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第10話 ウラキ村の夜明け

佳境に入ってまいりました

 懐かしいような、悲しいような夢を見ていた気がする。

 しかし、目を覚ました瞬間に忘れてしまった。おそらく、もう二度と思い出すことはないであろう。

 ジャックノーマは寝床から起き上がると日付を確認した。

 今日は、サディ―が村を出て行ってから、ちょうど30日目である。

 支度を終えたジャックノーマは手下と共に牢屋へ向かった。

 牢の中では、壁に手枷で繋がれたアズが細い息をしていた。

 最低限の水と食料は与えられていたが、サディ―の代わりにジャックノーマのおもちゃにされていたため、疲弊しきっているのだ。

「アズ、時間だ」

 牢の外から声をかけると、アズは顔も上げずに掠れた声を出した。

「まだ…今日一日あるだろ…」

「まぁな。だが、どうせ間に合いはしねぇんだ。早めに処刑の準備をしておいたっていいだろ?」

 アズは公開処刑する予定のため、村人たちへの見せしめのために今日一日広場へ晒しておきたいのだ。

「…勝手にしろ…」

 アズはもはや抵抗する気さえ失せていた。

 手下が牢の中へ入ってきて手枷から外すと、されるがままにズルズルと引き摺られて行った。




 ウラキ村の中心部に、大きな広場がある。

 元々は集会やイベントに使われていたものだが、魔賊たちに村を占領されてからは、専ら処刑場として利用されていた。

 アズは棒に縛り付けられた状態で広場に晒された。

 村人たちは歯がゆい思いをしながらも、アズを解放すれば今度は自分たちが同じ目に遭うため、何もせず見ている事しか出来なかった。

 しかし、夕方近くになってから、人垣の中にいた若い農夫の青年が、突然クワを取ってくると言い出した。

「あんた何しに行く気だい?」

 母親が眉を顰めると、青年は表情を引き締めてアズを振り返った。

「俺、アズを助けてくる!」

 周りにどよめきが走り、青年の母親が小さく息を飲んだ。

「あんた、そんなことしたら…!」

「アズをあのままにしておけるか!」

「そりゃアタシだってあの子があのまま処刑されちまうのは忍びないけどさ、でもしょうがないじゃないか。助けたりしたら今度はアタシらが同じ目に…」 

 そうやって処刑された者が今まで何人もいた。青年も母が言いたい事は解かる。

 しかしだ。

「だがお袋、アズが俺たちに何をしてくれたか忘れたわけじゃないだろ?」

「……」

 アズは飢えに苦しむ人々のために、魔賊たちから食糧を盗み出し、こっそり届けてくれた。それがバレたためにアズは捕まったのだ。

「このままじゃ飢え死にするのは時間の問題だ。でもアズとサディーの協力がなければ俺たちはもっと早くに死んでた。ただ何もせず死を待つだけなのと、せめて魔賊たちに一矢報いてから死ぬのとどっちがいい?」

 魔賊たちに敵わないのは百も承知だ。だが、鼻を明かしてやる事くらいは出来るかもしれない。

 青年の言葉に、人々も心を動かされた。

「そうだね…どの道死ぬなら…」

「例え俺たちが全員やられたとしても、アズだけは逃がしてやろう!」

「ああ!今こそ恩返しの時だ!」

 奮起した村人たちは各自武器を取りに戻り、再び広場前に集結した。

 青年が縛られているアズに近づき、そっと声をかけた。

「アズ、しっかりしろ!今助けてやるからな!」

 意識も朦朧にぐったりと項垂れてたアズは、ハッと顔を上げた。

「バカ!そんなことしたら…」

「お前はもう俺たちのために十分苦しんだ。今度は俺たちがお前の苦しみを背負う番だ」

「番って…私はそんなこと…」

 誰かに代わってもらいたいなんて思っていない。そう言おうとしたアズの言葉を、青年は遮った。

「解ってくれよ、アズ!俺はお前に生きててほしいんだ!サディーもきっとどこかで生きてる!生きて村を出られれば、いつかきっと会える!」

「ソルト…」

 アズはそれ以上何も言えなくなった。青年の…ソルトの目は、魔界へ行くと言って出て行った時のサディーと同じ目をしていた。

「俺たちも同じ気持ちだよ、アズ!」

 ソルト以外の村人たちもニッと歯を見せて頷いている。

「みんな…」

「さ、アズ…」

 ソルトがアズの縄を解こうと手を伸ばす。その瞬間、ドスッという鈍い音がした。

「え…?」

 ソルトの肩から、鉄の矢が生えていた。

「うぐっ…」

 ソルトの体がぐらりと傾く。

「ソルトっ!」

「何が起こった!?」

 アズや村人たちがパニックに陥った時、爆竹でも投下されたような笑い声が沸き起こった。

「ふはははははっ!本っ当に行動が解かり易いな、お前らは!」

 群衆の頭の上。

 空中に浮かぶ絨毯の上に胡坐をかいたジャックノーマが、クロスボウをチャカチャカと鳴らしていた。

 村人たちがヒッと息を飲んだ。

「罪人を助ければそいつも同罪。口を酸っぱくして言い聞かせてたはずだが?それとも学習能力ってもんが無いのか?」

 ジャックノーマがひらりと絨毯から飛び降りてくると、ソルトが肩を押さえて立ち上がった。

「もちろん解かってるさ!力じゃお前に敵わないって事も!けど、このまま何もしなくてもどうせ飢えて死ぬんだ!だったら少しくらい抵抗したっていいだろ?俺は端から助かろうなんて思ってない!だが、アズだけは守ってみせるっ!」

 ソルトの決意を固めた凛々しい顔を、ジャックノーマは不快そうに睨みつけた。

「一寸の虫にも五分の魂ってか?なまじ人の心があるってのは不便だよな。義理だの人情だのプライドだの、そんなもんに縛られて生きるなんざ俺は御免だね!いいか?圧倒的な強さの前にはそんなもんクソの役にも立ちゃしねェんだよ!いつだって最後に笑うのは強者だ!善悪なんか関係ない!最終的に勝った方が正義なんだよ!それが世界の道理だっ!」

 ジャックノーマが指をパチンと鳴らすと、建物の陰から魔賊の手下たちがぞろぞろと出て来て群衆を取り囲んだ。

「抵抗したいなら勝手にしろよ。だが、こっちも一切手加減はしねェぞ?」

 ジャックノーマの顔が凄みを増す。ここで全員殺すつもりだ。村人たちの中には腰が引けている者もいる。

 最早絶体絶命かと思われたその時、

「待ちなさいっ!」

 馬の蹄の音とともに大音声を響かせたのは…

「サディー…?」

「ウソだろ…本当にサディーが?」

 アズやソルトたちは目を見張った。そしてジャックノーマでさえも。

「まさか…」

「ちょっとォ!期限はまだ今日の夜まであるはずでしょ?なのにあんた今アズたちを殺そうとしてたわね?」

 馬から降りたサディ―に詰め寄られると、ジャックノーマは平静を装ってニッと歯を見せた。

「おお、お帰りサディー!いや違うんだよ。俺は夜まで待ってやるつもりだったんだぜ?けど、こいつらがアズを放そうとしたからさ、ちょいとばかし制裁をな…」

 サディ―は、あくまでも自分の正当性を主張するジャックノーマよりも、アズを解放してくれようとした村人たちに驚いた。

「みんな…アズのために?」

「アズだけじゃない!サディー、お前にも俺たちは返し切れない恩がある。そんなお前たちが死ぬよりも辛い思いをしてるのに、俺たちが何もしないわけに行かないだろ?」

 ソルトを含め、集まった村人たちがしかと頷く。

「ソルト…みんな…」

 サディーは胸の中に少しだけ罪悪感が生じた。アズために命を懸けようとしてくれた人たちを、自分は当初見殺しにするつもりでこの旅を強行したのだ。欠片を手に入れられて本当に良かったと思う。

「みんな、ありがとう!アズも、よく耐えてくれたわ!」

「そんなのいいんだよ、サディ―……もう二度と会えないと思ってたから…帰って来てくれただけで嬉しいよ!」

「私は絶対帰ってくるって言ったでしょ?なのに信じてくれなかったの?」

「だって…」

 アズが目を伏せた時、ジャックノーマが割って入ってきた。

「感動の再会に水を差すようで悪いがな、サディ―?間に合っただけじゃアズを解放する条件にはならねェぞ?」

 そう…例のブツが無ければ取り引きが成立したことにはならない。

 だがサディ―は臆することなくジャックノーマをキッと睨みつけた。

「もちろん解かってるわよ!はい、これでしょ?」

 サディ―は懐から、ヒーラギにもらった黒い結晶を出してジャックノーマに差し出した。

「まさか…本当に取って来たのか?」

 疑わし気なジャックノーマに、サディ―はムッと口を尖らせた。

「取ってこいって言ったのはあんたでしょ?」

「裂け目に何かあったろ?」

「結界の事言ってるのかしら?あったわよ、もちろん。でも私が触ったら壊れたわ!だから黙ってたことは水に流してあげる。」

 サディ―の上から発言にも腹が立つが、ジャックノーマはそれよりも、結界が破れたことに対して声を荒らげた。

「俺が何をやっても破れなかった結界をお前ごときが破壊しただと?」

「実力行使じゃいくらやってもダメだったのよ。あの結界はある特殊な条件に該当した人が触れないと破れない仕組みになってたから…」

「特殊な条件だと?」

「あんたじゃ一生かかっても揃わない条件よ!それよりこれが欲しかったんでしょ?サッサと受け取りなさいよ!」

 ジャックノーマは差し出された黒い結晶をジロリと一瞥した。

「随分簡単にくれるがよ、サディ―?本当に俺はこれを受け取って大丈夫なのか?」

「え?」

 サディ―は内心ギクリとする。

「俺は本物の魔族の欠片を見た事がねェから、これが本物なのか判断しようがない。もしかしたらその辺の店で買った、ただの黒水晶ってこともあり得る。」

「な、何よ、難癖つけるつもり?ちゃんと魔界へ行って拾って来たわよ!」

「魔界ってどんなとこだったんだ?」

「裂け目の周りと同じよ。一面黒い焼け野原が広がってるだけ。他には何もないわ!」

「ふむ…」

 ジャックノーマは顎に手を当てて何やら考え込む動作をすると、おもむろにサディーの頭をガッと鷲掴みにした。

「っ!何するのよっ」

「お前の記憶を覗かせてもらう」

「え…?」

 サディ―は焦った。記憶を覗かれたら、こちらの狙いがバレてしまう。

「動くなよ?少しでも動いたらアズはこの場で殺す」

「…っ」

 ジャックノーマが目で合図をすると、手下が一人近づいて来て、未だ縛られたままのアズの喉元に剣を突き付けた。

「く…」

 アズが悔しそうに歯噛みするのを余所に、ジャックノーマは精神を集中して耳慣れぬ言葉を発した。

「ノッゾ=キーマス…」

 サディ―の頭を掴んでいるジャックノーマの手が紫色の光を帯びた。

「あ…」

 サディ―は気が遠くなるのを感じた。

 ジャックノーマはそのまま目を閉じてサディーの記憶の映像を見る。

 やがてジャックノーマの手が離れると、サディ―はその場にガクリとへたり込んだ。

 実際には10秒も経っていないが、サディ―にとってはヒーラギと出会ってから別れるまでの数時間分の体感だった。

 ジャックノーマはサディーを見下ろして言った。

「そうか…お前本物の魔族を味方に付けたのか…」

「え…?」

 アズから自然と驚きの声が漏れた。

 ジャックノーマはくつくつと笑い出した。

「そうか…そうだよな。上手く行き過ぎると思ったんだ。そうかそうか。俺はこれを取り込むと死ぬのか…」

 ひとしきり笑うと、いきなりへたり込んでいるサディーの首を掴んで持ち上げた。

「味方を得たからって調子に乗んじゃねェよ、このアマ!いいさ、欠片は諦めてやるよ!だが、お前の思い通りにはさせねェぞ、サディー!死ぬのは俺じゃねェ!お前だ!」

 ジャックノーマの指が、サディ―の細い首にズブズブと食い込んでいく。

「あっ…ぐ…」

「サディー!」

「黙って見てる場合か!みんなサディーを助けろ!」

「おうっ!」

 ソルトたちがジャックノーマに飛びつこうとすると、その前に手下たちがズラリと立ちはだかった。

「おっと!俺たちもいる事を忘れんじゃねぇぞ?」

「お頭の邪魔はさせねェよ!」

「くそっ…」

 ソルトは歯を食いしばった。このままでは誰も守れずに全員殺される。

 しかしその時、サディーの足元に落ちていた結晶がひとりでに浮き上がった。


 ――サディーを放せ…


 その声はジャックノーマの頭の中に響いてきた。

「…!」

 ハッとした瞬間、結晶がジャックノーマの額に貼り付いた。

「なっ…」

 途端、体の自由が利かなくなり、サディ―を放してしまう。

「ゲホっ…」

 サディ―が咳き込んでいる横で、ジャックノーマは割れそうに痛む頭を押さえて、たたらを踏んだ。

「ぐわあああっ!」


 ――魔族になりたいんだろ?お前みたいな俄かとは違う、本物の魔族の恐ろしさを、身を以て知れ…


「何だっ、何をする気だっ…」

 ジャックノーマの体がくるりと手下たちの方を向く。

「お、お頭?」

「どうしちまったんだ?」

 ジャックノーマはフラフラと歩み寄ると、戸惑いがちに声をかけてきた手下二人の胸をドンと軽く手で押した。

 その瞬間、手下の体を黒い炎が包み込んだ。

「ぎゃああああああっ!」

「お、お頭ァァァァっ!」

 仲間が灰になるのを目の当たりにした他の手下たちはガクガクと震えた。

「お、お頭…?何を…」

「違う!俺じゃない!体が勝手にっ…」

 言っているうちに、次なる獲物へと手が伸びる。

「ひっ…ああああああっ!」

 三人目が灰となったところで、手下たちはその場から一目散に逃げ出した。

 ところが、触れられなくとも、ジャックノーマがパチンと指を鳴らしただけで、手下たちは次々と黒い火柱を上げて行った。

 サディ―はその光景を呆けたように見つめた。

「ヒーラギ…あなたがやってるの…?」

 あの結晶はヒーラギの魔力そのもの。遠隔操作など造作もないのだ。

 ヒーラギへの気持ちは変わらない。しかし、人間との〝格〟の違いには戦慄せざるを得なかった。

 あれが本当にあのジャックノーマなのだろうか…

 他の魔導士を圧倒し、長年人々を恐怖と絶望のどん底に陥れた男も、本物の魔族の力の前には無力なのか…


 〝絶対的強者には何人も抗えない〟


 かつて、彼がサディ―たちに言い放った言葉が、今、特大ブーメランになって返ってきている。

 とにかく、もう大丈夫だ。

「アズ、今のうちに…」

 サディ―はアズの縄を護身用のナイフでバサリと切った。

「…っ」

 フラリと倒れ掛かってきたアズの体を、ソルトが支える。

「アズ、大丈夫か?」

「うん…平気。――ねぇサディー、一体何がどうなってるの?」

 ソルトの肩を借りつつも、アズはジャックノーマから目を離せないでいた。

「所詮、偽物は本物には敵わないって事よ…」

「は…?」

 アズはソルトと顔を見合わせる。

 その時、手下を全員燃やし尽くしたジャックノーマの体も炎に包まれた。

「ああああっ…熱いっ…誰か…助けてくれっ…」

 ジャックノーマがいくら苦しみ悶えても、彼を助けようと思うものはもういない。

 地面に倒れ込み、動きも鈍くなった時、一瞬だけ炎の勢いが弱まったように見えた。


 ――お前の境遇にも少しは同情できる。でもお前は多くの命を奪い過ぎた。それに何よりもサディーを傷つけた。絶対に許さない!


 再び炎の勢いが爆発的に強まったかと思うと、嘘のように瞬時に消えた。その場には黒い影だけが残っている。ついさっきまでジャックノーマだったものが…

 これを以って、世界中の人々を震撼させた盗賊団〝魔賊〟は全滅し、約10年続いたウラキ村の受難は去った。

「え…?俺たち自由になれたのか?」

 あまりにも呆気ない幕切れに、村人たちは実感が湧かないようだ。

 しかし、そのうちにポツリポツリと拍手が起こり、やがて空が落っこちてきそうな大歓声に変わった。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 村人たちは皆、抱き合って涙を流した。

 サディ―もアズと抱き合って泣いた。

「サディー!ありがとう!あんたのお陰だよ!本当に良く頑張ったね!」

「私はただ行って帰って来ただけ。ヒーラギがいなかったら、たぶん何もできなかったわ」

「ヒーラギ?」

 アズが目をパチクリさせると、サディ―はニコリと笑った。

「アズ、私ね、恋人が出来たの!」




 ヒーラギは透けて行く自分の手を見つめた。

「…時間だ。サディー…」


悪役の最期なんてこんなもんさ


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