地下洞窟へ
西連寺マコトが鉱山に入った頃、領地にいた黒宮アキトとイチは追って来る労働者達から逃げ回っていた。パイプやハンマーといった武器を手に握りしめながら追いかけてくる労働者達は、ただ単によそ者だからという理由だけでは片付けられない執念深さであった。逃げる事だけでいえば、初めて訪れた黒宮アキトと、土地勘のある労働者達とでは、圧倒的に労働者側が有利な状況である。
逃げ回った果てに、先回りをしていた労働者達に前後左右の道を塞がれてしまう。どの道にも10人以上の人数が集まっており、隙間を掻い潜って逃げ出す事は不可能だった。黒宮アキトなら、この程度の人数相手に力で強引に突破出来るが、それは最悪な状況に繋がる。
仮に黒宮アキトがここで労働者達に危害を加え、それが当主に知られれば、黒宮アキトは処罰対象となる。基本的に領地内の祓い士が処罰を行うが、それが失敗に終われば、五賢人から【処刑人】が送られてくる。処刑人は通常の祓い士とは違い、体術も奇術も相当の使い手であり、祓い士に定められているルールが適用されていない。
処刑人と戦う事はもちろん、五賢人に自分の正体がバレてしまう事は、黒宮アキトにとってマズい事である。だからこそ、労働者達に囲まれたこの状況を暴力を使わずに解決しなければならない。
「なぁ。オレ達が何か気に障るような事をしたなら謝るよ。頭ならいくらだって下げる。だからここは穏便に済まそうじゃないか」
黒宮アキトはこれ以上労働者達の気に障らないように気を付け、自分のプライドがなるべく傷付かない程度の口調で話しかけた。
そんな黒宮アキトに対し、労働者達からの返答はどれも意味不明な言葉だらけであった。
「女の子だ……子供は、どうなんだ?」
「子供は子供でも、女は女だ」
「あの男も女みたいに可愛いな。バレないんじゃないか?」
「バレた後が怖いだろ。それなら、俺達で……」
瞬きせず、ジッと黒宮アキトとイチを睨みつけながら、労働者達は口を動かす。イチは怯えて労働者達の言葉を聞き取れていなかったが、黒宮アキトはハッキリと聞き取っていた。
労働者達の言葉には【女】というワードが多く出ており【バレる】というワードも出てきている。黒宮アキトは、逃げ回ってきた中で一度も女性の姿を見ていなかった記憶から、何者かに女性を献上していると考えた。しかし、それだけだ。未だ確信に至る情報が少ない今、結論を出す事は出来ない。
いずれにせよ、労働者達が自分達に危害を加えるつもりが無い事が分かった。女性を集めている何者かの元へ連れて行かれても、逆に逃げ出すチャンスがある。好都合であった。
「よし。オレ達を連れてけ」
「え!? ア、ア、アキト~!? 頭おかしくなっちゃたのー!?」
「連れてくのは女だけだ。お前は、俺達が―――」
「オレは女だよ」
嘘に真実味を持たせる為に、堂々と平然に宣言する黒宮アキト。それが上手くいき、労働者達は驚き、男だと知っているはずのイチまでもが驚いていた。
「そ、そうか。まぁ、男みたいな女もいるわけだしな。それじゃあ、お前達をバグ様のもとへ連れて行く。逃げようとしたら、多少手荒い目に遭うぞ?」
「それでいい。もちろんオレ達は逃げも隠れもしないさ」
黒宮アキトは気付かれないように傍から離れようとしていたイチの肩を掴み、先導する労働者達についていく。
バグという人物のもとへ連れていかれる道中、労働者達が黒宮アキトとイチに手出ししてこなかった。その代わり、口角と眉を吊り上げてニヤついていた。
「ねぇ、アキト……!」
イチは黒宮アキトにだけ聞こえるように手で口元に壁を作りながら小声で呟いてくる。それに対し、黒宮アキトはいつもと変わらない声量で、平然とイチに返答した。
「どうした?」
「声大きい……!」
「気にすんな。こいつらの意識は別な事に向いてやがる。心ここにあらずってやつだ」
「それでも僕、アキトみたいに肝が据わってないよ……」
「それで? 何かオレに聞きたい事があるのか? まさか、さっき言った事を本気で信じちゃいないよな? オレが女だって」
「え、やっぱり嘘だったの?……じゃなくて! どうしてこいつらやっつけないの!? アキトなら―――」
「あのなぁ。怪異や邪奇醜をぶっ倒すのと、こいつらぶっ倒すのじゃ訳が違うんだよ。人間相手、しかも祓い士じゃない常人だ。ただでさえ祓い士に加減するのが難しいのに、常人をぶん殴ったら殺しちまうだろ? 人を殺せば罪になる。そして罪を執行しようと、あれよあれよと刺客がやってくる。バグって奴がどんな奴かは知らないが、少なくとも逃げ出せるチャンスは今よりもある。逃げ出したら、そのままトンズラさ」
「マコトは? ここの当主の所に行くって言ってたよ?」
「あー、あいつなら上手くやるだろ。オレと違って喧嘩っ早くないしな……あ、そうか。あいつから離れられるチャンスなのか。追っかけが一人減って気が楽になりそうだ」
二人が会話をしていると、たった一本の支柱で吊り下げられた昇降機の前で労働者達の足が止まった。労働者達は昇降機を取り囲み、誰が二人を連れて行くかで論争し、勝手に争い始める。
その隙に、黒宮アキトはイチを抱えて昇降機に乗り、昇降機を支えている支柱を蹴り壊して、昇降機を下へと落下させた。風を全身に浴びながら、傍で叫ぶイチを離さないようにして底へ着地すると、そこは壁に機械が埋め込まれた洞窟になっていた。洞窟の道は壁の機械が発光するいくつものランプに照らし出されている。
「……アキト……次からは事前に落ちるって言ってね」
「お前、なんかズボン濡れてないか?」
「誰の所為だと思ってるの……!?」
「悪かったよ、俺が悪かった。だからさっさと離れろ」
黒宮アキトは抱えていたイチを下ろすと、一足先に洞窟の道を進み始めた。イチはズボンを濡らしてしまった事に恥ずかしさを覚えながらも、心細さから黒宮アキトの傍へと駆け寄っていった。




