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第2話 姉の命と世界の秩序

皆さんは一度でいいから言ってみたい台詞ってありますか?

 それから10年の月日が流れた。

 ウラキ村にはあれ以来、魔賊が居座り続け、暴力による支配が敷かれた。

 彼らがまずやった事は、村の魔導士や武術家を軒並み殺す事と、村人から武器を取り上げ、反乱の芽を摘む事だった。

 それから男衆を総動員して、村の中心に自分たちの根城を築かせた。 無論、見返りはない。

 普通に仕事をして稼いだ金も、畑で穫れた作物も、ほとんどが魔賊たちに持っていかれ、村人は常に困窮していた。耐え切れず村から逃げ出そうとする者は、大人も子供も関係なく残らず捕らえられ、見せしめに公開処刑された。

 サディーは、ジャックノーマの侍女として身の回りの世話をさせられていた。そして時には性欲を満たす玩具としても。

 しかし、何度行為を重ねても、ジャックノーマの子を孕むことはなかった。それは彼が生まれつき精子生成能力を持たない体だったためだ。とにかく、今生きている中でそれだけが唯一の救いだった。

 そんなある日、突如転機が訪れた。

 サディーはいつものように、ジャックノーマの床の相手をさせられていた時のことだ。犯すだけ犯して満足したジャックノーマがガウンを羽織りつつ、何の脈絡もなくこう言った。

「なぁ、知ってるか、サディ―?最近食糧庫にネズミが出るんだと」

「ネズミ…?」

 ネグリジェに袖を通していたサディ―はピタリとその手を止めた。

「しかも、いい加減古くなった食材ばかり狙う奇妙なネズミがな…」

「へぇ…なかなか気の利くネズミじゃない?」

 そのまま腐らせて捨てるよりはマシだ、と言いかけた時、手下2人がドヤドヤと部屋に押し掛けてきた。1人の女と共に…

「お頭ァ、やっと現場を押さえやしたぜ!3日間張り込んだ甲斐があったってもんでさァ!」

「くっ…」

 両腕を後ろに捻じり上げられ、床に膝をつかされたのは、姉のアズだった。

「アズっ」

 サディ―が裏返った声を上げると、ジャックノーマはニタリと笑って振り返った。

「な?デカいネズミがいたろ?しかし、ネズミの正体がアズだったとは驚きだ。――てことはだ、サディ―。もしかしてお前も共犯か?」

 ジャックノーマが怖い笑顔でサディ―に迫った時、アズは弾かれたように口を開いた。

「違う!妹は関係ない!全部私が1人でやったんだ!だってここには食べ切れなくて腐らせちまうほどの食べ物があるだろ?そんな勿体ないことするくらいなら、食べられずに困ってる人に分け与えたっていいじゃないか!」

 ジャックノーマに召し抱えられたサディ―とは違い、アズは1人自宅に残って、生前母がやっていた内職を引き継いで日銭を稼いでいた。

 しかし前述のとおり、稼ぎのほとんどが魔賊に徴収されたため、生活は以前より厳しくなった。

 そしてそれはアズだけではなく、村人全員が同じであった。日に三度の食事すらまともに摂れず、栄養失調による死者も年々増えていた。

 サディ―もそんな現状を知っていたから、アズと結託して、時折食糧庫の食材を失敬して村に届けた。危険な賭けなのは承知の上だが、命を繋ぐにはそうするほかなかった。

 ジャックノーマは、手下2人に押さえつけられ、悔し気に顔を歪めているアズの傍らにしゃがみ込んだ。

「そりゃご立派な慈善事業だなと言いてぇとこだが、盗人の真似事は感心しねぇな、アズ?」

 盗人猛々しいとはこのことだ。アズはカッとなって啖呵を切った。

「私たちから何もかも奪っておいてどの口が言うんだっ‼そもそもあんたたちさえ来なければみんなひもじい思いをすることもなかったのに!!」

 アズは目に怒りを滲ませて、噛みつかんばかりに捲し立てるが、ジャックノーマは全く意に返さず、アズの顎を掴んでクイと持ち上げた。

「ほう?随分なこと言うじゃねェか。それともどうせ死ぬ身、最早怖いものなんか()ぇってか?」

「アズを殺すつもりなの⁉お願いやめて‼何でもするからっ」

 サディ―はすっ飛んで行ってジャックノーマの腕にしがみ付いた。

「本当の事言うからアズは助けて!元々私の方から計画を持ち掛けたのよ!だから悪いのは私!」

「何言ってるのサディ―!それじゃあんたまで…」

「だって私の家族はもうアズしかいないんだもんっ‼死んだら嫌よぉ‼」

「そりゃ私だって同じだよ‼たった一人の妹を失うくらいなら自分が死んだ方がマシだよ‼」

 互いに庇い合う姉妹のやり取りを見ていたジャックノーマは、わざと泣くような仕草で顔を覆った。

「おお美しき姉妹愛かな!まるで10年前を見ているようだ!」

 10年前、サディ―とアズの母親も、こうやって娘2人の助命を懇願した。そしてジャックノーマは意外にもあっさり頷いた。

「いいぜ?今回だけは特別に2人とも見逃してやるよ」

「え…?」

 サディ―たちは一瞬耳を疑った。まさか本当に許されるとは思っていなかったからだ。

「ほ、本当に?」

「ああ本当だとも!ただし、条件を1つ吞んだらな…」

 人の悪そうな笑みを一層深めるジャックノーマに、サディ―たちは何か裏があると察した。

「な、何よ?条件って…」

「サディ―、お前さっき何でもするって言ったよな?だったら俺のために1つお遣いを頼まれちゃくれねェか?」

「お遣い?」

 そんなことでいいのかと拍子抜けしたのも束の間だった。

「北東の大地のはずれに真っ黒い巨大なクレーターがあるのを知ってるか?」

 この世界は大きく分けて、東西南北、そして北東、南東、南西、北西の8つの地方があり、それぞれの方角がそのまま地名となっている。ちなみにサディ―たちが住んでいるウラキ村は南西の大地にある。

「それなら聞いた事あるわ。地獄の業火に焼き払われたかのように真っ黒で、千年近くぺんぺん草一本生えない死の大地なんでしょ?」

「そのとおりだ。聞くところによると、あそこはかつて本物の魔族に滅ぼされた里の跡地なんだってよ。それに黒いだけじゃねぇ。その魔族が里を滅ぼした時に空間が歪むほどの強力なエネルギー波が発生して、次元の裂け目みてェなとこが出来ちまってな、それが未だ消えずに残ってるんだと」

「千年もの間消えないの?」

 当の魔族は滅んだと言うのに、その力の名残が未だ消えずにいるとは驚きだ。

「――と、ここまでは前置きで今からが本題だ。サディ―、その次元の裂け目の向こう側に何があると思う?」

「何って…何?」

 次元の裂け目についてなど考えたこともないサディーには想像もつかなかった。

 ジャックノーマは妖しく目を光らせて答えた。

「魔界だよ…」

「魔界⁉」

 魔界とは、文字通り魔族たちが住んでいた場所だ。

「人間界と魔界は、言わば表裏一体の世界なんだ」

「表裏一体?」

「どんでん返しの扉をイメージすりゃ解かり易いか?あんな感じで人間界をくるっと裏返すと魔界になるんだよ。魔族たちは、俺たち人間には到底扱えない空間転移の魔法を使って人間界と魔界を行き来してたんだ。」

 すると、今まで大人しく黙って話を聞いていたアズが恐る恐る口を挟んできた。

「ねぇ、まさかとは思うけど、サディ―にその魔界へ行けって言うんじゃないよね?」

 ジャックノーマはニッとアズを見遣った。

「察しがいいじゃねェか、アズ!そのとおりさ!俺が頼みたかったお遣いってのは、正にそれだよ!」

「冗談じゃないよ‼そんなとこ行って生きて帰って来れるわけないじゃないか‼あんたハナっから私らを見逃す気なんかないだろ‼」

「おい、暴れんなこのアマ!」

 暴れ出そうとしたアズは、手下に踏ん付けられて床に押さえ付けられた。それでも尚、ジャックノーマを睨みつけるのはやめなかった。

 ジャックノーマは、そんなアズを宥めるように苦笑した。

「安心しろよ。魔族はもう滅んだんだ。魔界へ行ったって襲われァしねェよ」

「じゃあ魔界へ行って何してくればいいの?」

 サディ―が問う。

「魔族はいなくとも、魔族の一部ならあるかもしれねェだろ?」

「魔族の一部?」

「魔族ってのは死ぬと体が結晶化して砕け散るんだってよ。だから魔族が滅んだ時にその結晶の欠片が大量に残ったはずなんだ。それを出来るだけたくさん集めて俺のとこへ持ってこいってのがお遣い内容だ」

「そんなもの集めてどうするの?」

「魔族の体の一部ってことは、魔力の塊も同然だ。それを体内に取り込めば、俺は魔族と同じになれる。魔族には寿命がない。つまり半永久的に生きられるようになれば、この世界全土を支配するという俺の野望もそう遠くないうちに達成できる!そう思わないか?」

 ジャックノーマの顔が凄みを帯びる。

 サディ―は愕然とした。もし言うとおりに魔族の欠片を持って来れたとして、それをジャックノーマに渡すという事は、悪魔に世界を売り渡すも同然の行為だからだ。

「どうするサディ―?魔界へ行って魔力の欠片を持って帰って来れたら、アズは助けてやるよ」

 姉の命と世界の秩序。サディ―に究極の選択が迫られる。

 しかし、答えを出すのにそう時間はかからなかった。

「わかった。私、魔界へ行ってくる!」

「サディ―‼あんた自分が何言ってるか解ってんの⁉そんなことしたら…」

「解ってるわよ!そんなことしたらどうなるかくらい解ってる!でも…」

 サディ―は一度言葉切って、迷いのない真っ直ぐな目でアズを見つめた。

「例え世界中の人が私を恨んだとしても、やっぱりアズが死ぬのは嫌!」

「サディ―…」

 アズはそれ以上何も言えなくなってしまった。サディ―の覚悟の重さを知ってしまった。

 ジャックノーマはパチパチと大袈裟な拍手をした。

「よく言ったサディ―!それでこそ俺の見込んだ女だ!だが、俺も気が長い方じゃねェからな。期限を設けさせてもらうぜ?」

「期限?」

「30日だ。それまではアズの命は保証してるが、間に合わなかったら公開処刑だ。いいな?」

 正直、短すぎると思った。北東の大地は、今いる南西とはちょうど真逆の最も遠い距離にあり、移動だけでもかなりの日数がかかる。しかし、それをごねればアズの命はない。そこで一か八かこう言ってみた。

「馬を一頭貸してくれるなら。」

「まぁそれくらいはいいだろう。じゃあ契約成立だな!――よしお前ら、アズを連れてけ!」

「うィっす!――ほら行くぞ!さっさと歩け!」

 ジャックノーマに促されて、手下たちはアズの腕を掴んで立たせた。

 アズはこの先30日間を牢屋の中で過ごすのだ。それを思うと、サディ―は胸が苦しくなった。

「アズ、少しの間辛抱してね。私、絶対帰って来るから!」

 連行されていく背中へ言葉を掛けると、アズは首だけこちらへ向けて気丈に笑ってみせた。

「うん、待ってる!」




 アズを牢屋へ押し込む直前、一緒に来たジャックノーマが、

「サディ―の奴、ちゃんと欠片を持って帰って来れるかな…」

 と意味深な呟きを発した。

 アズは怪訝に思いつつ、自分の本心を口にした。

「あんたがどう思おうと私はあの子を信じてるよ!」

 すると、ジャックノーマは顔を伏せてクツクツと笑った。

「そもそもな、そんなこと出来るならとっくに自分でやってるって話だよ」

「は…?」

 アズは一瞬、彼が何を言っているのか解らなかった。

「ちょっと待ってよ…まさか本当は次元の裂け目なんて無いって言うのかい?」

「いや、次元の裂け目があるのは本当だ。俺も一度行ったからな。だが、その裂け目には結界が張ってあるんだか知らんが、通れないようになってんだ。剣で斬っても魔法をぶち当てても、何しても破れなかった」

 アズは、ハッと顔を上げた。

「あんた…それを知っててあの子に何も言わなかったの…?」

 ジャックノーマはニマニマ笑うだけで何も答えなかったが、その顔だけで充分だった。

 アズは青ざめた。やはりこの男は、最初から自分たちを見逃すつもりなどなかったのだ。

 サディ―を止めなければ!

 反射的に動こうとした時、アズの体がドンと押された。

「うっ」

 床に這いつくばると同時に、鉄格子がガシャンと閉められた。

「じゃあな、アズ。そこであと30日の余生を満喫しろよ?」

 アズは鉄格子に飛びついてジャックノーマを罵った。

「この悪魔っ‼あんたなんか人間じゃないっ‼」

 普通の人間なら気分を悪くするような罵声も、ジャックノーマにとっては讃美歌でしかなかった。

「ははは!これ一度でいいから言ってみたかったんだよ――〝最高の誉め言葉だ〟」

 ジャックノーマは陰惨な笑みを残し、手下とともに高笑いを上げながら去って行った。

「ちくしょう……サディ―…サディ~~~っ‼」

 アズの虚しい絶叫が、サディ―に届くことはついぞ無かった。




 一方その頃。そんな事とは露とも知らないサディ―は急ぎ家に戻って出立の準備をしていた。旅費の心配はしなくてもいい。ジャックノーマの床の相手をした時に、気まぐれで与えられる小遣いをずっと貯め込んでいたからだ。

 魔賊の根城に居れば衣食住には困らないため、サディ―は当初、貰った金を全てアズへ渡そうとした。しかしアズは、サディ―の純潔を守れなかった自分にその資格はないと、断固受け取りを拒否した。

「このお金があればもうちょっと楽に生活できたのに、本当に頑固なんだから…」

 とは言え、もしものために使わずに取っておいたのは正解だった。地図とコンパス、そして野宿用の寝袋など必要最低限の物だけをまとめて馬の背に括りつけた。

「これから30日間よろしくね!」

 あいさつ代わりに馬の鼻を撫でるとサッと背に跨り、そのままパカパカと村の出口まで歩を進めた。

 村の出入り口には常に見張りがいて、逃亡者を捕らえる役目を担っている。サディ―が馬で近づいて行くと、案の定行く手を塞いできた。

「サディ―じゃねぇか!堂々と夜逃げでもする気か?逃亡は死刑だって知ってんだろ?」

「外出の許可ならあんたのボスから得てるわよ!嘘だと思うなら聞いてみなさい!」

「お頭が許可したならまぁいいか…」

 見張り役の男は渋々ながら道を開けた。手下でさえも、ジャックノーマの意向に逆らうことは出来ないのだ。

 サディーは最後にもう一度村を振り返ってから馬の腹を軽く蹴ると、馬はカッポカッポとゆっくり目に走り出した。全速力で走らせ続けると、馬もすぐに疲れてしまうので、何日もかけて長い距離を移動するならこの方が効率がいいのだ。

 村が遠ざかるにつれ、サディ―は胸が高鳴るのを感じた。村の外へ出るのは生まれて初めてだからだ。だが、すぐにブンブンと頭を振った。

「いけないわ!アズが大変な時に…」

 余計な妄想を振り払うと、頭を現実に戻した。




 岩のように大きな結晶体の中で誰かが眠っていた。性別は男。斜め分けの金髪に線の細い体。まるで時の流れが止まったかのような静寂の中で、青年はいつ覚めるか分からない眠りを続ける。

いやー、あれですね。なんか某世紀末なんちゃらに出てきそうな悪役ですね。

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