母と娘
折れ曲がった腰を元の状態に戻し、燃える体をそのままに再び西連寺マコトと千蔵マヒルの前に現れた西連寺リン。西連寺リンは人形使いでありながら、自身もまた人形であった。娘である西連寺マコトはその事実に、大きなショックと疑問を覚える。
(人形? 母様が? 初めから? どこから? 私も人形? 痛みや心はある、でもそれは母様も同じだった。私はどうやって産まれたの? あれは本当に私の母様なの? 父様はこの事を知ってたの? なんで教えてくれなかったの? それとも知らないの?)
次々と生まれてくる疑問の答えを見つけ出せぬまま、西連寺マコトは混乱していた。非現実的な光景と事実に耐え切れなくなった西連寺マコトは、頭を抱えながらその場に座り込んでしまう。何の準備も無く、自身の母親の正体が人間ではない事を知ったとなれば、当然の反応である。
すると、満身創痍の状態である千蔵マヒルが西連寺マコトの盾になるように前に立つ。千蔵マヒルも西連寺リンの正体に驚いていたが、それよりも怒りを覚えていた。
「貴様……! それが母親として見せる姿か!」
「……」
「あのまま死んどけば、貴様はただの人間として死ぬはずだった! だが正体を露わにし、あまつさえその姿を小娘に見せるなんて……貴様は母親失格だ!」
「……全ては、ソウジさんの為。ソウジさんの邪魔になる者は、私が排除する」
「ッ!? どこまで!!!」
これ以上、西連寺マコトに不安を抱かせない為に、千蔵マヒルは自分の体に鞭を入れて、前へ飛び出した。
しかし、千蔵マヒルは満足に体を動かせない満身創痍の状態であった。それに対し、操る人形を失った西連寺リンは体術に集中出来る万全の状態であった。千蔵マヒルが殴りかかろうとした時には既に西連寺リンは動いており、突き放つようなパンチを千蔵マヒルの胴体中心に当てると、球体関節である利点を用いて、千蔵マヒルを地面に組み伏せる。
千蔵マヒルが抵抗しようとした矢先、掴まれていた右腕の関節を外され、間髪入れずに放たれた蹴りで左腕を折られてしまう。両腕が使えなくなってしまったが、千蔵マヒルの闘志は未だ潰えておらず、気合いで千蔵マヒルを押しのけようとする。
だが健闘虚しく、西連寺リンに後頭部を踏まれ、顔を地面に押し付けられて動く事が出来なってしまう。
「ぐぐっ……!?」
「あなたは力量を量れないの? それとも差を分かっていながら、尚も私に挑んでいるの? どちらにしても、あなたは千蔵家の祓い士とは思えないくらい実力が足りないわ」
「実力不足……だと……!?」
「ここへ攻めてきたのもそう。何の情報も得ないまま、わざわざ正面から攻めてきた。少人数だけならまだしも、全員で突撃するのは、あまりにも愚策。千蔵家の当主が指揮を執っていれば、この状況を少しは変えられたかもしれませんね」
「アタシが当主だ! アタシが……千蔵家の……!」
「そうですか。では、千蔵家はここで滅亡してもらいましょう」
西連寺リンは千蔵マヒルの後頭部を踏んでいた足を振り上げ、今度は頭を潰そうとした。どうやっても覆せない状況に心が折れた千蔵マヒルは、歯を噛み締めながら自身が死ぬ時を待っていた。
すると、西連寺リンの右手首に光の線が巻かれた。その光の線は弱弱しいもので、巻き付かれた右腕は問題なく自由に動かせる。視線で光の線を辿っていくと、その先で見えたのは、今にも泣き出しそうな不安気な表情を浮かべる西連寺マコトであった。
その西連寺マコトの表情を目にした西連寺リンは、振り上げた足をソッと下ろし、千蔵マヒルの上から下りる。西連寺リンは右手首を回して光の線を手繰り寄せながら、西連寺マコトへと近付いていく。近付いてくる西連寺リンの姿を捉えたまま、西連寺マコトは疑問を投げかけた。
「母様……母様は、私の本当の母様なのですか?」
「ええ、そうよ」
「いつから、人形の体に……?」
「ソウジさんについていくと決めた時から」
「私も、人形なのですか……?」
「いいえ。あなたは人の体のままよ。でも、あなたも人形の体を欲する。あなたには黒宮アキトがいるでしょ?」
「どうして兄様を騙していたのですか? どうして私を騙していたのですか?」
「騙していた訳じゃない。話していなかっただけ。話せば、ソウジさんが困ってしまう」
「……全て、父様の為、なんですか……?」
「ええ。私はソウジさんを愛してる。愛してるから、尽くしたい。身も心も全てを使って」
目と鼻の距離にまで近付くと、二人はお互いの目を見ながら、その瞳の奥にあるものを探り始めた。西連寺マコトが目を見て人の考えを読めるのなら、母親である西連寺リンも当然として出来た。
「……空っぽ……母様は、空っぽです」
「あなたは愛に溢れているわ。その愛は目に映っている私に対して? いいえ、違うわね。アキト君への愛ね。傍にいなくても、想い人への愛を絶やさない……私は、いつからその純真さを失くしたのかしら」
「……私は、物ではありません。母様とは違い、人間です」
「……そう。私はソウジさんの道具になった。ソウジさんの為に、自分の意思で」
「私は、そうなりません。そうはなりたくありません」
「……芯を持ったわね、マコト……でも、愛だけでアキト君は救えないわ。アキト君はあなたが思っている以上に救えない存在よ」
「それでも、私が出来る事をします」
さっきまで浮かべていた不安気な表情が嘘かのように、西連寺マコトの表情は堂々としていた。そんな西連寺マコトの表情を見て、西連寺リンの中にあった母性が使命を上回った。
「……ソウジさんとアキト君が転移した場所は、黒宮家」
「黒宮家?」
「神薙家に抹消された異端家。僅かに残った残党が、正当な血筋であるアキト君を当主にして、黒宮家を復活させようとしている」
「どうしてそんな奴らに利用されているのですか?」
「黒宮家と手を結ぶ為。アキト君が黒宮家の当主になれば、黒宮家はかつての力を取り戻す。そうなれば、この祓い士の世界を征服出来る。ソウジさんは五賢人の支配から祓い士達を救おうとしている。例えそれが、悪と呼ばれる行為であっても」
西連寺リンは西連寺マコトの頬を撫でながら、西連寺マコトの横を通り過ぎていった。離れていく西連寺リンの背中を西連寺マコトが見送っていると、西連寺リンが振り返った。
「ついてきなさい。私が黒宮家へ案内します。そこで決断なさい。尽き従うか、抗うかを」
それだけ言うと、西連寺リンは西連寺マコトを待たずに歩き始めた。西連寺マコトは迷う事なく、足を前へ進めた。辿り着く先で待ち受けている悲劇を知らずに。




