バグ
会話による交流によって、ダイキとイチは友人関係を築きつつあった。見た目は異質そのものなダイキだが、イチの話を興味深そうに聞く時の適度な相槌や、無邪気な笑い声は、色々な物に興味をそそられる子供そのものだ。そんなダイキに、イチも心を許しつつあった。
しかし、ダイキが放った一言で、二人の間で構築されつつあった心の橋が音を立てて崩れていく。
「人は素体として優秀な素材なんだよ!」
無邪気に放ったダイキの一言。初めの内は感心して相槌を打ったイチだったが、ジワジワとダイキの言葉のおかしさに気付き、表情が無になりながら絶句していた。
「ボクが作り上げたこの研究所で、人と機械、日々最高のハイブリットを作り上げてるんだ! カプセルに入れた女の人とボクの遺伝子を混ぜ合わせて、産まれてきた中で優秀な個体を使ってネムレスを作るんだ!」
「……なんで、そんな事を」
「友達を作る為だよ!」
「……そんな理由で、人の命を消費するなんて……可能性を潰すなんて……!」
「イチ?」
「人が優秀な素材だというのは理解出来る。でも、そこに不純な物を付け加える事が理解出来ない! 人が何故優秀な素材か分かる? 心があるからよ! 機械や、他の生物にも無い、明確な心があるからこそ、人は無限の可能性を秘めてるの!」
人に機械を組み込むダイキと、人の心を重視するイチ。築きかけた二人の友情は、意見の相違から相反する二人となってしまった。
すると、イチはおもむろに壁にあるカプセルの方へと駆けていき、カプセルに繋がれている線を外そうとする。その線は、ダイキと女性達の遺伝子を混合させる役割の他、カプセル内で眠る女性の意識を遮断させる役割を担っていた。線を外してしまえば、それまで遮断されていた意識が繋がり、今までの出産によるストレスが一気に押し寄せてしまう。
狂乱するイチを止めようと、ダイキがネムレスに指示を出すと、イチの体は何かに縛られたかのように固まり、そのまま上へ浮き上がっていく。
「イチ落ち着いて! 急にどうしたの!? ボクが何か悪い事したの!?」
必死に落ち着かせようとするダイキだが、尚も激情するイチの容姿に変化が起きる。急激に体が大人へと成長し、こめかみから角が生えてくると、やがて角に付いた肉に皮膚が覆われ、子供の腕となった。
「心を持たないガラクタに価値なんて無い! 産まれてくる子供の可能性を潰された母の怒りを知れ!!!」
イチのこめかみに生えた腕が印を組むと、イチを拘束していた透明なネムレスが爆散した。拘束から解かれたイチは元の子供の姿に戻り、床へと落下していく。ダイキは別のネムレスにイチを受け止めさせようと指示を出そうとするが、もう既に間に合わなかった。
そんな時、猛スピードで研究所に飛び入ってきた黒宮アキトがイチを受け止め、そのまま壁へ激突していった。イチを守るように背中から激突した黒宮アキトは、自身の腕の中で眠るイチの無事を確かめると、安堵のため息を吐いた。
「はぁ~、間一髪だった……」
「君は、誰?」
「あ? うわ、デッケェ脳みそ! しかも喋るとはな!」
黒宮アキトはイチを床に寝かせると、薄ら笑いを浮かべながらダイキのもとへと近付いていく。
「お前がバグ様ってやつだな?」
「違うよ、ボクは…………そうだよ。ボクは、バグだ」
イチに嫌われてしまった引け目から、バグは自分の名前がダイキだと名乗る事が出来なかった。
「やっぱな。お前がバグじゃなきゃ、他に誰がバグなんだって話さ。まぁ、そんな事はどうでもいい。お前に2、3個聞きたい事がある。あの分かれ道の左側の先にある鉱山の存在を知っているよな? あの鉱山で取れる鉱石にはどんな効果がある?」
「奇石の事を言ってるんだね」
「奇石?」
「あの鉱石は奇跡を起こすんだ。その力は物凄くて、死んじゃった人も生き返らせられる。新しい命を与えるんだ。生物にも、物にも」
「二つ目だ。三島ダンゾウという男を知ってるか? 奴は何を企んでる?」
「あの人は奇石を悪用しようとする悪人だよ! ボクは奇石を使って名も無き守護者を作り、あの人から奇石を守ってるんだ!」
「鉱山には砂と見間違う程の欠片しかないが、口ぶりから察するに、お前が奇石を持ってるんだろ。奇石は何処にある?」
「君も奇石を狙う悪者なの? あの鉱石は絶対に渡さないよ! ネムレス達!」
バグが号令をかけると、3体のネムレスが研究所に集結する。鋼の体と翼を持つ鳥型のネムレス。鉄の塊と見間違う程に太く分厚い両腕をした猿型のネムレス。黒宮アキトと一度交戦したサソリの尻尾を持つ犬型のネムレス。3体のネムレスは黒宮アキトよりも大きく、その場に立ち止まっているだけでも威圧感があった。
「ボクが見つけた物だ! ボクには責任と権利がある! 誰の手にも渡さない! 全員―――」
「三つ目の質問がまだだ。お前は、どうやって産まれてきた?」
「……分からない。気が付くと、ボクはボクだった。お父さんとお母さんが誰なのか分からない。でも、これだけは分かる! あの鉱石だけは、誰の手にも渡してはいけない! ボクとネムレス達は奇石の守護者だ!」
「結構! そんじゃ始めるか!」
黒宮アキトは意気揚々と駆け出し、戦いの火蓋が切られた。初めに黒宮アキトが襲い掛かったのは、自身の体に大穴を開けた犬型のネムレス。鉄で出来た顔に躊躇なく拳を叩き込み、間髪入れずに顎にアッパーを打ち込んだ。
アッパーを喰らった犬型のネムレスは地面に倒れ込むと、猿型のネムレスが振り上げた両腕を思いっきり振り下ろしてくる。黒宮アキトは間一髪の所で後ろに下がって難を逃れるも、床に激突した猿型のネムレスの両腕の破壊力は凄まじく、爆発音のような轟音と共に黒宮アキトの体が浮き上がった。
黒宮アキトが浮き上がるのが分かっていたかのように、頭上を飛び回っていた鳥型のネムレスが翼を刃に可変させ、横から黒宮アキトへと突っ込んでいく。迫ってくる速さは凄まじく、浮き上がってから対策を考えて行動するという悠長な時間は無い。
だが、黒宮アキトは体が浮き上がる前に、既に対策案を実行していた。黒宮アキトは浮き上がった瞬間に、手首の装置に装着していた拳銃を撃った。撃つ瞬間に脱力し、拳銃の反動に身を委ね、黒宮アキトの体勢と空中位置がズレる。その結果、鳥型のネムレスの翼を回避する事が出来た。
黒宮アキトは受け身を取って後ろに下がり、鳥型のネムレスに通り過ぎざまに斬られた拳銃を投げ捨てる。
ほんの数秒の間に起きた出来事。その中で魅せた一連の黒宮アキトの動きに、バグは歓喜と嫌悪感でグチャグチャになった興奮状態で声を荒げた。
「人の動きじゃない……まるで、機械……いや、それ以上! 君は一体何者なの!?」
「黒宮アキト。人間も捨てたもんじゃないって所、見せてやるよ!」
黒宮アキトは軽く跳ねてテンポを作り、床を蹴ってネムレス達へと向かっていく。




