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僕の青春は怪異と共に  作者: 夢乃間
第一部 怪異探偵編 第1章 日常に潜む非日常
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荒武者

 掛け軸の世界に引きずり込まれた宮本達也と合流し、この世界の出口を探し歩いているが、一向に見つからない。半ば発狂状態になっていた宮本達也も徐々に正気に戻り始めているが、このまま何も変わらない状況のままでは、また発狂する可能性がある。

 

「……出口は見つかりそうか?」


 恐る恐るといったように、宮本達也が僕に尋ねてくる。普段の様子からは想像もつかない程の弱気さだ。


「どうだろうな」


「どうだろうなって……」


「ここは怪異が宿っている掛け軸の世界。怪異の腹の中にいるみたいなもんだ。その腹の中にいる僕らは、圧倒的に不利な状況だ。この世界を滅茶苦茶にしてやれる強力な術があれば強引に出れるかもしれないが、生憎と僕にはそんな力は無い」


「……なぁ、アキト。お前はどうして来てくれたんだ? 不利と分かっていて、どうして俺達を救いに来てくれたんだ?」


 どうして、か……本当にどうしてだろう。心配という意味で来たのなら、行方が分からなくなった時点で行動を起こしている。

 暇つぶしという意味にしても、怪異が宿った世界に閉じ込められていると知れば、見て見ぬフリをして立ち去るだろう。さっき宮本達也にも言ったが、怪異の世界に足を踏み入れるのは、死にに行くようなものだ。実戦経験が豊富なベテランの祓い士でも、単独では生きて帰れる保証は無い。単独で解決出来るとしたら【神薙家】【焔家】【天真家】の御三家くらいだろう。

 そう考えたら、今の僕の行動は自殺行為だ。ろくに術の使い方も知らないし、怪異や異形との戦闘だって慣れていない。おそらくこの世界の何処かにいる怪異は付喪神の類だ。戦闘になれば勝つ事は不可能だろう。

 ほんと、僕はどうしてこんな馬鹿な真似をしているんだろうな……。


「……理由なんかどうだっていいだろ? 今はここから脱出する事だけを考えよう」


「……そうか、そうだよな。お前が前向きに考えてるんだ! 俺も前向きに考えねぇとな!」


「無理に声を張るな。余計な体力を使って気を失っても、今度は助けてやらないからな」


「え……あ、じゃあ静かにします」


「ああ、そうしてくれ……ん?」


 前方から穏やかに吹き続けている生温かい風から鉄臭さを感じた。その臭いを感じてから、前に一歩足を踏む度に寒気を感じる。やがて吐く息が目で見える程になると、指輪が強く反応を示した。

 

「……来るか」


 怪異の出現を予知し、肩を貸していた宮本達也を木の後ろに隠した。


「そこで大人しく待っていろ。もし僕がやられそうになったら、上手く逃げるんだ。いいな?」


「……俺に出来る事は何も無いのか?」


「無い」


「ハッ、そうか……分かったよ。気を付けろよ?」


 道に戻り、いつでも戦えるように指輪に念を溜めておき、怪異を待ち構える。この掛け軸の題名は【荒武者の山】だったか。なら少なくとも、人の形をしている怪異だろう。人型なら、奇術だけでなく体術を使って戦える。運が良ければ、最初の奇術による一発で祓えるかもしれない。

 そんな風に若干楽観的に考えていたところで、霧で隠されていた怪異の姿が露わとなった。その姿を見て、決して楽に勝てる相手ではないと悟った。

 怪異は侍が着ていたような黒い鎧を着ており、兜の下にある鬼の面で顔を隠し、邪悪なオーラを纏った日本刀が手に握られていた。見た目は恐ろしいが、身長は僕よりも大きい程度だ。

 そして一番気になったのが、気配だ。目に見えているのは一体だが、感じられる気配は数十、いや数百か? 今まで見てきた怪異の中で、異質な存在だ。


「……お前が、この掛け軸の世界に宿っている怪異か」


「キサマ、チカラヲモトメルカ?」

 

「その姿に似合った誘い台詞だな。だが残念だ。僕が求めてるのは、ここから出られる方法なんでね」


「ナラバ、シメセ!」


「言われなくても―――」


「ウルアァァァァァ!!!」


 僕が先手を打とうとした瞬間、怪異は刀を振り上げながら迫ってきた。鎧の姿からは想像出来ない程に素早く、一気に間合いを詰めてくる。

 予想外の素早さに思考が停止してしまい、その隙に怪異は距離を縮めてきた。再び思考が回り始めた頃には、振り上げられた刀が今まさに振り下ろされる瞬間であった。

 人が命の危機にさらされると、周りの景色や動きがスローモーションに見えるらしい。その中で、今までの思い出が次々と繰り出される。走馬灯というものだ。

 幸か不幸か、僕には走馬灯を見る程の記憶が無い。その結果、スローモーションの世界で、十分に思考を巡らせる事が出来た。


「シネェイッ!!!」


 怪異の声をキッカケにスローモーションは解かれた。怪異の姿勢から刀を振り下ろしてくる軌道を読んでいたので、素早く体を動かして怪異の渾身の一振りを避ける。僅かな時間しかないが、隙が出来た。

 僕は怪異の懐に潜り込み、怪異の脇腹に右手を当てて、指輪に溜め込んでいた力を一気に放出した。怪異は面白い程に吹き飛び、木々をその体でなぎ倒していく。

 手ごたえは十分にあった……あったが、それだけだ。吹き飛んで姿は見えなくなったが、おそらくまだ祓われていない。完全に祓うには、あの鎧の下にもう一度渾身の一撃を叩き込むしかない。


『アキト』


「ぐっ!?」


 まただ。あの凍り付くような恐ろしい気配を持つ女性の声。でも姿は見えない。やはり術を使用した反動で起きる負荷か? 


『あの怪異を祓ってはいけない』


「何!?」  


『あの怪異はこの世界。怪異を祓えば、世界が消失する。あなたも、世界と共に消えてしまう』


「何故そんな事を―――僕は、会話をしているのか? この幻聴と!?」


『アキト。ここから出る方法はたった一つ。奇術を用いず、真剣勝負で勝ちなさい』


「黙れ!!! 僕を惑わすつもりか!? 幻の……分際、で……!」


 体が重い。今にも気絶してしまいそうだ。まずい、今ここで気絶すれば、無防備になっているところを怪異に殺される。僕が死ねば、木に隠れさせた宮本達也も、この世界の何処かにいる斎藤響も殺されるだろう。

 立たなければ……立って、迎え撃たなければ……!

 

「アキト! おい、アキト! 大丈夫か!?」


「……隠れてろって、言ったろ」


 その時、怪異がこちらに駆けて来る音が、暗闇に包まれた木々の先から響いてきた。


「あいつ、また来るぞ!」


「……次で、決める……だから、どいてろ……」


「何言ってるんだ!? 今のお前は戦える状態じゃない! ここは逃げるのが得策だろうが!」


 宮本達也は僕を無理矢理背負い、この場から一早く離れようと走った。宮本達也の荒い息遣いと、小言のように助けを呼ぶ震え声。その助けを呼ぶ声に応えようにも何も出来ず、僕は気絶してしまった。

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