地下領地
祓い士は五賢人からの任務を完了するにつれて格付けされていく。名無しの祓い士は名を持ち、その名で自らの領地を持つ。家の名を持てば、次の代を受け継ぐ子供にも、その恩恵は継続する。
しかし、大抵の祓い士は家を持つまでに至らず、ようやく家の名を持てたとしても、広い世界の僅かな地。ほとんどの家の名を持つ祓い士は、国という規模の領地を持つ事が出来ない。だからこそ、一つの世界とも呼べる広大な地を支配する御三家は強大であり、恐れ崇められる。
このように、祓い士達は五賢人の手によって自らの存在価値を高められる。だが、それはあくまで五賢人が定めたルールに従って得たもの。ルールがある以上、そのルールを無視する者も必ず存在する。その者は【魔導士】と呼ばれ、地上に領地を構えるのではなく、陽の光が届かない地下に構えている。
今まさに、黒宮アキト一行はルールの外にいる魔導士の領地を訪れていた。禁忌とされている外の技術を使い、建物は外の世界と似たコンクリートで造られており、人工的に作られた光が領地中を照らしている。
初めて来る魔導士の地下領地に、黒宮アキトは薄ら笑いを浮かべながら、内心キレていた。地上では外の世界の物を持ち込むだけで罪に問われるというのに、地下では我が物顔で使われている。その事実が気に入らず、そして虚しくなっていた。
「兄様、もしかして怒ってます?」
「怒ってない……ただ、ここに建てられてる建物全部をぶち壊したいと思ってるだけだ」
「怒ってますね。まぁ、気持ちは分かります。我々が地上で真面目にルールに縛られているというのに、ここ地下領地は縛られるルールが存在しない。なんというか……ムカつきます」
「気に入らない所は建物だけじゃない。この地下領地の入り口は井戸だった。開けた場所に不自然に置かれていた井戸だったんだ! あんな分かり易く不自然な場所に入り口があるんだよ! 外の世界の技術をふんだんに使いながら、村だの言ってやがる! どう見ても町だろ! ここの連中は馬鹿にしてんだよ、地上で生きてる奴らを!」
「……ごめんなさい」
黒宮アキトの口から滝のように流れる地下領地への文句に、イチは罪悪感を覚えてしまう。未だ苛立ちは収まらないものの、黒宮アキトはイチの機嫌を取る為に頭を雑に撫でまわした。
「言い過ぎたなんて言わねぇ。地上で死に物狂いで生きてきたオレのただの愚痴だ。だから聞き流していい。あと、ちゃんとマコトから貰った仮面を着けろ」
「うん……でも、この仮面……なんか、嫌だ」
当主殺害の疑いを持たれているイチの顔を隠す為に、西連寺マコトは事前にイチに仮面を渡していた。その仮面は西連寺マコトが趣味で作っていた物で、目が黒く塗りつぶされたヤギのような不気味なデザインであった。
「お前、もっとマシな物なかったのか?」
「他のがよろしければありますよ。男性と女性の顔を糸で縫い合わせた物とか―――」
「イチ、それで我慢しとけ」
「うん。我慢する」
イチは急いで仮面を着け、もはや定位置と化した黒宮アキトの後ろに立つ。
「また兄様にベッタリと……! はぁ……それで? ここの当主の屋敷とは、何処にあるのですか?」
「ここの通りを道なりに進んで、その先にある……」
「一本道って訳か。複雑じゃなくて助かるよ……にしても、随分と狭い道だな」
三人がいる通りの道は、横に並べば埋まってしまう程に狭い。道を狭めている原因は、両隣に建っている建物であり、少しの隙間なく並び立っている。三人は縦並びになり、西連寺マコトを先頭にして道を進んでいく。
外の世界で見た街灯のような明かりに照らされながら進んでいき、周囲の警戒を先頭の西連寺マコトに任せて、黒宮アキトは地下領地の生活についてイチに尋ねてみた。
「ここではどうやって暮らしてるんだ? オレ達の場合は、祓い士が五賢人から与えられた任務を行い、祓い士じゃない人間は祓い士の生活に必要な物を作り、その余り物を自分達の分にしている。まさかここも同じ暮らしだなんて訳ないよな?」
「少し、違う。僕達は当主様が決めたルールで暮らしてる。でも、ルールは厳しくないんだ。みんな自分に出来る事で商売をして、稼いだお金で他の人の商品を買って生活してる」
「まるっきり外の世界と同じ暮らしか。お前の所は何を?」
「服の修繕。僕は買い出しとかで、修繕自体はお母さんがやってる」
「ここは地下だが、物は何処から流通してるんだ?」
「分からない。当主様のお屋敷の人が物を運んできて、僕達はそれを買い取ってる。物の出所なんて、考えた事もない」
「ふーん。友達はいるのか? 同い年の女の子とか」
「友達は、いない……ここでは商売仲間は作れても、友達になれる程仲良く出来ない。商売とは関係無い話をしただけで怒られるから」
「他人は所詮他人って訳か……」
「アキトさんは? 友達はいるの?」
「ああ。馬鹿と大馬鹿と狂人の三人な」
「狂人って、その……マコトさんの事……?」
「お前マコトの事、狂人だと思ってんのか?」
「だって、狂人が一番しっくりくる人だし……」
イチとの会話を交えながら、黒宮アキトは地下領地について、なんとなくではあるが把握しつつあった。外の世界を禁忌とする地上とは違い、ここ地下領地では外の世界を基準として生活を送っている。現状得た情報の中で、地下領地独自の特徴を挙げるとすれば、人間関係の粗悪さ。外の世界はおろか、黒宮アキト達が生きていた地上でも友情は存在していた。それに対し、地下領地では友情が存在しないどころか禁じられている。
それらをふまえ、黒宮アキトは地下領地の当主の狙いを推察していた。五賢人のルールを背き、外の世界に逃げ出すのではなく、わざわざ地下に潜って自分の領地を持つ彼らが何の目的も無いとは思えない。
黒宮アキトが魔導士の狙いを頭の中で推察をしていると、先頭を歩いていた西連寺マコトが徐々に歩くスピードを遅くして近付いてきた。
「兄様……」
「なんだ?」
「なにか、おかしくありませんか……?」
「……言ってみろ」
「先程から随分と歩いていますが、周りの建物に明かりが灯っている所を見た覚えがありません……」
「……なぁ、イチ。ここの人間に朝、昼、夜の生活の区別はあるか? 例えば、朝や昼は活動して、夜は眠るとか」
「ううん。みんな自由だよ。そもそもここには正確な時間が分かる物なんて無いから」
「そうか……だというのに何処の建物からも音一つ無い、か」
黒宮アキトは西連寺マコトの肩に手を置き、足を止めさせる。三人がその場に留まり、静寂に包まれる中で音と気配を探っていくと、始めに黒宮アキトが気配を察知した。黒宮アキトは無言で気配がする建物を指差し、西連寺マコトが破邪の指輪で気配の正体を探る。
破邪の指輪に光が灯った。つまり、黒宮アキトが察知した気配の正体は怪異である。
「兄様、どうします……?」
「……お前はここでイチを守ってやれ。中の様子はオレが見に行く。安全を確かめたら合図する」
「分かりました。気を付けてください兄様。あなたが怪異に負ける事はありませんが、指輪を持っていない今のあなたが祓う方法はありません」
「出くわしたら弱らせておく。始末は任せるよ……じゃあ、頼んだぞ」
黒宮アキトは西連寺マコトにイチを託し、一人で怪異が潜む建物へと入っていった。




