地獄絵図
儀式場にて再び対面した黒宮アキトとカルミティシア。カルミティシアはしきりに祭壇上で眠っているイチの様子をうかがいながらも、黒宮アキトの動向にも警戒していた。黒宮アキトは長椅子から通路に出ると、腰元に装備しているホルスターの近くに右手を近付け、確実に弾丸をカルミティシアに当てられる瞬間を待ち構える。
二人の間に緊迫した空気が流れる中、長椅子の後ろに隠れていた西連寺マコトは、破邪の指輪から引き伸ばした光の線を床に広げ、儀式場に線を張り巡らせていた。
「戦いは無用ですよ、黒宮アキト。この子はあなたと何ら関係の無い人物。助ける道理はありません」
「助ける? そんなもんはついでだ。最初に言っただろ。あんたに借りを返すって」
「ならば完全な状態で臨みましょう。その為には、この老いた体から若い体に移り変わる必要があるのです。弱り切った相手よりも、力を蓄えた完全な状態の相手と戦う方が、あなたも嬉しいでしょう?」
そう言いながら、カルミティシアはおもむろに右手を上げ始めた。カルミティシアが何をしてくるのかは不明であったが、何かをしてくる事は明らかであった。黒宮アキトは素早く拳銃をホルスターから取り出し、カルミティシアに弾丸を放つ。弾丸が放たれた直前、急に儀式場が暗闇に包まれ、カルミティシアはその暗闇に身を隠して弾丸から逃れる。
カルミティシアの領域である暗闇を展開され、黒宮アキトは自身が不利な状況に陥ったと思っていると、光を放つ線が周辺に張り巡らされていた。それにより、暗闇は完全なものではなくなり、戦える状況となった。
しかし、黒宮アキトが不利な事に変わりはない。いくら光の存在で戦えるといっても、相手は暗闇そのもの。何処から現れ、何をしてくるのかは不明だ。黒宮アキトの直感なら、カルミティシアの行動を予知する事も出来たが、黒宮アキトは直感には頼らず、代わりに光の線を張り巡らせた西連寺マコトを当てにした。その理由は、西連寺マコトが、ただ単に明かりを灯す為に光の線を張り巡らせたのではないと黒宮アキトは確信していたからだ。
その確信は正しく、西連寺マコトは張り巡らせた光の線に術を重ねていた。西連寺マコトはカルミティシアに認知されないように隠れている為、光の線に重ねた術の効果を黒宮アキトに教えられない。教えなくとも、黒宮アキトならば気付くはずだと西連寺マコトは確信していた。
『光?……そうか、あの子。フフフ、可哀想な子だとばかり思っていましたが、これはこれは……厄介な祓い士なようで』
「ただ殴るだけのオレとは違い、あいつは器用な奴でな。まるで蜘蛛の巣を張るみたいに扱うんだよ」
黒宮アキトが周囲を警戒していると、西連寺マコトの意図に気付いた。周囲に張り巡らされている光の線は適当に張られているのではなく、光の線が暗闇を囲うようにして部分的に区切っていた。区切られた暗闇の部分を見ていくと、人影が横切っていく所がハッキリと浮かんでいる。
その人影を目で追いながら、その先で弾丸を当てるようにして黒宮アキトは拳銃を撃った。放たれた弾丸は横切ろうとしていた人影に直撃し、腹部から出血した状態のカルミティシアが暗闇の中から出てくる。
カルミティシアは腹部から流れる自分の血に驚きつつも、また暗闇に隠れようとするが、力を使おうとすると腹部から激痛が走った。その痛みは、老体のカルミティシアには耐えられない痛みであった。
「あぐぅ……!? ど、どうして……痛みが、あるの……!?」
「この弾丸は特注品でな。怪異に滅法強い細工がされてるんだ」
「うぅ……死が、私の元へ……近付いてくる……!」
「通常の怪異なら一発で祓われるが、お前のような強い怪異には何発も撃ち込まないといけないらしいな。感じるか? 自分の体がゆっくりと、確実に滅んでいくのが」
カルミティシアは腹部からの出血を手で抑えながら、祭壇上で眠るイチのもとへと這いずっていく。儀式は未完ではあるが、体を移り変える事は出来る。
祭壇まであと僅かという所で、カルミティシアの目の前に黒宮アキトが立ち塞がった。黒く濁った赤い瞳には狂気を孕んでおり、これからされる事の残忍さに、カルミティシアは遠い昔に置いてきた恐怖を覚えた。
黒宮アキトは右手首の装置から刃を引き出し、その刃を舐めるようにカルミティシアに見せびらかすと、カルミティシアの右耳を切り落とした。痛みで絶叫を上げるカルミティシアに構う事なく、次に黒宮アキトはカルミティシアのうなじに刃の先を当て、傷付けないように慎重に背骨を辿っていく。背骨から感じる刃の感触に、カルミティシアの恐怖は増し、右耳の痛みは恐怖で上書きされた。
カルミティシアの背骨を辿っていた刃が腰部分で止まると、ゆっくりと脇腹の方へと刃が移動していく。
「オレと同じ痛みを味わってもらうぞ?」
刃は勢いよくカルミティシアの脇腹に突き刺さり、そのままゆっくりと背中を横切っていく。あまりの痛さに、痛みよりも火で焼かれたような熱さを感じ、その熱がカルミティシアの目と脳を焼き焦がす。刃が背骨に阻まれて止まると、黒宮アキトは殴って背骨を粉砕し、再び背中を切り裂き始める。
その黒宮アキトの凶行を離れた場所で見ていた西連寺マコトは、記憶にある黒宮アキトとはかけ離れた残虐性に恐怖し、目を逸らしてしまう。だが、目を逸らしても、儀式場に響き渡るカルミティシアの叫び声が耳をつんざく。
すると、唐突にカルミティシアの叫び声が聞こえなくなり、黒宮アキトの凶行が終わったのだと西連寺マコトはホッとした。
その時、西連寺マコトの足元に、ドサリと何か重い物体が二つ落ちてきた。それに目を向けると、真っ二つに裂けたカルミティシアの骸であった。凄惨な死体も見慣れているはずの西連寺マコトだったが、それが黒宮アキトの仕業となると、初めて死体を見た時のような吐き気に襲われた。我慢する余地も無く、西連寺マコトは喉の奥から上がってきた胃液を吐き出す。
儀式場が地獄のような空気に包まれる中、カルミティシアによって眠らされていたイチが目を覚ました。目を開けて見えたのは、自分を見下ろす血塗れの黒宮アキトであった。




