第9話 ジャックノーマ
知らない人について行っちゃいけませんっていう話です
父不在。母は育児放棄のアルコール依存症。
彼が生まれたのはそんな家だった。
母は常に何かにイライラしており、昼間から酒をあおっては酔い潰れて寝ていた。そして彼の顔を見るなり嫌悪感を露わにし、グチグチと悪態を吐いた。
〝あんたなんか生まれなければ…〟
それが母の口癖だった。
母は、夫が出て行ったのが彼のせいだと思っているのだ。実際そうなのだろう。
父は、母が妊娠したと分かるや否や、行方をくらませてしまったらしい。
しかし、そんなことを言われても、生まれてしまったものは仕方がない。こちらとて生まれる家は選べないのだから。
そのような理由で、彼は幼いながらも、母に愛されていない事だけは理解した。
母の側にいるのが嫌になった彼は、外で過ごすことが多くなった。
周りの大人は、彼がいつも一人で外にいるのを心配そうな目で見はするものの、所詮は他人の子ゆえ、過度に干渉してくることはなかった。
そんなある日、一人の風変わりな老人が彼に声をかけてきた。
その老人は、いつも一人でいる彼の事をずっと気にかけており、良ければうちに来ないかと誘ってきた。
母といるよりはマシかもしれないと思った彼は、老人について行くことにした。
老人は広い屋敷に住んでいた。何でも、魔族を崇拝する宗教団体の教祖で、家に行くと他にもたくさんの子供たちがいた。
それから彼は、彼らと一緒に魔族について学んだ。
魔族は別次元からやってくる
魔族には慈悲の心がない
魔族には寿命がない
魔族はこの世で最も強い生物である
…etc
また、魔導士でもあった教祖は、子供たちに魔術の手ほどきも行った。
彼はその中でも群を抜いて才能があったのか、メキメキと実力を伸ばしていった。
それから数年が経ち、15歳になった時、ふと母のことが気になった彼は、一度家に戻ってみる事にした。もしかしたら家出をしていた数年の間に、死んでいるかもしれないと思ったが、母はちゃんと生きていた。相変わらず昼間から飲んだくれて机に突っ伏している。
昔とちっとも変っていない事に辟易としながらも、彼が声をかけると、母は悪態を吐きながら薄目を開けた。
はじめから大した反応は期待していなかったが、なんと母は成長した彼の顔を見るなり、目を皿のように見開いて胸に飛び込んできた。
今までただの一度も母にそんな風にされたことがなかった彼に、嬉しさと戸惑いが同時に押し寄せる。
彼の複雑な心境を余所に、母は夢中になって彼に甘えてきた。父の名を呼びながら…
その時、彼の中で何かがプツンと切れた。
気が付くと、目の前には血まみれで息絶えた母が倒れていた。
その日を境に、彼は殺人や暴力を躊躇わなくなった。
少しでも気に障ることがあれば、女子供関信係なく惨殺した。
日に日に凶暴性を増していく彼を教祖は満足そうに眺めていた。
不遇な境遇の子供たちを保護するフリを装い、幼いうちから洗脳教育を施す事で、善悪の垣根と良心が欠如した疑似魔族を作る。これが教祖の狙いだった。
老い先が短い事を悟っていた教祖は、彼を自分の後継者に指名し、リーダーの座を譲った。
教祖が死ぬと、彼は宗教団体を盗賊団に改め、各地を荒らして回り、残虐の限りを尽くした。
こうして最凶の盗賊〝魔賊〟の長――ジャックノーマは誕生したのである。
「ジャックノーマ」という名前は、彼が魔賊を発足した時に自分で名乗った名で、本名ではありません。人間の心を捨ててしまった彼には、人間だった頃の名など必要ないのです




