生きる為に死ぬ気で
目を開けると、僕は洞穴の中で横になっていた。入り口の方を見ると、竹刀を持った斎藤響が、宮本達也を激しく攻め立てていた。
「私を置いて逃げたくせに、何で私が助けてやらなきゃならないの!?」
「そう言うんだったら、見捨てれば―――痛っ!」
「この馬鹿! 見捨てられる訳ないでしょ!? あんたと私は、昔からの友達でしょ!」
「そりゃそうだけど。それ言われたら、俺の立場が……おぉ、アキト! 目が覚めたか!」
グッドタイミングと言わんばかりの嬉しそうな表情を浮かべながら、宮本達也は僕に駆け寄ってきた。その後ろで、斎藤響は頭を抱えながら、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。
「死んじまったかと思ったぜ、いつまでも目が覚めないんだからよ!」
「……どれくらい経った?」
「時間は分かんねぇが、とにかく長い間だったよ。ほんと、ピクリとも動かなかったぜ?」
「そうか……斎藤響と合流できたようだな」
「ああ。あいつがここへ俺達を連れて来てくれた。助かったぜ、ほんとによ!」
「その言葉を言うのは、この世界から出てからだ」
「……ねぇ、少しいいかしら?」
洞穴から出ようとした矢先、斎藤響は手に持っている竹刀を僕に向けてきた。僕を見る彼女の表情は、宮本達也に向けていたものとは明らかに違った。疑いや敵意を持った表情だ。
「私と達也がこの世界に迷い込んだ原因……それはあなたじゃないかしら?」
「おい、響! んな訳ねぇだろ!? アキトはそんなんじゃねぇ!」
「どうしてそう言い切れるの? あんた、そんなに彼と親しかったかしら? いいえ、違うわよね? 突然だったものね、一緒にいるようになったのは」
「確かに付き合いの長さは数日程度だ。でも、アキトは命の恩人で、こいつと一緒にいるとワクワクするんだよ! だからこれ以上アキトを悪く言うのはやめろ!」
「っ!? なによ、それ……私より、そいつに味方するの……!」
斎藤響は唇を噛み締めながら涙を必死に堪えていたが、やがて溢れ出てしまった。泣いてしまった彼女に罪悪感が芽生えたのか、宮本達也は手を伸ばすも、斎藤響に触れるか触れないかの狭間でうろたえていた。
僕は一体、何を見せられているのだろう。今は一刻を争う事態だというのに、子供のような喧嘩を見せられて、僕にどうしろと? 僕は怪異を祓う専門家であって、子供の喧嘩を止める保護者じゃない。
ここは一つ、二人に危機感を持ってもらう為にハッタリをかまそう。
「……なぁ、二人の間に入って悪いが、聞いてほしい事がある」
「どうした?」
「なによ、偉そうに……私より、付き合いが少ないくせに……!」
「実はしばらく術が使えなくなった。それによって、僕だけだと怪異を祓う事が出来ない。つまり、死だ」
「「……は?」」
「聞こえなかったか? 死ぬんだよ、僕らは」
二人は目を閉じたり開いたりしながら、しばらく僕の言葉に困惑し、やがて同じタイミングで口を大きく開けた。
僕が言ったこのハッタリは、半分が嘘で、半分が本当だ。体の具合は元通り正常に戻っており、いつでも術を使える。ただ問題は、怪異が術の威力を憶えてしまっている事だ。次は僕に術を使わせないように対策をしてくるだろう。
そして、あの幻聴。僕が気絶をする前に聞こえた女性の言葉が気掛かりだ。やけに具体的な警告で、そして信憑性がある。あの怪異は世界から生み出された者だと思っていたが、実際は少し違い、怪異が世界を作った。怪異が「力が欲しくば、力を示せ」と言ったのは、ある種の試練と言えるだろう。それにこの掛け軸の世界は、弱者が強者へと成長させる為に山に落とし込む様子を描いたもの。
「……そうか、そういう事か! だから真剣勝負で勝てと言ったのか!」
「ど、どうしたアキト? まだ疲れてるのか?」
「斎藤響。剣の腕はどれ程だ?」
「なによ、私とやるっての?」
「あの怪異に勝てるかと聞いている」
「……無理ね。一度立ち会ったけれど、腕力や技量も私じゃ話にならない。おまけにこの竹刀じゃ、刀と相手に出来ない」
僕は斎藤響の竹刀に術を掛け、刀身に光の刃を纏わせた。
「これで竹刀は刀となった。あとは君の腕次第だ。それから宮本達也。僕を背負って走っていたが、かなりの足の速さだったな。いつまで全速力で走っていられる?」
「え? えっと、どうだろうな~。 20、30秒くらいじゃないか?」
「十分だ。二人共、よく聞いてくれ。ここから生きて出るには、僕達の力を合わせる必要がある。特に斎藤響。君が一番重要な役目を果たす必要がある」
「……なにを」
「その刀となった竹刀で、怪異を斬り殺す」
「ハッ! 馬鹿言わないでよ! さっきも言ったけど、力の差は歴然なのよ!?」
「その差は僕が埋める。僕と宮本達也の命を君に預ける」
「え、俺も?」
話の邪魔になりそうなので、宮本達也の口を手で塞いだ。斎藤響は依然として僕を信用していない様子で僕を睨んでいる。信用されないのは重々承知だが、この作戦には彼女の力が必要だ。嫌な言葉を使ってでも、その気にさせないと。
「君と宮本達也は幼馴染、切っても切れない仲。一人で勝手に逃げられ、死の淵に立たされても、君は許してみせた。幼馴染という枠に収まりきらない程に、宮本達也を想っているからだろう?」
「そんな訳……ぅぅ……」
「君がやらなければ宮本達也は死ぬぞ? あの怪異に……いや、僕が殺してやってもいい」
「っ!?」
「君がやらなきゃ手詰まりだ。なら、生きてても仕方ないだろう。せめて僕が安らかに死なせてあげるよ」
「駄目!!!」
「なら、やれ。君が怪異を斬るんだ」
「……卑怯な人……分かった。やるわよ、私が!」
ヤケクソになった斎藤響は、思いっきり僕を突き飛ばした。その力は女性とは思えない力で、僕は三歩後退りした後、後ろに倒れてしまった。気迫は十分。斎藤響に関しては心配ないだろう。
僕は立ち上がり、服についた土埃を手で掃いながら、二人の前に立った。
「もう一度言うが、ここから生きて出るには僕達が力を合わせる必要がある。僕らはまだ十代だ。ここで死を迎えるには早すぎる。死ぬ時は、自分の為に泣いてくれる奴がいなくなった後でいい……だから、生きて帰ろう。そして生きる為に、死ぬ気でやるぞ」
僕の言葉に宮本達也はもちろんの事、斎藤響も頷いてくれた。生まれも性格も違うが、生きるという同じ想いを胸に宿し、僕達は洞穴から出ていった。