進み続ける覚悟
ルー・ルシアン一行が公園から去って数分が経った。嵐が過ぎ去ったような静けさに包まれた公園内には、陰鬱な空気が漂っていた。その元凶ともいうべき黒宮アキトは、ベンチにうなだれながらルー・ルシアンの言葉を何度も思い返し、その度に苦い表情を浮かべる。
その様子を少し離れた場所で見守っていた宮本達也と斎藤響。二人は黒宮アキト自身が納得いくまで悩ませてあげようとしていたが、悩みが晴れる兆しは訪れそうにもない。
友人が思い悩む姿に心が絞め付けられ、とうとう我慢の限界がきた宮本達也は黒宮アキトのもとへ駆け寄り、躊躇いながらも肩に手を置いた。
「アキト……その、大丈夫か?」
「……ああ」
黒宮アキトのか細い返事に、宮本達也は自分の事のように苦しみ、苦しさのあまり涙まで流してしまう。その涙に気が付いた黒宮アキトは、泣いている宮本達也を落ち着かせようと、肩に置かれた手の上に手を重ねる。
傍から見たらいけない関係に見える二人の図に、斎藤響は呆れながらも二人のもとへ近付き、泣いていて喋れない宮本達也の代わりに黒宮アキトと話し始める。
「ねぇ、アキト。あの女の人が言ってた事を信じてるの?」
「……嘘をついているようには見えなかった。ルー・ルシアンはオレの知らないオレを知っている……一度死んでいるとは分かっていたが、オレが未来から来た? オレの存在が祓い士の世界を破滅へと導く? だから何もするなって? オレはただ、自分に出来る事を……それが全部悪い方向へ運ぶだなんて……」
「死んだ? 未来?……あー、まぁ今はツッコまないわ。それで、アキトはこれからどうするの?」
「……戻れば、最悪な未来が待っている……ここにいるしかない」
「そう。で、アキトはどうするの?」
「だから―――」
「アキトは、どうするの?」
斎藤響の芯のある眼差しに見つめられ、黒宮アキトは自分の中で何かが揺れ出したのを感じた。続けて、ようやく泣き止んだ宮本達也が涙を堪えながら黒宮アキトへ話しかける。
「アキト……俺や、響は、お前の事情を全く知らない……でも、だからこそ言える事なのかもな。その、お前の事はお前自身で決めてほしい。他人の言う事で意見や行動を曲げるなんて、俺達の知ってる黒宮アキトじゃないぜ?」
寄り添うような優し気な声色で話してくれた宮本達也の言葉に、黒宮アキトの中で揺れ動いていた何かが激しさを増す。
「他人に迷惑をかける事を心配してるなら今更よ。だって、私や達也を祓い士の事情に巻き込んでくれたじゃない?」
「お前がやる事はいつだって正しかった。それで俺達は何度も救われた」
「というか、いつだって他人の事なんか考えずに自分だけで何とかしてきたじゃない。一人で突っ走って、一人で満足する。あんたは、自分勝手な奴なのよ」
「安心しろ! 例え世界中が敵に回っても、俺達だけはお前の味方で、永遠の友達だ!」
「世界中は流石にキツいわよ……でも、友達ではいてあげる。どんな時も」
宮本達也と斎藤響には、黒宮アキトが抱えている迷いや躊躇いが分からない。それでも、二人は黒宮アキトの背中を押した。例えその結果、最悪な出来事を招いてしまっても、黒宮アキトが満足出来れば良いと思って。黒宮アキトが幸せになるのなら、他の誰かが不幸になろうが関係ない。二人の歪んだ愛情が黒宮アキトの心を満たしていく。
二人の言葉と想いを受け、黒宮アキトの中で揺れ動いていた何かは、その激しい揺れにプツリと切れた。
「……そうだ。オレは、オレのやりたい事をやるんだ。過去のオレが託したものなんて、そんなのは今のオレには関係ない。今のオレが、黒宮アキトなんだ……!」
迷いも躊躇いも捨て去った黒宮アキトは、意気揚々と立ち上がる。その姿に、宮本達也と斎藤響は満面の笑みを浮かべた。
「達也、響。ありがとう。オレはもう迷わない!」
「そうこなくっちゃな! クヨクヨ迷ってばっかなんて、アキトらしくねぇもんな!」
「まぁ、やるだけやってみなさい。もしまた何かあったら、私達の所へ戻ってきなさいよ」
「その時は頼むよ。よし! 行くか!……って、あれ?」
揺らぐ事の無い覚悟を胸に、黒宮アキトは祓い士の世界へ戻ろうと破邪の指輪の欠片をポケットから取り出そうとしたが、どこにも無かった。
「無い! あっちに戻る為の欠片が……まさか!」
無くなった破邪の指輪の欠片の行方。その行方はルー・ルシアンの手にあると、黒宮アキトは確信した。盗みだけで名を馳せたルー・ルシアンならば、気付かれずにポケットの中から盗み出す事は造作もない。ようやく覚悟を決めた矢先に行く手を阻まれ、黒宮アキトの内で怒りが湧き立つ。
急いで後を追おうとした黒宮アキトであったが、その瞬間に黒宮アキトの未来視が発動した。未来視によって見えたビジョンに、黒宮アキトは一瞬だけ躊躇ってしまうが、すぐに躊躇いを捨て去り、宮本達也と斎藤響に抱き着いた。
「え? えぇ!?」
「ちょっ!? どうしたの急に!?」
「二人に出会えて、本当に良かった。一生忘れる事は無い」
「な、なんだよそれ! まるで別れの挨拶みたいなさ!」
「……そうだな。じゃあ、また会おう! 達也、響。行ってくる!」
黒宮アキトは最後にとびっきりの笑顔を二人に見せ、常人離れした跳躍力で飛び去った。
「ハハ! アキトの奴、凄いジャンプ力だな! 次会った時は背中に乗せてもらおうぜ!」
「……そうだね」
「ん? どうした響?」
「……なんでもない……そう、なんでもないのよ、達也」
「なんで二回言ったんだ?」
「はいはい! 細かい事を考えたらパンクするわよ? それより、何か苦い物か辛い物でも食べに行きましょ。さっきのクレープの所為で、口の中が甘くてしょうがない……」
「じゃあ、最近出来た麻婆豆腐の店にでも行くか? 地獄の辛さらしいぜ?」
公園を出た二人は、黒宮アキトが飛び去っていった方向へと振り向く。宮本達也は黒宮アキトとの再会を楽しみに待ち望み、斎藤響は黒宮アキトとの再会を願った。




