鬼の五人衆
異界の地を進み続けていると、朽ちかけた寺が存在していた。寺の周辺の地面はクレーターのように陥没しており、柱のように残っている地面が寺を乗せている。不思議な事に、寺の壁や屋根の欠片が宙に浮き上がっていた。
そして、その寺の中から、黒宮アキトが感じていた複数の気配があった。その気配の持ち主は明らかに黒宮アキトの存在を認知しており、寺の中に誘おうとしている。
黒宮アキトは後ろへ下がり、助走をつけて飛んだ。十分な助走をつけて飛んだが、思ったよりも寺との距離が遠く、体が落下していく度に不安な気持ちが高まっていく。着地が出来ない事を確信した黒宮アキトは体を前に伸ばし、手を目一杯伸ばして崖際を掴もうとする。ギリギリ崖際に手が届き、暗闇の中で蠢く地の底に落ちなかった事に、安堵の溜め息を吐いてからよじ登った。
眼前で見た寺の雰囲気は異質で、離れた場所から見ていた時には気付けなかった嫌な予感が、寺の入り口である大きな扉の奥から感じられた。
「鬼が出るか蛇が出るか……どっちにしろ、ロクな事にならなそうだな」
扉前の短い階段を上り、大きな扉をゆっくりと開けていく。隙間から見えた寺の中は、ロウソクの火で灯されているだけで、全貌は見えなかった。意を決して扉を完全に開け、中へ入っていく。黒宮アキトが寺の中に入ると、扉が勢いよく閉まり、ひとりでにカンヌキが閉められた。
周囲を警戒しながら、静寂に包まれた寺の中を歩いていくと、最奥にある大量のロウソクに火が灯る。ロウソクの火に照らし出されたのは、柱に縛られた長髪のミイラであった。
「なんだ?」
祭壇に祀られているようなミイラに興味を持った黒宮アキトの視線は、そのミイラにだけ集中していた。黒宮アキトの足は自然とミイラのもとへと進んでいき、天井や暗闇に隠れている者の赤い眼が、黒宮アキトへ向けられていた。
ミイラの近くまで来た瞬間、黒宮アキトの背筋に悪寒が上から下へ流れていく。その悪寒が殺気からくるものだと理解する前に、黒宮アキトの体は後ろへと下がっていた。後ろへ下がった直後、さっきまで黒宮アキトが立っていた場所に、天井から急襲してきた巨漢の男が落下した。
「くっ!? 出やがったな!」
不意打ちを回避出来た黒宮アキトはすぐに攻撃に移ろうとするが、左右からの殺気に気付き、再び後ろへ下がった。その直後、左右から幼い双子が、先が鋭いフックを手に襲い掛かる。後ろへ下がるタイミングが少しでも遅れていたら、黒宮アキトは確実に双子のフックの餌食になっていた。
「肉団子の次は双子か!? 二度あったって事は、三度も!」
黒宮アキトは【二度あることは三度ある】という言葉を信じ、後ろへ振り返って手を前に構えた。振り返った時には既に、新たな敵が刀を振り下ろした瞬間であった。眼前に迫る刀の刃を黒宮アキトが真剣白刃取りで受け止めると、刀を握る男が黒宮アキトに顔を近付けてきた。顔の半分は火傷で皮が無くなっており、瞼の無い見開かれた目が、黒宮アキトの瞳の奥まで覗き込もうとしている。
「……お前、アキトじゃないな?」
「なんだと……!?」
「お前……何者だ……?」
「脳まで溶けちまってんのか!? 人に名を尋ねる前に、テメェの名前を言うのが礼儀だろうが!!!」
黒宮アキトは受け止めていた刀を払い、顔面に狙いを定めて肘打ちを放つ。その肘打ちを躱されるが、すぐに回し蹴りを放ち、それも躱されると一度距離を取った。
(野郎、二度も躱しやがった! 直感……というより、反射神経か? 本格的に戦う前に一人はやっておきたかったが。あの不気味な四人組……今まで戦った誰よりも強いな)
黒宮アキトが服の袖を捲ると、火傷の男のもとに三人が集結し、四人の赤い眼が黒宮アキトへと向けられる。
「我は五人衆が一人、サカキ!」
「同じく五人衆が一人、ラジン!」
「「五人衆の二人で一人! ランカク! ランとカクだよ!」」
「「「「我ら! 鬼の五人衆なりー!!!」」」」
四人は慣れた動きで決めポーズを取った。先程までの異質な雰囲気とは打って変わって、今の四人はトンチキな集団と化していた。彼らのあまりの豹変ぶりに、黒宮アキトは困惑した表情を浮かべてしまう。
「……鬼の、五人衆?」
「そうだ!」
「……一人、足りなくないか?」
「プアッハハハ! サカキ殿! やはりあの方はアキト殿で間違いありませんよ!」
「え?」
「そうか……う~む、しかし記憶よりも幼く見えるが……」
「あぁ~、確かに髪は黒髪で、拙者達と同じ赤眼ではないな?」
「待て待て……まさか、オレが五人目だなんて事は、ないよな?」
「「違うよー!」」
「ホッ……」
「「一人目だよー! アキト兄ちゃんはボクらのリーダー!」」
「……」
「アキト殿! こちらを見てください!」
ラジンは背負っていた巻物を開き、巻物に描かれた絵を黒宮アキトに見せた。その絵には、白髪の男のもとへ集結する四人の姿が描かれており、その白髪の男の容姿は黒宮アキトに酷似していた。黒宮アキトは視線を絵からラジンにゆっくりと向け、自分に指を差すと、ラジンは巨大な腹を踊らせて満面の笑みを浮かべた。
「こちらは拙者が描いた五人衆の絵! いかなる時も我らは共にある象徴であり、我ら四人がアキト殿によって救われた事も描いた傑作でございます! いかがですか!?」
「……ハハ……よ、よく描けてるなー……特に、この中央の―――」
「もちろんアキト殿は特に集中して描きました! 影で生きてきた我らを照らす光の如く! 空に浮かぶ太陽よりも力強く! 敬愛を込めて描かせていただきました!!!」
「ラジンの多彩ぶりには驚くばかりだ。次の絵も期待してしまうな」
「「次はボクらの絵も描いてよー! ランは可愛く、カクは格好よく!」」
「フヘヘへ! 皆々様のご期待! このラジンが応えてみせましょう!」
「……違う……こんな、こんなの……うわぁぁぁぁ!!!」
受け止めたくない真実を前に、黒宮アキトは発狂した。見せられていた絵を裂き、家族に向けるような眼差しを向ける四人を蹴り飛ばす。
すると、黒宮アキトに変化が起きた。黒髪は白く染まり、眼は赤に染まる。その姿は、ラジンが描いた黒宮アキトの姿と同一であった。
変化した黒宮アキトの姿を見た四人は、蹴り飛ばされた事を忘れ、心の底から湧き上がった嬉しさが表情に表れた。
「おぉ! あれはまさしくアキト殿!」
「ああ、間違いない……! 我らが知る、黒宮アキトその人だ!」
「「アキト兄ちゃんだ!!!」」
「黙れ!!! オレは、オレは認めない……認めたくない……! それがオレの過去だとするなら、今ここで! 消し去ってやる!!!」




