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第11話 世界で一番大好きな人

当たり前の平和が戻ってきました

 あれから10日も経つと、村はすっかり以前の活気を取り戻していた。

 ひと月以上の獄中生活で衰弱していたアズも、普通に起き上がれるくらいに回復した。

 サディーはアズの回復を待っている間に、ヒーラギの事を話して聞かせた。

 笑顔でとんでもない事を語るサディーを、アズは最初心配そうに見遣ったが、妹がそこまでの覚悟を決めた大恋愛だ。姉として応援しないわけにはいかないと、快く送り出す約束をしてくれた。

「それで?魔界へはいつ行くの?」

「アズさえよければ明日にでも!」

「そう…寂しくなるね」

「大丈夫!あの裂け目がある限り魔界と人間界との行き来は出来るから、アズの顔が見たくなったらいつでも帰って来れるわ!」

 それくらいはヒーラギも許してくれるだろう。

「それはそうと、アズはソルトと結婚するの?」

 唐突に話を振られ、アズは飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

「な、何言ってんのさ!あいつとは別に何も…」

「本当に?あの人絶対アズのこと好きだと思うわよ?」

「……」

 ソルトとは確かに昔から仲が良かった。しかし、恋愛対象として考えた事はただの一度もない。あの日以来。

 ジャックノーマに果敢に立ち向かい、自分を守ると言ってくれたソルトの背中が妙に逞しく見えたのを覚えている。それまでは男なんていなくても生きていけると思っていた自分が嘘みたいだ。

「私って案外チョロいのかな…?」

「あのシチュエーションであんなこと言われたらどんな鉄の女だってコロッと行っちゃうわよ!出会って数時間で落ちた私の方がよっぽどチョロいわ!」

「…確かに」

 一応自覚はあったのかと、アズは肩を竦めた。

「とにかく、アズにも良い人が見つかったみたいだし、これで私も安心して魔界に旅立てるわ!」

「魔界か…。ねぇサディー、私も一緒に行ってもいい?」

「えっ?」

 突然の申し出に、サディ―は目を丸くする。

「アズも魔界に住むの?」

「違うよ!ただ、そのヒーラギって人に一目会ってみたくて…」

 妹を助けるために、大事な人との約束を破ってまで力を貸してくれた村の恩人だ。面と向かってお礼を言いたい。

「そういう事なら是非一緒に来て!驚くわよ?すっごい美形だから…」

「何それ、マウント?」

「誰だって自分の彼氏は自慢したいでしょ?」

 すっかり舞い上がっている妹に一抹の不安を感じつつも、姉妹は揃って旅立った。




「あんまり急いで馬から落ちるんじゃないよ?」

「そんなヘマしないわよ!」

 今回は急ぐ旅路でないと理解しつつも、早くヒーラギに会いたい一心で、サディ―は自然と足早になる。

 そんな調子でウラキ村を出て15日目。サディ―たちはナトリ―村に入っていた。

 ここはキモンの里の手前に位置する村で、かの魔王軍侵攻の最初の餌食となったところでもあった。

 しかし、前記の通り、ヒーラギが魔王たちを滅ぼしたため危機一髪壊滅は免れ、千年経った今は元通り復興している。

 そこでサディ―は信じられないニュースを小耳に挟んだ。


 ――次元の裂け目が消えたんだってよ


 サディ―は思わず、そう話していた人物に詰め寄ってしまった。

「ちょっと、それどういう事?」

「わっ、何だよ、ねーちゃんいきなり…」

「私、今からそこ行くのよ!ねぇ消えたってどういう事?」

「言葉の通り消えたんだよ。どういう訳かは知らねェけど…」

「そんなっ…」

 サディ―は急ぎ馬を駆り、裂け目があった場所へと向かった。

「あ、ちょっと待ちなよ!サディー!」

 アズも慌てて後を追いかける。

「ウソよね…!ヒーラギっ」

 まさかヒーラギが自分を騙すなんて、そんなことあるわけがない。

 もう二度と会えないなんて、思いたくない。

 今のサディーの頭の中はそれだけだった。

「はぁ…はぁ…何で…?」

 あの場所に辿り着いたサディ―は愕然とした。

「サディー、本当にここに次元の裂け目があったの?」

 ナトリ―村の男が言っていた通りだったのだ。

 見れば一発でそれだと分かる空間の亀裂が、跡形もなく消えていた。

「ヒーラギ……ヒーラギィーっ、出て来てぇーっ!」

 それでもサディ―はヒーラギの名を呼び続けた。

 しかし、優しい声が返って来ることはついぞなかった。

 アズは、半ば錯乱状態の妹に、何と言って声をかけたらいいのか分からないでいる。

 サディ―が脱力したようにペタンとその場に座り込んだ。その時、手に何か当たった。

 見るとそれはゴロリとした大きめの石だった。その石の下に、白い紙のようなものが挟まっている。

「こんなの…あったかしら…?」

 訝しく思いつつ紙を広げたサディ―は目を見開いた。

 それはヒーラギがサディーに遺した手紙だった。


『サディーへ


 君に1つウソをついた事を謝りたい。俺が自分に結んだ魂の契りだけど、本当は〝魔界から出ると消滅する〟んじゃなく、〝人を手にかけたら消滅する〟っていう縛りだったんだ。だから、君がここを再び訪れる時、俺はすでに消滅した後だと思う。騙すような事をして本当にごめん。ジャックノーマみたいな輩を殺さずに改心させるなんてのは無理があったんだよ。魂の契りで支配することも出来たかもしれないけど、きっとあいつは我慢できずに人を殺す。そうしたら、やはり最初の縛りルールで俺も滅ぶ。どの道こうするしかなかったんだ。ただ、これだけは信じてほしい。君への気持ちはウソじゃない。君が一緒に暮らそうと言ってくれた時は本当に嬉しかったし、俺も出来る事なら、君と末永く一緒にいたかった。でも俺はあの時君とキスができただけで一生分の幸せを得られたから、もうこの世に思い残すことは何もない。彼女が俺に願っていた幸せはこういう形じゃないのは解かっているけど、それでも俺には十分すぎる程の幸せだった。だから、この幸せの続きは来世で叶えることにするよ。

 サディー、何百年、何千年先なってもいい。もしも同じ時代に生まれ変わることができたら、今度は俺の方から君を迎えに行くよ。そして君さえ良ければ、次は必ず一緒に幸せになろう。俺の世界で一番大好きな人… 


                                ヒーラギ』


 ポタポタと手紙に滴が落ちた。

 アズはサディーの隣に腰を下ろした。

「きっとヒーラギは、あんたの決心を鈍らせちゃいけないと思って本当のことを言わなかったんだね…」

 サディーの肩が震え、声にならない嗚咽が漏れる。

「サディー、今回は(・・・)泣いていいよ?」

 言い終わる前に、サディ―はアズの胸にガバッと縋り付いた。

「うぅ…わあああああああっ」

 アズは、子供をあやすように、サディ―の背中を摩り、気の済むまで泣かせてやった。



 3か月後。

 アズとソルトは村中に祝福されながら盛大な結婚式を挙げた。

 アズは当初、サディ―に遠慮して自分だけが幸せになる事を躊躇していたが、それを見かねたサディ―の方から後押ししたのだ。

 確かにヒーラギの事はショックだったが、それはアズには関係ない事だし、人の結婚を僻むほど心は荒んでいない。

 それに、サディ―とて希望がなくなったわけではない。自分はおそらく、千年前のサディーの生まれ変わりで間違いない。だからこそ、再びヒーラギと出逢い、恋に落ちた。だから次もきっと…

「ヒーラギ、私、待ってるからね。今度はちゃんと約束、守ってよ?」

 愛する人を信じながら、毎晩星に願う事七十余年。

 満80歳の誕生日を迎えた翌日、サディ―は眠るように息を引き取った。


上げて落としてごめんよ、サディー

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