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第4話 終焉の嚆矢

はい、ドロドロしますよー

 千年前、北東の大地のはずれにキモンの里という集落があった。そこそこ大きく、商業も発展した活気のある町だった。この時代はまだそこかしこに闊歩していた魔族の襲撃も比較的少なく、人も穏やかであった。

 そんなある日のこと。

「ちょっとあんた!ラピスを知らないかい?」

 四十路を半分以上すぎたくらいの中年女性が、家の居間で寛いでいた夫に、キッチンから声をかけた。

 ラピスは2人の娘で、里で随一の器量よしと専ら評判である。

「ラピスならさっき裏山で山菜を採ってくるって行ってたぞ?」

「なんだ…せっかくお遣いを頼もうと思ったのに。じゃあしょうがないから、あんたが行ってきとくれ!卵を切らしちゃってね…」

「仕方ないな…」

 しかし、その晩、娘は戻らなかった。

 きっとクマにでも食べられたか、魔族に攫われたに違いないと誰もが娘の生存を諦めていた矢先、

「ただいま!みんなしょんぼりしちゃってどうしたの?」

 なんと次の日の夕方、娘がひょっこり帰って来たのだ。

「ラピス!あんた大丈夫なのかい⁉」

「てっきり魔族に攫われたとばかり…!」

 両親が血相を変えてすっ飛んで行くと、ラピスはきょとんと首を傾げた。

「何のこと?私、山菜を採りに行くって言ったじゃない…」

 どうやらラピスは記憶が抜けているようだ。

 両親から自分が丸一日行方不明だったことを聞くと、心底驚いた様子だった。

 しかし、どこにもケガはなく、記憶が抜けている以外おかしなところもなかったため、両親含め里人は安堵した。


 しかし、そんな事件も忘れかけた数か月後、娘の妊娠が発覚した。

「そんな…どうして…?私、まだ誰ともお付き合いしたことないのに…」

「きっとあの時だよ!やっぱり魔族に攫われて何かされたんだ!」

「ああ、それしか考えられん!手遅れにならんうちに堕ろしなさい!」

 両親は当然のことながら、娘に堕胎を要求した。初孫がバケモノでは堪らないからだ。

 ところが…

「嫌よ!私、産むわ!」

 娘はそれを断固拒否した。

「例え魔族の血を引いてたとしても、生まれてくる子に罪はないもの!一からちゃんと育てればきっと優しい子になるわ!」

 娘の固い決意を両親も無下には出来ず、渋々出産を承諾してしまった。

 やがて娘は一人の男児を出産した。母親譲りの金髪碧眼に、真珠の如く透ける肌の、珠のように美しい男の子だった。耳も尖ってなければ、羽根も尻尾も生えてない。外見からは魔族らしい要素は一つも感じられなかった。人を襲ったり、暴れたりすることもなく、特別な力を使ったりもしない。つまり、普通の人間と何ら変わりはなかったのだ。

「よかったわ!こんな可愛らしい子が魔族だなんて嘘ね!この子はきっと神様が授けてくれたんだわ!」

 ラピスは大いに喜び、息子を〝ヒーラギ〟と名付け、大切に育てた。

 しかし、それでもやはり里の人間たちはヒーラギを快く思わなかった。

 人の輪に入れてもらえいないのはもちろん、外を歩くだけで〝魔族の子〟と揶揄され石を投げられた。祖父母でさえ孫の顔を見ても、ニコリともしなかった。

 母は、そんな息子への仕打ちを心苦しく思いながらも、出産依頼体調を崩しがちだったため、幼子を連れて里を出る事も出来ず、ただただ己の無力さを嘆く事しか出来なかった。

「いつも辛い思いをさせてごめんね、ヒーラギ。おじいちゃんもおばあちゃんも何であなたを可愛がってくれないのかしら…」

「謝らないでよ、お母さん。俺はそんなの気にしてないから…」

 弱っていく母を心配させたくなくて、ヒーラギはいつも無理に笑顔を作っていた。


 ヒーラギが十四の折り、ついにラピスが亡くなった。

 祖母は娘の遺体の前で、ヒーラギに掴みかかった。

「お前のせいだよヒーラギっ!お前がラピスを呪い殺したんだ!」

「そんな…違うよ!俺にそんな力は…」

「噓をつくなっ!魔族の言う事など信用できるかっ!」

 ラピスは正真正銘病死だったのだが、祖父母はヒーラギが悪魔の力を使って呪い殺したと一方的に決め付けた。

「さっさと殺してしまおう!」

「誰が?」

「……」

 いざヒーラギを処刑しようかとなった時、誰も死刑執行人に名乗りを上げなかった。何だかんだ言っても、直接手に掛けるのは後が怖いからだ。魔族の血を引いてるからという理由で。

 結局話し合いの末、ヒーラギは里で一番高い塔の天辺に幽閉されることになった。

「二度と外へ出るんじゃないよ?処刑されなかっただけ感謝しな!」

 祖父母は、ヒーラギを狭い部屋に放り込んで捨て台詞を吐いたきり、会いに来る事もなかった。

「これならむしろ殺して欲しかったよ…」

 未だ本物の魔族を見た事がないヒーラギにとっては、里の人間たちの方がよほど悪魔に見えた。

 しかし、たった一人だけ、ヒーラギを普通の人間とみて接してくれた少女がいた。ヒーラギが閉じ込められている塔の牢番の娘で、名をサディ―と言った。

 サディ―は毎日ヒーラギのために1日1回の食事を作って運んできてくれる。そして他愛ないおしゃべりをして帰って行くのだ。

 今日も長い階段をせっせと上って来ては、ヒーラギの隣にちょんと腰を下ろし、辟易とため息を吐いた。

「みんなひどいわよね!ヒーラギがお母さんを呪い殺すわけないのに、何で頭ごなしに決め付けてこんなところに閉じ込めるのかしら…」

「仕方ないよ。みんな俺が怖いんだ。魔族の血を引いてて放っといたら何をするか分からないから…」

「でもヒーラギには特別な力は何もないんでしょ?羽根もなければ尻尾も生えてない。私たちと何も変わらないわ!」

「君はそう言ってくれるけどね。でも他の人たちにはそうは思えないらしいよ?それよりサディ―の方こそ毎日こんなところへ来て大丈夫なのかい?俺と一緒にいると君まで変な目で見られるよ?」

「私が来たくて来てるんだからいいの!私、同い年で男の子の友達ってヒーラギくらいしかいないから一緒におしゃべりしていると、とてもいい刺激になるのよ!」

「本当に?」

「うん!それにね、女の子はキレイなものが大好きなの!あなたのその青い眼…宝石みたいでとってもキレイ!」

「そうかな…?」

「そうよ!金の糸みたいな髪もね!1日1回は見たいわ!」

 穏やかなひと時も束の間。階下から怒鳴り声がした。

「サディ―!いつまで油を売ってるつもりだ!食事を置いたならサッサと下りて来い!」

「いけない、父さんが呼んでるわ!ごめんねヒーラギ。私もう行かなきゃ…」

 名残惜しそうに立ち上がるサディ―に、ヒーラギはゆっくりとかぶりを振った。

「もう十分だよ。いつも来てくれてありがとう!」

「うん!またね!」

 一応規則のため、サディ―がヒーラギの部屋に鍵をかけて下まで降りていくと、父が苦々しい顔を向けてきた。

「サディ―、あれ(・・)との接触は最低限に止めろと何度言わせる気だ?何されるか分かったもんじゃない!」

あれ(・・)ってヒーラギの事?何でそんな〝物〟みたいに言うの?私たちと同じ人間なのに!」

 サディ―がムッとして言い返すと、父は眉を吊り上げた。

「バカなこと言うな!魔族の血を引いてるんだぞ?俺たちと同じなもんか!」

 父がヒーラギを激しく拒絶すると、サディ―は悲しそうに目を伏せた。

「何でそこまであの子を毛嫌いするの?ヒーラギが悪さしたことなんて、ただの一度もないじゃない…」

「何かあってからじゃ遅いんだよ。それにあいつは母親を呪い殺してるじゃないか」

「あの人は病気で亡くなったのよ!呪いなんかじゃないわ!それに食事も1日1回じゃお腹空いちゃうわ!せめて2回にしてあげましょうよ!」

「とんでもねぇ!ただでさえ貴重な食糧をあんな人間もどきのために分けてやってんだぞ?日に1回もらえるだけでもありがたく思えってんだ!」

「そんな言い方…」

 サディ―が怒りで顔を赤くすると、父は少しだけ表情を和らげた。

「まぁ、お前も年頃の娘だ。面のいい男に入れ上げる気持ちは解からんでもない。だが、あいつと一緒になってもお前は絶対幸せにはなれない。娘が不幸になるのは親として見過ごせないだろ?」

 父が自分を心配してくれているのは理解できる。しかしサディ―は、


 ――ヒーラギを不幸にしてるのは父さんたちじゃない…


 そう思わずにはいられなかった。

 その後もサディ―は、父からいい顔はされないながらも、ヒーラギのために食事を作っては届け、短い話をして行った。「今日はこんなことがあった」「近所の野良猫が仔猫を生んだ」「三丁目の○○さんがギックリ腰になった」等々。

 どんなにくだらない話でも、ヒーラギはうんうんと頷いて聞いた。例え僅かな時間であっても、サディ―と一緒にいる時が、ヒーラギにとっては唯一安らげる時間だった。

 四年後、あの悲劇が起こるまでは…




人間の心が一番醜い

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