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僕の青春は怪異と共に  作者: 夢乃間
第5章 迷いの森
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心の闇

 迷いの森の最奥付近にまで進んできた黒宮アキトとシノ。少し前までは通常の森となんら変わりない姿をしていた迷いの森であったが、その本性が現れ始め、周囲の木々や大地が黒く淀んでいた。木の木目に瞳が宿り、大地には血管のような黒い線が浮き出ている。

 シノは様子が変化した迷いの森の姿に怯えていたが、傍にいる黒宮アキトのおかげで、気をしっかりと持つ事が出来た。

 二人は開けた地に出ると、その違和感に首を傾げる。周囲と空を覆う密集した木々と、それとは別に一本の黄金樹が中央に鎮座していた。黄金樹の形は人の両手の形をしており、合わせた手が開いていくと、中から黄金の瞳を宿した目玉が生えてきた。

 すると、木の枝がシノに伸び、呆気なく捕らえられたシノは宙吊りにされてしまう。木の枝から逃れようともがくが、少しでも動く度に、体を縛る枝にある小さな棘がシノの体を痛めつける。

 シノは黒宮アキトに助けを求めようと必死に視線を向けるが、黒宮アキトは一向にシノの方へ視線を向ける事はなかった。

 黒宮アキトは黄金樹から生えた目玉から、通常の怪異や邪奇醜とは違う特異性を感じ取っていた。人が変異した者でなければ、化け物である邪奇醜とも違う。人の手によって作られた存在。黄金樹は道具であった。

 直感で黄金樹の正体に黒宮アキトが勘付くと、黄金樹の後ろから一人の若い男が現れる。身だしなみが整えられたスーツ姿の金髪の男。しかし、その顔はあまりにも少女らしかった。


「この森の最奥にまで至れる人物は一人だけ。神薙夏輝だけだと思っていたのですが、どうやらあなたは、神薙夏輝ではなさそうですね」


「お前がこの森の主か」


「ルディア・ストルマン。ルディアとお呼びください」


「お前は怪異か?」


「怪異であり、人でもあります。生前の私は、このような身綺麗ではありませんでした」


「この森にオレの連れと、ついでに宙吊りになってる子供の捜し人がいるはずだ。返してもらおうか」


「返さないと言ったら?」


「もう手遅れだ」


 黒宮アキトは瞬きの間にルディアの懐にまで接近し、木から果実をもぎ取るように、ルディアの頭部を引き千切った。頭部を引き千切られた事に遅れて気付いたルディアは、困惑の表情を浮かべた後、可愛らしい風貌からは想像もつかない悍ましい笑顔を浮かべる。


「どうやら、奇術を使えないようですね」


「祓えなくても、痛みは与えられる」


「いいですね、あなた。驚く程に強くて、呆れる程に無力だ」


 周囲の木々から黒宮アキトへと枝が伸び、黒宮アキトは手に持っていたルディアの頭部を使って、襲い掛かってくる木の枝を砕いていく。すぐにルディアの頭部が使い物にならなくなると、自らの手足で枝を砕いていくが、無尽蔵に伸びてくる木の枝に追いつかなくなり、捕らえられてしまう。

 体だけとなったルディアが、グチャグチャになった頭部を首に乗せると、首と頭部にある血管同士が繋ぎ合ってくっついた。それでも頭部の損傷は治せず、飛び出た目玉や閉じなくなった口、抉れて抜け落ちた髪の毛を手で確認すると、深いため息を吐きながら落胆した。


「せっかくの綺麗な顔が台無しだ。修復に必要な数は数人か」


 ルディアがそう呟くと、密集した木々に隙間が開き、そこから足を縛られた男女5人が逆さ吊りの状態でルディアのもとへと下りてくる。全員意識はハッキリとしており、そんな彼ら彼女らに対し、ルディアは背中から生やした植物の根のような白く細い線を突き刺した。養分を吸い取ったルディアの頭部は修復されていき、逆に養分を吸い取られた男女は酷く痩せ細っていく。

 頭部の修復が完了すると、吊られていた男女は再び木々の隙間へと戻っていき、戻る際に、かっ開いた目でシノに助けを求めていた。


「これで元通りになった。さて、話を再開しようか。一体誰を捜しているって?」


 宙吊りになっている二人の真下にルディアが近付くと、シノが持っていた写真がルディアの足元に落ちた。ルディアが写真を拾い、写真に写っている男の子がシノだと確認すると、歩き回りながら話し始める。


「私は怪異化を克服し、この力を我が身としました。当然、それ相応の苦痛を味わってね。人の苦痛には種類があります。体を引き裂かれる痛みと、心の痛み……そちらの子供からも、感じます。深い深い心の闇が」


「なんだと?」


「分かりませんか? その子は幻を追いかけているのですよ。既に存在しないという現実から目を背き、この迷いの森へと引き寄せられた。この森は心に闇を抱える者が集う場所。暗い闇の中で辿り着く最後の地。ここへ足を踏み入れた者は、二度と現世に戻る事は無く、ここで迷い続ける」


 黒宮アキトがシノの方へ視線を向けると、シノは明らかに動揺していた。気付いていたはずの事実から目を逸らしていたはずなのに、その事実が眼前に現れたかのように。

 シノは思い出していた。あの日の光景を再び目の当たりにしていた。最愛の姉が病に伏し、隣の村に医者を呼んだ事が災いして、姉が最期を迎えるその時まで独りにさせてしまった。シノが戻って来た頃には、既に姉は亡くなっていた。目元には涙を流した痕が鮮明に残されており、姉が感じていた孤独感がどれほど深いものかを痛感させられる。罪悪感と後悔で気が狂ったシノは、その日を境に、声を失った。

 トラウマを呼び起こされたシノは、喉の奥から血反吐を吐き、深い絶望で蘇った声で嘆く。血反吐を吐きながら泣き喚くシノの体に、変異化の兆しが現れた。肥大化した体に分厚い殻が覆われ、先端に二本の触覚が生える。拘束していた木の枝から解き放たれて地面に落下するが、自らの殻に体を押し潰され、呆気なく絶命してしまう。


「おや? もう死んでしまったんですか? それとも、絶望に耐え切れずに自ら死を選びましたか?」


 ルディアはシノの亡骸を見下ろしながら、呆気ない最期に薄ら笑いを浮かべた。


「さて、次はあなたの番です。あなたにも、心の闇があるはずですよ。この子のように、解き放ってください」


 黒宮アキトの心の闇を暴こうと、体を縛る木の枝が黒宮アキトを絞る。血の雨が降り注ぐ中、尚も平然としている黒宮アキトにシビレを切らし、ルディアは背中から生やした触手を黒宮アキトの体に刺し、無理矢理心の闇を引き出そうとする。

 しかし、ルディアが目の当たりにしたのは、暗闇であった。黒宮アキトの心には、トラウマが無い。無である事が、黒宮アキトの心の闇であった。


「何も見えない……空っぽ? ありえない……人であるなら、闇があるはずだ……!」


「わざわざオレの心を見る必要も無い……オレの目を見れば分かるはずだ……オレの心は外の世界に置いてきた……今のオレは、お前が見たかった闇そのものだ!!!」


 怒りによって力を増した黒宮アキトは、自身を縛る木の枝を引き千切り、真下で見上げていたルディアの体を真っ二つに叩き裂いた。

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