奇妙な出来事
西連寺マコトは三島ダンゾウからの依頼である鉱石の回収の為に、鉱山の入り口の前に立っていた。岩山に開いた穴には下へと続く階段があり、壁に掛けられた松明によって道が照らし出されている。奥からは冷たい空気が吹き流れ、西連寺マコトの髪をフワリと浮かす。
「この下に、三島ダンゾウが求める鉱石が?」
案内役として連れてきたカザミに尋ねると、カザミは包帯が巻かれた腕を抑えながら頷いた。西連寺マコトは階段を下りる前に、右手を壁に当てて破邪の指輪から光の線を壁に走らせる。
鉱山内で戦闘になれば狭い空間での立ち回りをしなければならず、多人数戦を得意とする西連寺マコトといえど、行動範囲が狭ければ攻撃の選択が制限されてしまう。最悪な状況は前と後ろからの襲撃。十分に攻撃を避ける広さは無く、更には足手まといのカザミを守る事も考えている為、挟み撃ちの状況は避けなければならない。光の線を先導させるのは、仕掛けられた術や生命探知の能力も持つ光の線で、先の状況を知っておく為であった。
「いいですか? あなたは鉱石を回収する事だけに専念してください。敵や敵となる存在が現れても、あなたは何もしないでくださいね?」
「俺だって祓い士だ。名があるマコト様には及ばないが、俺だって―――」
「足手まといです。余計な動きをされたら、困るのは私ですので」
「っ……分かり、ました」
「はぁ……兄様もこういう気持ちなのでしょうか……」
カザミが足手まといとはいえ、西連寺マコトはそれだけの理由でカザミを見捨てる人間ではなかった。そして自分よりも弱い存在が傍にいる事で、また一つ黒宮アキトを理解した西連寺マコト。理解してしまったが故に、黒宮アキトが遠い存在だと再認識してしまい、憂鬱な気分になってしまう。
西連寺マコトを先頭に、二人は鉱山内へと入り込んでいく。奥から常に冷たい空気が吹く鉱山内は、横に松明の火があっても寒く、口から吐いた息は白くなっていた。
階段を下り終えると、通り道として整備された通路が続いていた。その通路を歩いていくと、採掘の際に使われたであろう道具が所々に置き去りにされていた。
「道具が置き去りにされてる……この時間、鉱山で働いている方々は何処にいるのですか?」
「ああ、この鉱山は今は進入禁止になっているんだ」
「……は?」
カザミの言葉に、西連寺マコトは一度足を止め、後ろにいるカザミに振り返る。振り返った西連寺マコトの表情は困惑と呆れが混じった表情を浮かべており、その表情を目の当たりにしたカザミは、どうしてそんな表情を浮かべているのか不思議に思っていた。
「どうして進入禁止に?」
「労働者じゃない俺には分からな―――」
「もう一度だけ聞きますよ? どうして、進入禁止に?」
「だから! 俺には分からな―――」
同じ事を聞かれ、自分も同じ言葉を言い返そうとしたカザミの頬に鋭い痛みが走る。一瞬、自分が何をされたのかが分からなかったが、目の前に立つ西連寺マコトの振り被った腕を見て、自分がぶたれた事を理解した。
そして、カザミに向けていた西連寺マコトの表情は困惑と呆れが混じった表情から変わり、まるでゴミを見るかのような蔑んだ表情を浮かべていた。
「あなたは一体、何なら出来るんですか?」
「え……?」
「戦う術も無い。根性も勇気も無い。自分が仕えている領地の事情も知らない。そして自分が立っている状況を理解していない。何も考えず、何も出来ず、一体何の為に生きているのですか?」
「っ!? 名があるからって言わせておけば! 俺の事を何も知らない癖に、勝手に俺を値づけるなよ!」
「ええ、私はあなたという人物を知りません。そして知った後も、理解は出来ないでしょう。生きているのに死んでいるあなたの事なんて」
「ぐっ!? ああ、分かったよ! あんたには頼らない! 俺一人で依頼を完了してやる! 俺だって祓い士だ!」
そう言うと、カザミは西連寺マコトを押しのけて、通路の奥へと駆けて行ってしまった。
「待ちなさい! 状況が把握出来ない今、無闇に進むのは―――」
その時、先導させていた光の線が反応した。複数の反応であったが、それは人間の数ではなく、邪奇醜の数であった。
西連寺マコトは瞬時に戦闘を行う為に先導していた光の線を一度破邪の指輪に引き戻し、先に奥へと駆けて行ったカザミの後を追いかける。
先に進むと、二手に分かれた道になっており、カザミがどちらに進んだかを光の線で確かめようとするが、こうしている間にも、カザミが複数の邪奇醜と遭遇してしまう事を考えると、悠長に確かめている時間は無かった。西連寺マコトは壁に印を付け、間違った方向に進んだとしても、転移術でここへ戻ってこられるようにしておく。
直感で選んだ右の通路の先には、カザミはいなかった。そこは従業員が休憩する時に使われる簡易宿であった。布団とは呼べない薄い布切れが地面に数枚敷かれており、作業報告を書く時に使われる小さな机がある。
机の上にはこの鉱山での報告書が置かれており、西連寺マコトは報告書に書かれてある内容を速読で目を通していく。報告書には、鉱山での作業環境の劣悪さや、作業員の増員を望むような愚痴が書かれており、その中で目に留まったのは【作業員の消失】についてであった。
【最近、作業員の数が減ってきている。この作業環境では無理もない話だ。俺だって逃げ出したい。だが、事はそう単純ではなさそうだ。作業員の誰もが、消えた作業員がいつ消えたのかが分からないと言っている。一人だけならまだしも、こうも続出して、誰も目撃していないのはおかしい。誰か口を塞いでいるのか? いや、それでいくと、作業員全員が口を塞いでいる事になってしまう。
それに、この鉱山での仕事から逃げ出しても、向こうでは鉄を運ぶ生活が待っている。まったく、逃げ出しても劣悪な仕事だなんて、三島家はクソ野郎だな。そんなになってまで、鉱石を発掘して、鉄を使って建造するんだ? 領地には鉄で出来た建物が作られ続けているが、どれも人が住めるようなものじゃない。
ここじゃあ、男は不眠不休の作業を強制され、女は何処かに隠されちまう。これじゃあ生きてるのか死んでるのか、分からないな。あーあ、他の家の住民だったら、少しはマシな人生を送れたんだろうな。】
作業員の消失と、住民が不眠不休で働かされている事と、男女で分けられている事。その三つがまとめられた内容であった。
報告書を読んだ西連寺マコトは、三家ダンゾウが企んでいる事が気掛かりであったが、今はカザミの救出を最優先と考え、転移術を使って分かれ道へと戻った。
分かれ道に戻ると、左の道からカザミの悲鳴が響き渡り、西連寺マコトは光の線を手に構えながら救出に赴く。道の先で待っていた光景は、初めてカザミと見かけた時に見たヘドロ塗れの邪奇醜が、その身にカザミを飲み込もうとしていた。
「手を伸ばして!!!」
全身飲み込まれる寸前のカザミは言われた通りに手を伸ばし、西連寺マコトはその手に光の線を巻きつけ、邪奇醜の体の中からカザミを引き出す。ヘドロ塗れになったカザミは、発狂しながら体を震わせてヘドロを落としていく。西連寺マコトはカザミに安否を尋ねようとしたが、カザミは情けない悲鳴をあげながら一目散に逃げていった。
「ちょっと! はぁ……本当に使えない……!」




