お前は誰?
黒宮アキトは戦闘狂だ。いくら冷静さを気取っていても、心と体は常に戦いを求めていた。黒宮アキトの戦いを見た者や、黒宮アキトに助けてもらった者達は、英雄やヒーローといった正義側だと思っているが、実際は違う。怪異や邪奇醜と戦うのは、決して誰かを守る為でも平和を取り戻す為でもなく、ただ戦いたいだけ。戦いでしか心を満たす事が出来ず、戦いの中でしか生きた心地がしない黒宮アキトは異常者だ。その異常さに、周りはおろか、黒宮アキト自身もハッキリと自覚出来ていない。
そんな黒宮アキトは今、敵であるカルミティシアが淹れた紅茶を飲みながら、暖炉の火を眺めてくつろいでいた。敵であり、確かな強い力と存在感を持っているカルミティシアがすぐ隣にいるというのに、黒宮アキトは戦おうとは考えていない。宮本達也と斎藤響と共に過ごしていた日々のように、ただひたすらに心地よかったのだ。
「そういえば、ここはあんたの家か? あんたは、地下領地に住んでるのか?」
「いいえ。ここは元当主の自室。汚れやゴミが沢山で、掃除に苦労したわ」
「フッ。怪異が掃除をするとはな」
「元を辿れば怪異も人間。掃除もすれば、こうしてお茶だって飲む。何もおかしな事はないのよ」
「人を殺しておいて、おかしな事は何も無いとか言えるのか?」
「人間だって他の命を殺している。命ある者は他の命を奪って、命の時間の流れを潤滑に進められる」
「他の連中はどうした?」
「私の暗闇で保護しているわ。死にはしないし、死ぬ事も出来ない。永遠に生きられる」
カルミティシアは紅茶を一口飲むと、カップをテーブルに置き、深呼吸を一度して話し始めた。
「それじゃあ、今度は私が質問する番ね。そうね……フフ、あなたについて質問したい事が山程あるわ。どうやって私の暗闇から逃れたのか、若さでは明らかに到達出来ない領域に足を踏み入れている事や、何を見ているのかとか」
「オレもオレの事を全て理解出来ちゃいない。不明な点が多いんだ」
「そう。あなたには不明な点が多過ぎるの。あなたは、人間なの?」
「…………なんだと?」
「ロンから頼まれたの。あなたをより鮮明に理解出来るようにと。私は人の本質を見抜ける。どういう人間で、何を隠しているのか。あなたの場合、それら全てが謎なのよ。分かるのは一つだけ。その身に抱えきれない程の闘争心を持っている事。でもその闘争心すらも感情や想いからくるものじゃない。だから教えて。何の為に戦っているの? 何と戦っているの?」
「オレは戦いたいから戦うだけだ。今戦うべきはこの世界を我が物顔で操る五賢人の老人共だ。お前ら怪異や邪奇醜はついでだ」
「いいえ、違う。それは今だけの相手でしょう? それが終われば何を相手にするの?」
「次の敵だ。敵は数え切れない程にいる」
「その敵は誰の敵? あなた? 他の誰か? それともこの世界の?」
「敵は敵だ! オレが戦うのは敵だ!!!」
急速に湧き立った怒りに、黒宮アキトは椅子を倒す程の勢いで立ち上がった。表情は鬼の形相となっており、おどろおどろしい赤い瞳はより一層の異彩を放つ。さっきまでの落ち着きぶりからは考えられない豹変であった。
そんな黒宮アキトの変貌に臆する事なく、カルミティシアは続けて質問を続ける。
「あなたが戦うのは自分の意思からなの? それともあなたに戦う事をけしかける何かの所為?」
「ハッ! オレの頭の中に誰かがいるとでも? オレはオレが戦いたいから戦うだけだ!」
「そこよ。おかしな点はそこなのよ。大小問わず、どんな戦いにも理由がある。どんな人間にもね。あなたは自分が戦う理由をちゃんと持っているの?」
「他の質問をしてくれ! でなければ、この場で皮を引き剥がすぞ!?」
「自分を知る事を恐れないで」
「オレに恐れるものなど無い!!! オレは過去の話を聞いた! それでも恐れなど無かった!」
「では何故自分を見つめ直そうとしないの? 鏡を見てみなさい。今のあなたは、とても人間とは言えない顔をしているわ」
カルミティシアに言われ、黒宮アキトは部屋の隅に置かれていた姿見に映る自分の姿を見た。鏡に映る姿は、かろうじて人の形をしているが、とても人間とは思えない恐ろしい形相の自分が映っていた。
「……違う……オレは化け物じゃない!!!」
黒宮アキトは鏡を叩き割った。叩き割る際に殴った拳にガラス片が突き刺さったが、まるで体の内側から押し出されるかのようにガラス片が取れていき、傷がすぐに塞がる。
黒宮アキトは今になって自身の驚異的な再生能力に疑問が浮かんだ。以前までの自分もタフではあったが、ここまでの再生能力は無かった。外の世界で友人と過ごしていた時は感じられなかった渇きが確かに心の中にあり、暴力によって渇きを満たさなければいけないと思うようになっていた。
パニック状態になりつつあった黒宮アキトであったが、どうしてここまでパニックに陥っているのかと疑問を抱いた。そして何故、自分はこの空間が心地よいと思っていたのかと。冷静さを取り戻しながら考えていき、普通ならあり得ない事を見落としていた事に気付く。
「……ここは暗闇の中か」
「どうしてそう思ったのかしら?」
「都合が良すぎる。オレは馬鹿みたいに真っ直ぐ走ってただけだ。それに、この部屋を改めて見渡してみたが、あるはずの物が無い。部屋の出入り口だ」
この部屋には出入りする為の扉が無い。入る事も、出る事も出来ない不可思議な部屋であった。一つ気付けば、次々と不可思議な点に気付くようになる。暖炉の火が燃え続けているにも関わらず薪が全く減らない事や、心地よさを感じていた空気に虚無感を感じ始めた事。
黒宮アキトはバックパックから弾倉を取り出し、空になっている拳銃に装填して、依然と椅子に座ったままのカルミティシアのこめかみに銃口を当てた。
「何が戦う気は無いだ。オレを幻術で貶めようとしてるじゃねぇか」
「……驚いた。本当に、勘が良い」
すると、唐突に暖炉の火が消え、辺りは暗闇に覆われた。暗闇の中に立たされた黒宮アキトは、銃口を押し当てていたカルミティシアのこめかみの感触が無くなっている事に気付き、周囲を警戒する。
『ロンの言った通り、興味深い存在のようね。対話での理解を得る事が叶わないなら、あなた好みの方法で理解を深めるとしましょう』
カルミティシアの声の後、黒宮アキトの周囲から数え切れない人の足音が鳴り響き、その足音はやがて一ヶ所に集まっていき、やがて一つの集合体となる。暗闇の中故、その姿を捉える事は出来なかったが、黒宮アキトは倒すべき敵だと認識し、銃口を集合体の方へと向けた。
「オレは黒宮アキト。自分が化け物だろうが関係ない。気に入らない奴をブッ飛ばすのがオレだ!」
黒宮アキトは自分の中にある弱さを消し飛ばすように自分自身に言い聞かせると、暗闇の中にいる集合体に拳銃を撃った。




