行方不明
この作品の題名を変えました。
黒板にチョークを弾かせながら、先生が淡々と授業を進めていく中、僕はマルバツゲームを永遠とノートに繰り返していた。もう10ページは使った気がする。その所為か、シャーペンの芯が切れてしまった。隣の席の宮本達也にシャーペンの芯を貰おうと思ったが、今日も欠席している。
あの日、宮本達也と、その幼馴染である斎藤響を残して帰ってから1週間、二人は学校に姿を現さなくなった。事件性を考え、警察に捜索させているらしいが、未だに二人の行方を誰も掴めていない。
ここまで手掛かりが無いと、既に別の所へ連れ去られているか、殺されているか……あるいは、怪異が関係しているか。宮本達也は一度幽霊に憑りつかれた過去がある。一度怪異に影響されれば、普通の人が歩む普通の道から外れてしまう。以前よりも不可思議な現象に悩まされたり、以前よりも見えない存在が見えるようになる。
そういえば、僕は斎藤響に術を掛けていたな。もしまだ術の残り香があるのなら、手掛かりが掴めるかもしれない。僕は席を立ち、教室から出て、剣道部が使っている道場へと赴いた。
道場に着くと【土足厳禁】という貼り紙がデカデカと飾られていた。既に靴のまま道場に足を踏み入れているので、気にしない事にした。
「さて、試してみるか」
指輪を着け、斎藤響に掛けた術の残り香を探索した。広げた右手をゆっくりと周囲に動かしていき、指輪が反応するのを待つ。
すると、道場にある掛け軸に指輪が反応を示した。掛け軸に近付いて見てみると、掛け軸には黒い木に覆われた山が描かれている。
じっくりと見ていると、勢いよく扉が開く音が聴こえた。振り向くと、道場の入り口に猿がそのまま人間になったかのような男が立っていた。
「貴様ッ! 今は授業中だろうが! ここで何をして……む? 貴様、靴を履いたままではないか!? 神聖な道場を穢しおって!」
「あなたは剣道部の顧問ですか?」
「そうだ! 我が剣道部の顧問、猿田壱だ!」
「癖強いな……この掛け軸、あなたが持ち込んだ物ですか?」
「いかにも! その掛け軸は【荒武者の山】と呼ばれる、我が猿田家に代々受け継がれてきた物だ! ひ弱な男を強い剣士へと成長させる為、過酷な環境に落とし込む様を描いている!」
「ふ~ん……あんたが最後に宮本達也と斎藤響を見たのは?」
「質問の回答はこれで最後だぞ! 1週間前、あの二人があまりにも素晴らしき鍛錬をしていたものでな! あの二人が満足するまで、ここを使わせてやった! その後は知らん!」
「帰ったって事か、それでも顧問かよ……確信だ。二人は、この掛け軸の世界に入り込んだ」
「何を訳の分からん事を! いい加減靴を脱ぎ、制裁の鉄拳を―――」
その時、掛け軸がひとりでに揺れ始めた。掛け軸の中に描かれていた黒い木が風に煽られ、木の葉の揺れる音を乗せた生温かい風が体を撫でていく。その怪現象が道場の入り口に立っていた猿田壱まで伝わっていたのか、扉が勢いよく閉まる音がした。
依然と掛け軸の前で待ち構えていると、掛け軸の中から出てきた無数の傷がある手が僕の腕を掴んだ。そのまま手を引かれ、僕は掛け軸の中へと引きずり込まれた。
掛け軸の中の世界に来ると、僕は霧が立ち込める山の中に立たされていた。元の世界では僅かだった怪異の気配が、色濃く感じられる。立ち込める霧や、山を覆う木々、ありとあらゆる場所から。その所為で、指輪の力を使った探索は意味をなさなくなっていた。
僕は突然の襲撃に対応出来るよう、周囲を警戒しながら歩き始めた。霧の影響もあるが、同じように生えている木々の所為で、前へ進めているのか分からなくなる。普通の人間なら、精神がすり減って発狂するだろう。
歩き続けてどれだけ経つだろう? この掛け軸の世界には時間が存在しないのか、歩いても歩いても、夜が明ける事はなかった。上を見上げて空を確認しようにも、周囲の木々に遮られて空が見えない。
そんな壊れた時計のような世界でも、空腹にはなってしまう。食べられそうな木の実や動物は当然無く、最悪の場合、僕が踏んでいる地面の土や木の皮を食べる羽目になりそうだ。
「ぅぅ……」
「ん?」
どこからか、小さな呻き声がした。男か女かは判別出来ないが、怪異の声ではない事は確かだ。
「僕だ、黒宮アキトだ……聞こえてたら物音を立てろ……」
小さくも、ある程度の範囲に聞こえる声量で呼び掛けた。あの呻き声が宮本達也なら、この呼び掛けに反応するが、斎藤響の場合は反応しないだろう。彼女とは顔を合わせただけで、話した事すら無いのだから。
しばらく反応を待っていると、木々のどれかから音が聴こえた。音は一定の間隔で鳴り続け、僕は音がする方へ近付いていった。音が鳴っている木の前にまで行くと、木の後ろに隠れている人の足が見え、僕は木の裏を覗き込んだ。
そこには、疲弊しきっている宮本達也が、木に寄りかかるように倒れていた。着ている制服の右腕部分には刀で斬られたような穴があり、土で汚れている顔には涙と血の痕がある。
「大丈夫か?」
「……へ、へへ……大丈夫な訳……ないだろ……?」
「だろうな。お前の幼馴染はどうした?」
「あいつは……俺達は……侍の幽霊に、襲われて……」
「お前だけが逃げ切れた、と。どれくらい前の事だ?」
「……分かんねぇ。もう、時間の流れが……感じられねぇ……」
「そうか……とにかく、ここから脱出するぞ。道中、お前の幼馴染を捜しながらな」
「無理だ……どこ行ったって……出口なんか……!」
「入ってこれたなら、出る事も出来る。無理だ、駄目だ、なんてマイナス思考のままだと、生きる事を忘れてしまうぞ。さぁ、立て!」
宮本達也の片腕を僕の首に回し、無理矢理立たせた。怪我と疲労で足元がおぼついているが、なんとか歩けるみたいだ。
僕は肩を貸している宮本達也と共に、掛け軸の世界から脱出する為、再び霧が立ち込める道を進んでいく。






