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第1話 魔族≒魔賊

なんかそういう名前の暴走族いそうだよなと思ったけど敢えて「魔賊」

 ――百年前


「ねえお母さん、ご本読んで?」

 7、8歳くらいの赤毛の女の子が、台所に立つ母の足元にすり寄った。

「ごめんねサディ―。今手が離せないから後でね…」

 包丁を握る手を止めないで母が言うと、サディ―はムッと口を尖らせた。

「そう言って昨日も読んでくれなかったでしょ?その前はお洋服買ってくれるって約束してたのに急にダメになったし…」

 まだまだ母に甘えたい年頃の娘は、あの手この手で母の気を引こうとするが、どうにも上手く行かない。

「そりゃ悪いとは思ってるわよ!でも母さんだって忙しいんだもの!言う事聞きなさい!」

 若干イラ立って母が語気を強めると、サディ―はいよいよ不満が爆発した。

「いっつもそうじゃん!私ばっかり我慢我慢って!お母さんは私のこと嫌いなんでしょ!」

「何でそうなるのよ!私はあなた達のために…」

「もういい!お母さんなんて大嫌い!」

 母が何か言いかけるのを遮って、サディ―は家を飛び出した。

「あっ、ちょっとサディ―!」

 慌てて手を伸ばすが、サディ―の背中がどんどん小さくなっていくと、深いため息を漏らした。

 すると、2人のやり取りを見ていたらしい、もう1人女の子が奥から出てきた。サディーよりも少し大きく、藍色のショートヘアが特徴だ。

「お母さん、私追いかけようか?」

 おそらく今自分が出て行っても逆効果だと思った母は、しおしおと頷いた。

「悪いわねアズ…お願い」

 アズは出て行く前に、寂し気な顔で見送る母を振り返った。

「お母さん、私は解かってるからね。サディ―も大嫌いなんて本当は思ってないよ?」

「うん…解ってる。」




 村はずれの枯れ井戸の側で、サディーは膝を抱えて蹲っていた。

「ここに居たんだ…」

 顔を上げると、姉が立っていた。

「…何しに来たの?」

「連れ戻しに。」

「ヤダ!今日は帰んない!」

今日は(・・・)って事は、明日は帰るんだ?」

 揚げ足を取ってしたり顔の姉に、サディ―はぷぅと頬を膨らませた。

「もう!からかいに来ただけなら放っといてよ!」

 イーッと歯を剥いてサディ―は再び膝に顔を埋めた。すると、アズは急に真面目な顔になり、サディ―の隣に腰を下ろした。

「サディ―、お母さんを困らせたらダメだよ。お母さんだって私たちのためにたくさん我慢してるんだから…」

「え…?」

「お父さんが死んじゃってからお母さんは朝から晩まで内職に追われて、その合間に家事とかもやってるの。もうあんたに本読むどころか自分が自由になる時間すら無いの。それでも泣き言一つも言わないで私たちのお世話してくれてるのは、それだけ私たちを愛してくれるってことなんだよ?お母さんのご飯、いつも美味しいでしょ?」

 料理には作り手の気持ちが込められている。愛情をかければかけるだけ、結果が味に出るのだ。

「お母さん…」

 自分やアズが何不自由なく暮らせるのは、母が身を削って働いてくれているからだ。その事をようやく理解したサディ―は、今まで母に不平不満ばかり言っていた自分が恥ずかしくなった。

「お母さん、怒ってないかな…?」

「大丈夫だよ!だから帰って謝りに行こ?」

「…うん!」

 顔を上げて涙を拭ったその時、ドカンと爆発音のような音が轟いた。村の方から真っ黒い煙が上がっている。

 サディ―の顔からサッと血の気が引いた。

「あれって私たちの家の方じゃない?」

「きっとそうだよ!早く戻ろ!」

 1人家に残った母は無事だろうか…

 それだけを考えながら、姉妹はあぜ道を駆け出した。



 アズがサディ―を追いかけて出て行ってから30分ほど経った頃。

 母――べリアはテーブルに肘をついて項垂れていた。

「思えばガリーが戦死してから、ちっともあの子たちに構ってあげられてなかったわね…」

 3年ほど前に傭兵だった夫が出稼ぎ先で戦死してから、べリアは幼い子供2人を食べさせるために内職の仕事を始めた。しかし内職で稼いだ金も、その日暮らしでほとんどが消えた。はっきり言って、子供に欲しいものを買ってやれる余裕などない。

「アズはもう大きいから解かってはくれてるけど、本当はあの子もずっと寂しい思いをしてきたんだろうな…」

 日々の生活を優先すると、どうしても子供たちの方を厳かにしてしまうという悪循環が生まれ、べリアはその度に罪悪感に苛まれていた。

 サディ―たちが帰って来たら、どんな顔で迎えてやればいいのか、あるいはどんな言葉をかけてやればいいだろうか悶々としていると、突然外が騒がしくなった。

 何事かと思って外に出ると、武器を持った荒々しい連中が、村人を襲っていた。

「俺の名はジャックノーマ!このウラキ村は今日から俺たち”〝魔賊(まぞく)〟が頂く!お前らみんな奴隷だ!文句がある奴は死ねェ!」

 〝魔賊〟とは、世界各地を荒らし回っている野盗の集団である。魔族(・・)ではなく魔賊なのは、正体が人間で、本物の魔族とは何の繋がりもないからだ。

 しかし、かつて圧倒的な力で人間たちを蹂躙した魔族たちに憧れ、その真似事をしようとする輩が現れた。それが徒党を組んだのが魔賊である。

 何度か討伐隊が派遣されるほどの悪業ぶりであるが、その度に全員が返り討ちにされ、生きて帰る者はいなかった。

 魔賊の長が声高らかに宣言すると、村の自警団である戦士や魔導士たちがその前に立ちはだかった。

「そんなことはさせない!みんな村を守れ!」

「おう!」

 戦士たちは果敢に立ち向かうも、魔賊たちは構成メンバーの全員が、並み以上の戦闘能力を有している精鋭だった。

 その中でも特にジャックノーマは、剣と魔法を両方使うため、非常に厄介で自警団は1人、また1人と倒れて行った。

 そんな中、べリアはグッと拳を握り締めると、一旦家の中に戻り、夫の形見のナイフを手に、再び外へ出た。実は、魔賊討伐隊のメンバーの中には、べリアの夫ガリーもいたのだ。

 鞘を抜き、斬りかかろうとしたその時、誰かにガッと腕を掴まれた。

「止せ!何を考えとる!」

 村長のクロスだ。

「放してクロスさん!あいつら夫の仇なのよ!」

「気持ちは解るが落ち着け!お前さんが挑みかかったところで無駄死にするだけ――っ!」

 クロスは何を思ったか、いきなりべリアを突き飛ばした。

 次の瞬間、クロスの体が凍り付き、粉々に砕け散った。

「クロスさん!?」

「惜しい…二人まとめて始末してやろうと思ったのに…」

 狙われている事に気が付いたジャックノーマが先手を打ってきたのだ。

「あ…クロスさん…」

 べリアは茫然とその場にへたり込んだ。

 ジャックノーマが剣を片手に迫って来ていたが、腰が引けて立ち向かう気力が失せてしまった。

 しかしその時、ジャックノーマの後頭部に何かがコツンと当たった。

「いてっ!」

「…?」

 ジャックノーマの後ろへ目を向けると、幼い子供が2人、両手にいっぱいの石を持って立っていた。

 べリアはハッと我に返った。

「サディー!アズ!」

 ジャックノーマがギロリと後ろを振り返った。

「今石投げたのお前らか?」

「そうだよ!早く村から出てけ!」

「お母さん、今のうちに逃げて!」

 サディ―とアズは、怖い野盗のボス相手に勇敢に立ち向かった。

「だめ…止めなさいっ!」

 べリアの頭の中でけたたましい警鐘が鳴り響く。それでも子供たちは母を守るために石を投げる事を止めなかった。しかしジャックノーマに同じ手は通じない。

「俺に不意打ちを喰らわせたことは褒めてやるよ。だが、ちょっとお行儀が悪いんじゃねェか、お嬢ちゃんたち?」

 ジャックノーマが剣で石を弾きながら子供たちに迫ると、べリアは恐怖をかなぐり捨てて子供たちとジャックノーマの間に割って入った。

「待って!この子たちは殺さないで!!」

 ジャックノーマは、ジロジロとべリアをねめつけた。

「こいつらお前のガキか?なら責任取ってお前が死ねば許してやるよ」

 べリアは何の迷いもなく頷いた。

「いいわ!この子たちが助かるなら私はどうなってもいい!」

 何が何でも子供たちだけは守る。今のべリアの頭にはそれしかなかった。

「そんな…だめだよ、お母さん!悪いのはこいつらなのにっ…」

 なぜ母が死なねばならないのか理由が解らないサディ―は憤然と抗議するが、べリアはゆっくりと首を横に振った。

「サディ―、最期くらい言う事聞いて?」

 今までで一番優し気で穏やかな笑顔。

「!」

 サディ―もアズも悟ってしまった。母を止められない。

「やだ…お母さん…」

 それでもサディ―は、母に手を伸ばした。

 べリアは、その手を取らない代わりに、サディ―とアズを痛いほど抱き締めた。

「じゃあ、お母さんもう逝くね?今までいっぱい我慢させてごめんね!」

「いいよ、そんなの!私もうワガママ言わないから…いっぱいお手伝いするから…っ」

 だから死なないで、と言いかけた時、それを遮るように母がスッと離れた。

「今生の別れは済んだか?」

 ジャックノーマが、やっと終わったかと言いたげに、剣をべリアの眼前に突き付けた。

「ええ、待っててくれてありがとう。もう心残りはないわ。」

 これから殺される相手になぜ礼を言うのか自分でもよく解からないが、とにかく子供たちに思いを伝えられたことにべリアは満足した。

「そんじゃ、遠慮なく…」

 ジャックノーマは振り上げた剣を下ろす前に、サディ―とアズにチラリと目を向けた。

「後学のためによく見ておけガキども。これが世界の道理だ。絶対的強者には何人も抗えない」

 重い鉄の塊が肉と骨を断った。血しぶきがサディ―たちにもベシャリとかかる。

「お母さん…?」

 サディ―が倒れた母の体を揺すった。べリアは穏やかな笑みを浮かべたまま、二度と声を発する事はなかった。サディ―は茫然と姉を振り返った。

「アズ…お母さん、死んじゃった…私、まだお母さんと仲直りしてないのに…こんなの…ヤダ…」

 ふるるとサディ―の目が見開かれると、アズがバッと抱き着いた。

「泣いちゃダメ!お母さんが安心して天国に行けないから…!泣いちゃ…ダメ…っ」

 アズの目からも大粒の涙が零れ落ちると、サディ―の喉から嗚咽が漏れ、やがて絶叫に変わった。

「あああああああっ!!」

「ふははははははっ!!」

 姉妹の慟哭と、魔賊の長の嘲笑の不協和音は、その日一日、村に木霊したという。


一話って皆さんどれくらいの長さで区切ってるんですかね?私はキリの良いところで区切ってますけど…

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