自分が行く道を決められるのは自分だけ
地下領地にある一軒の定食屋。カルミティシアによって無人となった店内には、作り終えた料理が席に置き去りにされている。その席に黒宮アキトは座り、我が物顔でテーブルの上にある料理に喰らいつく。およそ4人前の量の料理であったが、破竹の勢いで料理を喰らう黒宮アキトによって、僅か3分程で完食してしまった。黒宮アキトは空になった皿を重ねると、別の席から料理を持ってきて、また食べ始めた。
夢中になって料理を食べ続けていた黒宮アキトだったが、自分を呆然と見ている西連寺マコトとイチの姿を見て、持っていた箸を皿の上に置いた。
「どうした? お前らも座って食えよ」
「え? でも、僕お金持ってない……」
「誰に払うってんだよ。ここの連中はお前を除いて全員カルミティシアの腹の中に消えてったんだ。食う奴がいなくなったなら、オレ達が代わりに食うしかないだろ」
「僕、お腹減ってない……」
「無理矢理でも腹に入れろ。お前は怪異に魅入られ、怪しげな儀式を行われてたんだ。自分でも気付かない内に体力が減ってるはずだ。だから、食え」
「……うん」
黒宮アキトの言葉に諭され、イチは席について箸を持ち、前に出された料理を少しづつ食べていく。食べ進めていくと、イチの目から涙が零れ始めた。その涙の理由は、地下領地の人間が消えた事ではなく、ましてや食べるのがキツい訳でもない。今まで同じ世界で生きてきた人達が消えてしまっても、何の感情も浮かばない空虚な自分が虚しかったから泣いた。
涙を流して食べているイチに、黒宮アキトは何もしなかった。イチに掛ける言葉も、イチの気持ちを和ませる方法も知らない黒宮アキトは、放置を選んだ。
自分の分の料理が空になり、また新しい料理を取ってこようと席を立とうとすると、西連寺マコトが黒宮アキトの前に料理を持ってきた。その料理は、今まで食べてきた料理と違い、湯気が立つ出来たばかりの料理であった。
「いつ作ったんだ?」
「作ったんじゃありません。ただ炒め直しただけです」
「そうか、あんがと。お前も食えよ。術を使って疲労してるだろ?」
「今は……食べられる気分じゃありません」
「お前まで……まったく、祓い士ってのはどうして腹を満たそうとしないんだろうかな。いつもスープばっかで、そんなんじゃ力も出せないだろ?」
「祓い士が腹を満たさない理由はあります。吐いてしまうからです。血生臭い場所に身を置く事が常でありますから」
「あー。どうりでオレが異端児みたいな目で見られてた訳だ。勉強なったよ」
そう言うと、黒宮アキトは西連寺マコトが作り直した料理を食べ始めた。食べても食べても、一向に満たされる様子が見えない黒宮アキトに西連寺マコトは溜息をつくと、イチの隣に座った。
「……それで? どうしますか、兄様」
「どうって?」
「この子の処遇です」
「っ!?」
西連寺マコトの言葉に、イチの体は跳ね上がった。
「元凶の怪異は対処出来ましたが、その怪異に利用されたこの子は危険だと判断しています」
「というと?」
「お忘れですか? 兄様は怪異を真っ二つに引き裂きましたが、祓ってはいません。それなのに、怪異の骸は何処かへ消え去っていました」
「……あぁ……また祓い損ねたのか」
体を真っ二つに引き裂かれたカルミティシアであったが、完全に死んだ訳ではなく、あくまで現世での実体を無くしただけ。怪異を完全に殺すには、破邪の指輪の力で祓わなければならない。黒宮アキトはロン・リーフェンに続き、カルミティシアまでも祓い損ねてしまっていた。
そして、カルミティシアに器として目をつけられていたイチは、実体を失ったカルミティシアに狙われる可能性が高い。祓い士であれば、危険因子であるイチを処分しておくのが最善の手であった。西連寺マコトはイチを殺す考えであったが、今一度黒宮アキトを見定める為に判断をゆだねた。
黒宮アキトは箸を一旦止め、数秒考えた後、再び箸を持って料理を掴みながら呟く。
「それはイチが決める事だろ」
「つまり?」
「オレ達は任務でここに来たわけじゃない。ただ立ち寄っただけだ。おまけにここは地下領地。祓い士のルールを拒絶した場所だ。まぁ要するに、生きるも死ぬも、イチ次第って事」
黒宮アキトの言葉に、緊張で固まったイチの体が解れていく。そして黒宮アキトの言葉を聞いた西連寺マコトは笑みを浮かべ、黒宮アキトの隣に席を変えた。
「そうですか。兄様がそう言うなら、そうしましょう!」
左腕に絡んでくる西連寺マコトの所為で料理が食べづらくなり、黒宮アキトは引き剥がそうと西連寺マコトの頭に手を置く。
「良かった……」
か細くも、安堵した西連寺マコトの呟きに、黒宮アキトは西連寺マコトの頭から手を離し、依然として食べづらい中、料理を食べていく。
「……あの」
「ん? どうしたイチ?」
「僕……生きてていいの?」
「お前がそれでいいならな」
「そりゃあ、生きたいけど……僕、独りになっちゃった」
「そうだな」
「……ねぇ、ついていっていい? アキトの邪魔にならないようにするから」
「いいぞ」
「やっぱり駄目だ―――え? い、いいの?」
「お前の自由だ。ただし、オレについてくるって事は、ここで独りで生きていくよりも死ぬ確率が高くなる。危険な目に遭っても、わざわざ助けてやらないからな」
「……うん……うん! 僕、アキトについていく!」
イチは涙を流した。自分を責める悲しみの涙ではなく、独りじゃない事が嬉しくて涙を流した。無気力だった表情には明るさが見え始め、空虚だった心が黒宮アキトへの想いで満たされていく。
そのイチの変化に気付いた西連寺マコトは、改めてイチを敵対視し、黒宮アキトに判断をゆだねた事を早々に後悔した。
そんな二人の心境の変化に気付くはずもない黒宮アキトは料理を食べ終え、大きめのグラス一杯に注いだ水を一気に飲み干した。
「ごちそうさま! そんじゃ、行くか」
「はい、行きましょうか兄様!」
「え? ちょ、ちょっと待って! 僕まだ何の準備も―――」
「なら早く済ませろ。ついてくるのは勝手だが、わざわざ待ってやる程オレは優しくないぞ」
「えぇー!? ほんの少しだけ待っててよ! すぐに準備してくる!」
黒宮アキトと西連寺マコトが席を立つよりも先に、イチは急いで店から飛び出していった。
「それじゃあ、あんな子供は置いておいて、また二人旅の続きをしましょうか! 兄様!」
「……いや、イチの後を追うぞ」
「えぇ!? なんでですか!?」
「出口が分からんからだ! あいつを見失ったら、オレら一生ここを彷徨う羽目になるぞ! 早く追うぞ!」
「ま、待ってください兄様! もー! どうしてこう、私達を邪魔する者ばかり現れるのですかー!」
誰もいなくなった地下領地。静寂に包まれた地下領地を走る三人がいた。希望に溢れた表情を浮かべる少女と、その後を追う二人の祓い士。行く先でまた地獄が待っているにも関わらず、三人の表情は活気に溢れていた。




