迷いの森
一度入れば二度と出る事が出来ない迷いの森。意思を持つかのように蠢くその森は禁止区域に指定され、祓い士以外の出入りを禁じられている。これまで迷いの森には大勢の祓い士が迷いの森の異常性を解決しようと赴いたが、未だ迷いの森は健在であった。
そんな迷いの森を前に、一人の少年が立っていた。少年の名はシノ。シノは消息を絶った姉を探すべく、村の者達の目をかいくぐってこの迷いの森へとやってきた。無風だというのに木々が揺らぐ不気味な森を前にしても、シノの決意は揺らがず、意を決して森の中へと入り込んでいく。
迷いの森の中は通常の森の中のように自然に溢れており、揺れる木々の音や、時折差し込む陽の光が森の中を照らしている。シノは周囲を見渡しながら、姉の行方を探していく。
すると、シノが進む方向に不自然になぎ倒された大木が横たわっていた。シノは恐る恐る大木へと近付いていくと、大木が折れた部分に、木の色とは別の樹液のような黒い液体がベットリとこびりついていた。地面を見てみると、大木にこびりついている黒い液体と同じ色をした液体が付着しており、足跡のように続いている。
その痕跡を辿っていくと開けた場所に出て、そこでシノは信じられない光景を目の当たりにした。人の倍以上の大きさをした六体の黒い獣が死んでおり、その内の一体の背中に寄りかかって黒宮アキトが眠っていた。
シノは足音を立てないようにゆっくりと黒宮アキトへと近付いていき、黒宮アキトの体に掛けられていた黒いコートに手を伸ばしていく。気付かれずに黒いコートを手に入れると、シノは目を輝かせながら黒いコートに袖を通した。体格が小さいシノにはサイズが大き過ぎた黒いコートだったが、シノはその格好良さに目を奪われた。
「似合ってるじゃねぇか」
高揚していた気分から一転して、視界がボヤけてしまう程の緊張感がシノの全身を駆け巡る。シノがゆっくりと振り返ると、目を覚ました黒宮アキトが、黒いコートを身に纏っているシノを見て微笑んでいた。一見すると気の良さそうな人物に見えるが、シノの中にある防衛本能が逃走を急かした。
その防衛本能に従い、シノは振り返って黒宮アキトから逃げようとしたが、振り返った時には既に、黒宮アキトはシノの目の前に立っていた。
黒宮アキトの赤い瞳が本人の意思とは裏腹にシノを威圧し、その迫力に押されたシノは尻もちをついてしまう。怯えた表情で自分を見上げているシノに、黒宮アキトは髪を掻きながら面倒くさそうに溜め息を吐く。
すると、黒宮アキトはしゃがみ込んでシノに目線を合わせ、襟元を掴むと、カーテンを閉めるようにシノの顔をコートで覆い隠した。慌てふためくシノに黒宮アキトは笑い声を漏らすと、早業で黒いコートを脱がした。
黒宮アキトは取り戻した黒いコートを手にしながらシノから離れていき、十分な距離を取ると、豪快な音と動きをしながら黒いコートを派手に身に纏う。
先程まで怯えていたシノだったが、一連の黒いコートを身に纏う黒宮アキトの動きに目を輝かせ、挙句の果てに拍手まで送っていた。
「フッ。おかしな子供だ」
休息を終えた黒宮アキトは再び迷いの森を彷徨い始める。その横には、すっかり黒宮アキトに懐いてしまったシノの姿があった。黒宮アキトは携帯していた干し肉の半分をシノに与え、自分の分の干し肉を口に咥えながら迷いの森を歩いていく。
「お前、なんでこんな場所に来たんだ?」
「……」
「言いたくないのか?」
黒宮アキトの問いに、シノは首を横に振ると、自身の喉に指を差した後に指でバツを作った。
「声が出せないのか?」
シノは頷くと、身振り手振りで自分の目的を示し始めた。姉を捜しに来たという事までは黒宮アキトに伝わらなかったものの、黒宮アキトの直感で誰かを捜している事は通じた。
「誰を捜しているかは分からないが、捜しているって事は分かったよ。それにオレも同じでな。オレの連れがこの森の何処かにいるはずなんだ。これも何かの縁だし、お前が捜している人物を捜すのもついでに付き合ってやるよ。ここはお前のような子供が来るには、物騒な場所だしな」
その黒宮アキトの言葉に、シノは黒宮アキトが眠っていた開けた場所で六体の巨大な黒い獣の死体があった事を思い出す。
その事を尋ねようとシノが体を動かそうとした矢先、尋ねられる前に察した黒宮アキトが話し始めた。
「ありゃ邪奇醜だ。ただ壊して殺すだけの化け物だよ。あいつらには理性なんてありゃしない。例えお前のような幼い子供でも、容赦なく喰い殺す。一瞬で殺されりゃ幸いだが、最悪の場合、長く苦しめられて殺されるかもな」
話を聞いたシノは黒宮アキトの裾を掴み、歩く邪魔にならない程度に体を密着させる。シノのあまりの怖がり様に、黒宮アキトはシノを鬱陶しくなる気さえ失せ、そんな思いをしながらも歩く足を止めない事が気になった。恐怖で身を震わせながらも、進まなければいけない程のシノが捜している人物の存在に。
「……まぁ、オレから離れなきゃ身の安全は保障してやる。お前が離れたいっていうなら止めはしないがな」
長らく禁止区域として指定されてきた迷いの森。この森には、黒宮アキトが殺した黒い獣の他に数々の邪奇醜が潜んでいる。
そんな迷いの森で出会ったシノを連れて、自身の連れである西連寺マコトとイチ、そしてシノの姉を捜す為に、黒宮アキトは迷いの森の奥へと進んでいく。
しかし、この時の二人は知る由も無い。迷いの森の奥で待ち受ける存在が、シノに、そして黒宮アキトに深い心の傷を負わせる事になるとは。




