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第6話 滅び

側近は絶対陰で「オウヨ」ってあだ名付けられてる

「むっ?」

 ナトリ―村をほぼほぼ制圧した魔王は、突如降って湧いた強大な魔力の波動に、眉をひそめた。

「おい、感じたか?今の魔力を…」

 魔王は、側近に問うた。

「はい。しかも、私の思い違いでなければ、あれはあなた様と同じ力…」

「そのとおりだ。(われ)は吾と同じ力を持つ魔族など作ってはおらぬ。そう…血を分けた子孫以外はな…」

「しかし王よ、あなた様に血を分けた子孫などいないはず」

「それがな、昔…いや、昔と言うほどでもないな。ほんの18年か19年前だ。たった一度だけ契りを交わした人間の娘がいてな、その体内に射精したかもしれん」

 時に魔族は人間に化けて人間界に行くこともある。魔王はその時とあるの娘を見初め、人間と同じやり方で娘と交わったらしい。

「はっきりとは覚えていないのですか?」

「吾が惚けるほどのいい女でな、無我夢中で抱いた」

 魔王は当時を思い出して、うっとりと目を細めた。

「はぁ…人間と魔族の混血児などあまり類を見ませんが、一体どのような子が生まれてくるのですか?」

「前例がない故、吾にも分からぬ」

 側近は気配がした方へ目を向けた。

「あの方角ですと、キモンの里ですね。いかが致しますか、王よ?もし本当にあなた様の御子だったとして、同胞に引き入れますか?それとも…」

 魔王はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「興味はある。しかし吾ら魔族の掟は解かっておろう?それは彼奴の返答次第だ」

 逆らえば死、あるのみだ。


 魔王軍が気配のもとへ到着すると、そこにはすでにキモンの里というものはなく、巨大な隕石でもぶつかったかのような大規模なクレーターがあるのみであった。人も、動物も、草花も、そして建物さえも跡形もなく焼き尽くされて黒い影と化していた。

 そのクレーターの中心部まで来ると、腕に黒い炎を纏わせた、赤い眼の魔族――ヒーラギ――が宙に浮いた状態で佇んでいた。

「おお…!人間には扱えぬはずの魔界の黒き炎を身に纏っているということは、やはりあなた様の…」

 側近が思わず感嘆の声を発すると、魔王は顎を撫でた。

「しかし解せぬな。これほどの魔力の持ち主をなぜ今の今まで認知できなんだか…」

 魔王は、人間界にいようが、魔界にいようが、同胞の魔族の気配は感じ取ることが出来る。そしてそれは、人間の血が混ざっていても関係ない。

 しかし、目の前にいる男は確かに魔族のはずだが、たった今この世に出現したかの如く、何の気配も感じなかった。全ての魔族を統べる者として、自分に認知できぬ存在などあってはならない。

 魔王は宙に浮かぶヒーラギに声をかけた。

「おい、そこのお前、ここにはキモンの里という人間の集落があったはずだが、お前が消し去ったのか?」

「そうだ。俺がやった。大人も、女も、子供も、みんな俺が殺した」

 ヒーラギは地に降りると、抑揚のない声で答えた。

「一体何があったというのだ?そしてお前は何者だ?魔族であるなら吾に認知できぬはずがない」

 魔王の問いに、ヒーラギは少し複雑そうに首を傾げた。

「俺はついさっきまで人間だったはずなんだ。でも愛する人を殺されて、人間たちに憎しみを抱いた時、体が裏返ったような感覚がして、気が付いたらこうなってた。魔族になったってことかな…?」

 ヒーラギが誰に向けたわけでもない問いを口にすると、魔王は合点がいったように側近を見遣った。

「からくりが解けたぞ?人間と魔族が交わると、生まれた子は人間として生を受けるが、何かきっかけがあれば魔族へ転じるらしい。」

「そういうことでございましたか。それならば、王が気配を感知できなかったのも納得です。」

 側近と頷き合うと、魔王は再びヒーラギに目を向けた。

「お前、名は何と申す?」

「ヒーラギ…」

「ヒーラギ…そうか。うむ、改めて顔をよく見るとあの時契りを交わした娘によう似ておるわ…」

「は…?」

 ヒーラギは一瞬、魔王の言葉の意味が理解できなかった。

「ヒーラギよ、一つ良いことを教えてやろう。吾がお前の父だ」

「何を…言ってる…?」

「あの娘譲りの美貌と、吾と同じ魔界の黒き炎を扱えるのがその証拠。吾らはお前を同胞として歓迎する。安心するがいい。魔族は実力主義の社会。下等な人間の血が混じっているからと言って差別したりはせぬ。さあ息子よ、ともに人間界を我が物にしようぞ?」

 魔王は息子に手を差し伸べた。側近を始めとする下部たちも、ヒーラギの前に膝をついた。王が認めたなら、その意志に従うのみだ。

 ヒーラギは自分の倍くらいはありそうな父の手を取った。

「そうか…お前が全ての元凶か」

 ざわりとヒーラギの髪が逆立ち、手に力が籠められる。

「むっ?」

「お前が一時の気まぐれで人間なんかと交わらなければ母さんは…!」

 予想外に強い力に、魔王の顔に焦りが生じた。

「何をするっ、止めぬかっ」

「王よ、どうなされました?」

「サディーも…俺なんかに関わらなければ死ぬこともなかった!」

 ヒーラギの目が再び血光を放ち、全身から黒い炎が噴き出した。

「やっぱり魔族も嫌いだ!いっそ人間も魔族もみんな滅んでしまえ!」

 ヒーラギの体から発せられた炎はどんどん燃え広がり、魔族たちをも巻き込んでいった。

「王よっ、これは一体――」

 側近を含む下部たちが灰と化し、魔王もまたヒーラギの炎に包まれていた。しかし、なまじ魔王だけあって、簡単にやられはしない。しかも自分と同系の力だ。

「貴様…吾を拒絶するかっ!王に逆らえば死が待っているぞっ!とりあえずその手を放せっ!」

 魔王も対抗して全身から黒い炎を噴き上げた。

 父子(おやこ)は組み合った状態のまま睨み合った。

 2つの膨大なエネルギーの波動がぶつかり合い、空間に歪みが生じ、場が裏返った。

 2人を中心に、どんどん炎が広がっていく。

 魔王は心のどこかに傲りがあった。血を分けた息子とはいえ、人間との混血児に最強の魔族たる自分が劣るはずがない、と。

 しかし側近たちが結晶化すら残さず消し炭にされたことから、ヒーラギの力は己に匹敵すると不本意ながら確信した。こちらも本気を出さねば危ない。

「魔族が何を糧に生きているか知っているか?それは人間の負の感情だ。怒りや憎しみ、悲しみ…それらが人間の心から消えない限り、吾が力を失うことはないのだ。たった今魔族に転身したばかりの貴様が、一万年分の力を蓄えている吾に敵うと思うか!身の程を知れっ!」

 魔王側の炎の勢いが増した。ヒーラギの腕や顔が熱で爛れて行く。

 しかしヒーラギは全く堪える様子はなかった。それどころか不敵な笑みを浮かべた。

「一万年か何か知らないけど、それってそんなにすごい事なのか?俺はまだ体に漲る力の半分も出してないんだけど…」

「なっ?」

 魔王は初めて戦慄を覚えた。

「人間の血が混じっているからと、あんたは俺を格下と決め付けてるみたいだが、何でそう言い切れる?逆に人間のが混ざった事で何らかの化学反応が起こり、より強大な力を与えたとは考えられないか?」

「バカなっ!人間の力がプラスになるだと?そんな事あるわけが…」

「俺も確証があって言ってるわけじゃない。何せ前例がないからな。だが、一つこれだけは言える」

 ヒーラギは一度言葉を切った。

「俺はお前より強い。さて、じゃあそろそろ本気を出すか…」

 瞳が妖しく光ると、ヒーラギの炎が魔王の炎を食い始めた。

「ぬおっ、バカな!吾が滅びると言うのかっ…こんな人間風情の血が混じった半端者なぞにっ…魔族の王たるこの吾が…――」

 長年にわたり魔界に君臨し、人間たちを恐怖のどん底に陥れた魔族の王のあっけない最期であった。

 魔王が消滅しても、ヒーラギの炎は衰える気配はなく、魔界全土へと広がって行った。

 魔界に残っていた他の魔族たちも創造主たる魔王が滅んだことで運命を共にした。

 今、この世に生き残っている魔族はヒーラギただ一人となった。

「魔族は全部滅ぼした。次は人間…」

 ヒーラギは未だ開いたままの次元の裂け目へ手を伸ばした。――と、その時、誰かがその手を掴んだ。

「ヒーラギ、もうやめてっ…」

「サディー?」

 あれほど激しく燃えていた炎が一瞬で鎮火された。

「サディー?どこにいるの?」

 死んだはずのサディ―の声が聞こえて、ヒーラギはその姿を探し求める。

「ここよ、ヒーラギ…」

 ヒーラギの目の前に、白っぽい光の玉のようなものがヨフヨと舞い、やがて人の形をつくった。その瞳は、悲しみに満ちていた。まるで、ヒーラギの行いを嘆いているように…

 その時ヒーラギは、初めて自分がした事の過ちに気が付いた。

「あ…ごめん…ごめんよサディ―!…俺は君にそんな顔をさせるつもりは…」

 頭を抱えてガクリと膝をつくヒーラギの肩を、サディ―は後ろからフワリと包み込んだ。

「解ってるわ、ヒーラギ。私のために怒ってくれたのよね?でも罪のない人まで巻き込んではいけないわ。あなたが殺してしまったのは、あなたを虐げてきた人たちだけじゃない。あなたのことを何も知らない小さな子供たちもいたのよ?」

「うん…そうだね。もしかしたらその子たちの中にも、君と同じように俺を受け入れてくれる子もいたかもしれないのに、俺はその未来を奪ってしまった。」

 重いため息を吐くと、ヒーラギは自嘲気味に口元を緩めた。

「サディー、俺ね、逃げ惑う里の人たちを炎に巻き込んで殺してる時、罪悪感も何も感じなかったんだ。君に止められなければ魔界だけじゃなく人間界も灰にしてたと思う。自分がなってみて改めて思ったよ。やっぱり魔族なんて存在しちゃいけない。俺もこのまま滅ぶべきだ」

 疲れたような泣き笑いの表情で天を仰ぐと、ヒーラギは右手に炎を宿し、自らの胸を突こうした。

 サディ―はそれを、鋭く制止する。

「やめてヒーラギ!あなたはまだ死ぬには早い!」

「でもサディー、俺は多くの罪なき命をこの手で奪ったんだ。とても償い切れるものじゃない。こんな力、持っていても害にしかならないよ。それに君もいずれ消えてしまうんだろ?君のいない世界で俺はどうやって生きる気力を保てばいい?」

 サディ―はヒーラギにとって太陽の光だった。そして太陽から光をもらう自分は月だ。太陽がなければ月は輝けない。

 しかしサディ―は、そんなヒーラギの顔を優しく撫でた。

「ヒーラギ、あなたの力は何も人を殺めるためだけじゃない。人を救う事にだって使えるはずよ?全ての人を救えなんて言わないわ。あなたが心から力になりたいと思う人のために使えばいいの」

「そんな人…いるのかな…?」

「いるわよ絶対!私はあなたに孤独のまま死んでほしくない!もっと人並みの幸せを手にしてほしい!だから死なないでヒーラギ!私の最初で最後のお願い聞いてくれる?」

 上目遣いでいたずらっぽい笑みを浮かべるサディーを、ヒーラギは茫然と見遣った。

「そんな…ずるいよサディ―…そんなの聞かないわけにいかないじゃないか…」

 サディ―はもうすぐ消えてしまう。本当に最初で最後のお願いなのだ。

「ウフフ…私の作戦勝ちね!もう人を傷つけてはダメよ?」

「うん、わかった!約束する!」

「ありがとう!」

 見つめ合って微笑んだ時、元々透けていたサディ―の体が更に薄くなった。

「ごめんね、ヒーラギ…私もう逝かなきゃいけないみたい…」

「サディー…」

 ヒーラギが名残惜しそうに顔を曇らせる。

「俺の方こそごめん…俺なんかに関わったがために君を死なせることになってしまった…」

「そんな顔してないで、ヒーラギ!私はあなたに出会ったこと、少しも後悔してない!あなたがそう言ってくれたように、私もあなたと話をしている時間が一番楽しかった!自分を卑下しないでヒーラギ!あなたは魔族なんかじゃない!誰よりも心優しくて素敵な人!」

 サディ―は両手でヒーラギの顔を包み込んだ。

「一度でいいから、生きてる間にあなたとこうやってキスをしたかった。愛してるわ、ヒーラギ…」

「俺もだよ、サディ―…愛してる!」

 体の実態はないにも拘わらず、ヒーラギはサディーの温もりをしかと感じた。

 2人の顔が離れると、サディ―の体が光の粒子となって空へ昇り始めた。

「ヒーラギ…どうか幸せに…」

 サディ―が完全に消滅すると、ヒーラギは左目から一筋の涙を溢した。

「ありがとう、サディ―…俺の世界で一番大好きな人…」

 その左目はサディーが大好きだと言ってくれた、元の青い瞳に戻っていた。

え?魔王が雑魚すぎる?違うんですヒーラギが強過ぎたんです!いいんだよ、メインキャラじゃないから

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