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第3話 そこに彼はいた

やっとメインで書きたかった人が出てきます!

 それからサディ―は、ひたすら街道を進んだ。物資の補給や馬の調整のため、途中に点在する集落へも何度か立ち寄ったが、人との関わりは最低限に努めた。少しでも情が湧くと決意が揺らいでしまうかもしれないからだ。

 そんなストイックな旅を続けること十数日。サディ―はついに北東の大地まで辿り着いた。しかしサディ―は、目的地を目の前にして頭を抱える事になった。いや、クレーターはすぐに見つけることが出来た。と言うか、探すまでもなく大地の端の方まで行ったらあった。問題は大きさである。その距離直径にしておよそ10キロ。

「大きいとは聞いてたけど、こんなに巨大だとは思わなかったわ…――さてはあいつ、この事知ってて黙ってわね?私が困ればいいと思って…」

 ジャックノーマに対して沸々と怒りの念が湧いてきたが、今この場にいない男に腹を立てていても仕方がない。

「空間の裂け目くらいすぐに見つかるわ!」

 そう開き直って探す事にした。

 クレーターは本当に墨で塗ったかのように黒一色だった。かつては集落があったと言うが、建物の形すら残っていなかった。

「これだけの広さの集落を一瞬にして跡形もなく焼き尽くしたって事よね?どんだけ凶暴な魔族だったのよ…」

 このクラスの魔族が現代も生きていたらと思うと、ゾッとせずにはいられない。

「滅んでてくれてよかった…」

 その時は心の底からそう思った。

 それから時空の裂け目を探し回ること半日。クレーターの中央辺りで、ついにそれらしき亀裂を見つけた。

「これね。でもなんか塞がってない?」

 亀裂は内側からガラスでもはめ込んだかのようになっていて、とてもその中へ入れそうには見えなかった。

「どうしよう……他に無いわよね…」

 途方に暮れながら、サディ―はガラスをコツンと叩いた。



 長い睫毛に覆われた瞼がピクリと痙攣したかと思うと、青年はカッと目を開いた。同時に体の周りを覆っていた結晶が砕け散った。




「きゃっ、何⁉」

 触れた途端ガラスから眩い光が放たれ、サディ―は一瞬目を覆った。すると、先程まで亀裂を塞いでいたガラスが消えていた。

「え…?」

 亀裂の向こう側は濁った空のようにモヤモヤとした空間しか見えない。しかし、手を伸ばすとそれに阻まれることもなく、スゥッと奥へすり抜けていく。

「行けるってことよね?」

 迷っている暇はない。

「大丈夫!魔族はいない!怖くない!」

 そう自分自身に暗示をかけ、一度深呼吸をすると、サディ―は意を決して裂け目に飛び込んだ。

「えいっ」

 ドアの敷居を跨いたくらいの感覚で、すぐ地に足が着いたが、しばらくは両目をギュッと閉じたまま動けなかった。しかし、数十秒経っても何も起こらないと解かると、恐る恐る目を開けた。そして、首を傾げた。

「え…なにこれ…?」

 そこには先程と同じような漆黒の大地が広がっているだけであった。

「ここが魔界?それとも騙された?」

 サディ―は戸惑いつつ、もう一度裂け目に顔を突っ込んで、反対側と景色を見比べてみた。相変わらず黒一色だが、遠くに見える山などにはちゃんと色が付いている。あと馬もいる。

「う~ん…場所は違うみたいだけど…」

 顔を戻したところで後ろから肩を叩かれた。

「ひィッ⁉」

 こちらは魔界(?)側である。サディ―は心臓が飛び出すかと思うほど体をビクつかせた。

「ヤダっ殺さないで!」

 反射的に頭を押さえてしゃがみ込むと、背後の主は少し慌てたようであった。

「あ、ビックリさせてごめんよ?何もしないから怖がらないで?」

「え?」

 聞こえたのが若い男の声だったので、サディ―は恐怖も忘れて振り返った。

 そこには一人の若者が優し気な微笑を浮かべて立っていた。絹糸のような金髪に細身の体。服装はどこにでも売っていそうな白いシャツと黒い革のパンツ。見た目はどう見ても人間だ。右目が赤、左目が青のオッドアイになっているところ以外は…

 サディ―はいくらか肩の力を抜いた。

「あの…こちらこそ大袈裟に驚いてごめんなさい。まさか人がいるなんて知らなくて…」

 サディ―が様々な要因で顔を赤くしてモジモジと謝ると、青年はゆっくりとかぶりを振った。

「普通魔界に人がいるとは思わないから、君の反応は至極当然だよ」

「じゃあやっぱりここが魔界で合ってるの?」

「そうだよ?知ってて来たんじゃないの?」

「だって向こうもこっちも大して景色が変わらないんだもの…」

 すると、青年は自嘲気味に目を反らした。

「あはは。昔ちょっとヤンチャしちゃってね…」

 サディ―は、ん?となった。

「え、これあなたがやったってこと?」

「そうだよ」

 青年はあっさり頷いた。

 サディ―は更に疑問が湧いた。

「…てことは、あなた魔族?」

「うん」

「でも魔族は滅んだのよね?」

「うん、俺が滅ぼした」

「……」

 不思議と、恐怖は湧いてこなかった。むしろ混乱が勝っていた。

「どういうこと?」

「まぁ、これも当然の反応だね。君には知る権利があるからいずれ説明はするよ」

「知る権利?」

 サディ―はますます混乱した。

「実は俺は今まで千年近く眠りに就いてたんだ」

「千年も?」

「そう。話せば長くなるけど、色々あって自ら封印を施して眠りに就いたんだ。そしてその封印を君が解いた」

 サディ―はポンと手を打った。

「あ、もしかして亀裂を塞いでたガラスみたいなのって…」

 青年は頷く代わりに指を一本立てた。

「そのとおり!あの封印はある条件を満たした者が触れると解けるように設定されてたんだ」

「条件?」

「そう。深い絶望を味わった者…そして他の誰かのために命を懸ける覚悟をした者。その両方の条件を満たしている者だけが解くことが出来る封印をね」

 青年の瞳がまっずぐサディ―を見つめた。

「この封印を解いたという事は、君はそれだけの覚悟を背負ってここまで来たという事。俺が力を貸すのに相応しい人間だ」

 青年は大真面目なようだが、サディ―は慌てた。

「ちょ、ちょっと待って!私、悪魔と契約しに来たわけじゃないのよ⁉ここへはただ物を採取しに…」

 後退りしながら、しどろもどろになるサディ―に、青年はキョトンと首を傾げた。

「何か勘違いしてない?俺だって君を魔女にするつもりはないよ?ただ純粋に、困っている君を助けたいんだ!」

「…!」

 サディ―は雷に打たれたかのような衝撃を感じた。青年の宝石のように青い瞳には一点の曇りもなく慈愛に満ちていたからだ。

(あれ…?魔族って何だっけ…)

 一瞬そんな疑問が生まれたほどの衝撃だった。

「何でそんなに優しいの?魔族なのに…」

 男に優しい言葉をかけてもらったのは何年ぶりだろうか。思わず涙が零れそうになるサディ―の頬に青年は軽く触れた。ちゃんと血の通った温かい手だ。

「君が好きだから…」

 サディ―は小さく笑った。

「まだ会ったばっかりなのに?」

「昔、愛した女性(ひと)に似てるって言ったら怒るかな?一目惚れってやつ…」

「あなた人間の女の子が好きだったの?そんなに私に似てる?」

「そっくりだよ。君みたいに見事な赤毛で、ちょっぴりおてんばで、他人のために一生懸命で…――とにかく、今日君がここに来たのは何かの運命だと俺は思ってる。君が何か辛い思いをしているなら、俺は全力で力になりたいんだ!」

 青年は真剣だ。

「あなた、名前は?」

「ヒーラギ。君は?」

「サディ―よ」

「サディ―?本当に?」

 青年改めヒーラギは目を丸くした。

「どうしたの?」

「実はね、さっき言った俺の愛した女性も〝サディ―〟って名前だったんだ。偶然かな?」

「もしかして生まれ変わりだったりして?」

「だとしたらやっぱりこれは運命だよ!あ、いやでも君は前世の記憶がないんだから、俺一人舞い上がってても仕方ないな…」

 はしゃぎ出したと思ったらすぐに消沈するヒーラギは何だかとても人間臭く思えた。

「フフ…変なの!あなた本当に魔族なの?」

 するとヒーラギは、複雑そうに口元を緩め、遠くを見つめた。

「違うと言えば違うし、そうと言えばそう…」

「どういう意味?」

「俺は純血の魔族じゃなくて、人間との混血なんだ。生まれも育ちも人間界だったから、心は人間寄りかな…」

「人間と魔族の混血…?」

 サディ―は心がザワつくのを感じた。

「それって大丈夫なの?」

 かつて人間たちから忌み嫌われ、恐れられた魔族の血を引いた子供が、平穏な人生を過ごせたとは思えなかった。そして案の定、ヒーラギは自嘲気味に顔を伏せた。

「大丈夫だったら、里も魔界も滅んでなかっただろうね…」

 やはり、集落を丸ごと一つと魔界全土を滅ぼしてしまうような、悲惨な出来事がこの青年の身に降りかかったのだ。

「ヒーラギ、さっきあなたは私に知る権利があるって言ったわね。何があったのか話してくれる?私、あなたのこと知りたいの!」

 サディ―に意志の強い目で見据えられると、ヒーラギは一瞬面食らったような顔をして、苦笑した。

「まいったな…俺が君の話を聞こうと思ってたのに、いつの間にか立場が逆になっちまった…」

「あなたが思わせぶりな事言うからよ?」

 ツンと顎を突き出して澄まし顔になると、ヒーラギは懐かしそうに目を細めた。

「その顔、本当に昔のサディーそっくりだ…」

「え?」

「俺が世界で一番大好きで、他の何をおいても守りたかった人。彼女だけが俺に安らぎを与えくれた。彼女の存在があったから、俺は里の人間からどんな仕打ちを受けても耐えることが出来た。でも彼女は俺を庇ったばっかりに…」

 ヒーラギは痛みを堪えるように目を閉じ、拳をグッと握り締めた。指の間から血の糸が滴り落ちると、サディ―はその手をフワッと両手で包み込んだ。

「落ち着いて。あなたの気が済むまでこうしててあげるから…」

 話の先を促すでもなく、サディ―はヒーラギにピタリと寄り添った。

 ヒーラギはもう片方の手で愛おしそうにサディ―の髪を撫でた。

「ありがとう、サディ―。もう大丈夫だよ。君の綺麗な手をこれ以上俺の汚らわしい血で汚したくない」

 そう言って、ヒーラギはそっと手を抜いた。

「汚らわしいなんて思ってないわ。それに本当に汚らわしい奴はそんなこと言わないものよ?」

 そんな男を、サディ―は1人知っている。

「さぁ、落ち着いたら話してくれる?」

 ヒーラギは観念したように手を振った。

「わかったわかった!でもその前にちょっと座ろうか。長い話になるから…」

 ヒーラギがパチンと指を鳴らすと、何もなかったところに椅子とテーブルとティーセットが出現した。

「あらすごい!手品みたい!」

 サディ―は思わず拍手してしまう。

「あれはタネも仕掛けもあるけど、これは完全な魔法だからね?」

 茶を淹れつつヒーラギが念を押すと、サディ―はぷぅと膨れた。

「解ってるわよ!さ、話して?」

「はいはい。」

 茶を口に含んで一息つくと、ヒーラギは淡々と言葉を紡ぎ出した。


男女の距離の詰め方ってこれで合ってる?

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