される。
母親は既に虫の息だ。
泣きながらジョイの名前を呼ぶティーナ。
そしてジョイが力尽きると刺客がティーナに襲いかかろうとしてティーナが消えた。
正確にいうと魔力解放だ、何処かに飛んだのだが俺には解ったのでそちらに飛ぶ。
ダンテ会長の所に飛んでいた。
理由を泣きながら話すティーナ、最後の方は意識がなかったかもしれない。
おそらく陣痛だ。
ダンテ会長は王都に馬車で向かう。
医師と看護師を付き添わせてティーナを運んでいる。
馬車の中で走りながらの出産。
壮絶な光景をしかも丸2日かかって見た。
着いたのは何処かの邸。
その地下にティーナを連れてゆく。
そこで俺は思う所が合って曾祖母の実家であるミント伯爵家に飛ぶ。
やはり刺客はここから送ったようだ。
なんて事だ、ミント伯爵があいつの血は途絶えたのかと叫んでる。
ジョイは仮にも王家の血を引いているのに簡単に刺客を送るなんて、この家は現代にもまだ残っている。
かつての勢いはないがまだ現存している。
戻ったらしっかり話を聞かないとな。
子供を産んだティーナは邸の地下で過ごしていた。
メリルの時とは違い愛おしそうに我が子を抱きしめて、そして時折泣いていた。
「お母様が貴方を守るからね、お父様の分まで⋯⋯。ジョイの分まで、お祖母様の分まで貴方を幸せにするから。だから今だけ泣かせて」
赤ん坊にお乳を与えながら泣いているティーナ。
王家の歪みがジョイ達を不幸にしてしまっている。
俺は意識の中で手を握りしめた。
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