鉄の獣
壁に機械が埋め込まれた洞窟内を進んでいく黒宮アキトとイチ。進むごとに洞窟内は機械化されていき、機械の安定の為か、気温が冬のように寒くなっていた。白い息を吐いて両手を温めるイチを温めるようと、黒宮アキトは羽織っているコートをイチに覆いかぶせる。
「あ……アキト、ありがとう」
「隣で震えられてちゃ、気が散ってしょうがないからな」
「アキトって、意外と照れ屋なの?」
「いや? そう見えるか?」
「うん」
「そうか。自分の事は自分じゃ分からないからな」
「それで、どうやって逃げ出すの? 今の所一本道だし、他に出口なんて無さそうだよ?」
「出入り口が昇降機だけってわけないだろ。あと一ヶ所くらいは出入り口があるはずだ。それに、この洞窟は長い。もう領地の外にまで出てきているのかもな」
黒宮アキトが言うように、二人がいる地下と、その真上に存在する地上を照らし合わせれば、現在地は領地内から外れている。目的であった領地の外に逃げ出す事は達成されていた。
しかし、いくら領地から逃げ出せたとしても、地上に出れなければ意味が無い。洞窟内は進めば進む程、その異質さがより色濃くなるばかりで、地上に出られる兆しが一切見えない。
すると、二人が進む先から、一人の若い女性が走ってくるのが見えた。女性の髪や肌は着ている服と同じくボロボロで、その表情は恐怖で歪んだまま固まっている。床の機械に足を引っ掛けて転んだ女性に、二人が近付いていくと、女性は黒宮アキトの足にしがみつき、涙で言葉にならない声で助けを懇願してきた。
「この人、なんか様子がおかしいよ?」
「確か、バグって奴が女を集めてるって言ってたよな? そいつから逃げてきたわけだな……そんで、追手が来てるってか」
黒宮アキトは足にしがみついている女性をイチに任せ、道の先から来る追ってを待ち構える。重厚感のある四足歩行の足音。未だ姿は見えないが、姿が見えない内からでもハッキリと重さが伝わる足音から、追っ手が普通の人間ではない事が分かる。
(デカいな。それに重さもありそうだ。人間じゃない……って事は、ブッ飛ばしても文句は言われねぇよな!)
これまで搦め手や遠距離攻撃を仕掛けてくる敵との戦闘ばかりでウンザリしていた所に、デカくて重い敵の登場で、黒宮アキトの表情から失われていた覇気が蘇る。忙しなく指を動かしながら楽しみにしていると、洞窟の奥から追っ手が姿を現した。
広い洞窟内でも存在感のある巨大な体格。見ただけで重さが伝わる重厚なメタルボディ。イヌ科を模した大きな顔。機械である事を表す排気口や、サソリのようなメタリックな尻尾。
高揚で満面の笑みを浮かべる黒宮アキトの気持ちを知らない女性は、立ち向かおうとしている黒宮アキトへ忠告する。
「立ち向かおうと思わないで!!! そいつはバグが作り出したネムレスの一体!!! 人が敵う相手じゃない!!!」
「ネムレス? そうか、ネムレスか! しかもその内の一体か! 楽しめそうだ!!!」
迫りくるネムレスに黒宮アキトは駆け出した。ネムレスは大きく口を開け、口の中に生えている鋭い鉄製の牙を露わにしながら威嚇すると、それに呼応するように黒宮アキトも大声を上げる。
距離が縮まっていき、黒宮アキトは飛び蹴りを放とうと飛び上がった所に、ネムレスは体を回して遠心力を付けた尻尾で黒宮アキトを壁に打ち付ける。正面から喰らった鋭く重い一撃と、壁の機械が背中に喰い込み、挟み撃ちに遭ったかのような痛みが黒宮アキトを襲う。
普通であればネムレスの尻尾の一撃で人体は粉々になる致命傷だが、黒宮アキトにとっては闘争心を湧き立たせるだけであった。
「いい一撃じゃねぇか!!!」
黒宮アキトはめり込んだ壁から抜け出すと、壁を蹴ってネムレスの背中に飛び乗った。固く握りしめた拳を振り上げ、一気にネムレスの背中に拳を叩き込むと、ネムレスの体が地面に沈む。間髪入れずにネムレスの背中に何度も拳を叩き込んでいき、更に地面に沈めていくと、ネムレスの口から黒い液体が漏れ出す。
このまま黒宮アキトの圧勝かと思われた矢先、ネムレスは尻尾の先を尖らせ、背中に乗っている黒宮アキトを自分諸共突き刺した。黒宮アキトは体に突き刺さった尻尾の先を抜こうとしてしまい、それによって攻撃の手が緩んでしまう。
ネムレスはその隙を見逃さず、尻尾の先を背中から抜き、突き刺さったままの黒宮アキトを前方に投げ飛ばした。地面を跳ね上がりながら転がってきた黒宮アキトに足をすくわれたイチと女性は転んでしまい、ネムレスが伸ばしてきた尻尾で捕らえられてしまう。
「きゃっ!? ア、アキトー!!!」
「心配すんなイチ! 穴が塞がったら助けに行く!」
「そんな悠長なー!」
黒宮アキトは体に出来た大きな穴が塞がっていくのを見た後、二人を連れ去っていくネムレスの後ろ姿を目に焼き付ける。
「絶対に追いかけるからな! お前だけじゃなく、お前の仲間も一体残らずぶっ壊してやるからな!!! 待ってろよー!!!」
黒宮アキトは身を惜しまずに自分に一矢報いたネムレスを気に入った。だからこそ、必ず倒すと約束した。
すると、洞窟の奥へと消えていくネムレスが咆哮を上げた。人の言葉が分かるのか、それともたまたま叫んだのかは定かではないが、咆哮を聞き取った黒宮アキトは嬉しくなって笑ってしまった。
穴が完全に塞がるや否や、黒宮アキトは飛び起きてネムレスの後を追いかける。巨大な体に似合わない素早さで駆けて行ったネムレスに追いつく事は叶わないが、出来るだけ早く再戦出来るように黒宮アキトは走った。
走っていった先には、二手に分かれる道があった。案内版のような親切な物は置いておらず、ネムレスがどっちに進んでいったかは分からない。
「どっちだ! どっちに行った!」
右か左かで迷っていると、左の道から西連寺マコトが現れた。
「あれ? 兄様?」
「……なんだよ、お前か」
「そんなあからさまに残念がらないでください。流石に傷つきますよ? それで、どうしてここに?」
「お前こそ。というか、随分とボロボロだな」
激しい戦闘があったのか、西連寺マコトはボロボロであった。服のいたる所に切り傷があり、汗で服が肌に密着している。黒宮アキトに体をジックリと見られ、西連寺マコトは頬を赤く染めて恥じらい、その恥じらいとは裏腹な積極性で黒宮アキトに絡みつく。
「聞いてください兄様! 本当に大変だったんですよ! 一緒に来た祓い士は使えず、ヘドロ塗れの邪奇醜が大量に押し寄せてきて! こんな可哀想な私を慰め―――」
「はいはいはいはい。とりあえず後にしてくれ。イチの奴がデカい犬に連れ去られたんだ。そっちの道に来なかったか?」
「デカい犬? い、いえ」
「という事は、右か」
黒宮アキトは西連寺マコトに絡みつかれたまま、分かれ道の右の方へ駆けていく。未だ状況を把握出来ていない西連寺マコトであったが、念の為に分かれ道に印を付けて逃走路を確保しておいた。




