脳筋
黒宮アキトと千蔵タクトとの会話で、【西連寺家に祓い士が不在】という情報を手に入れた千蔵マヒルは、千蔵家の祓い士を引き連れ、西連寺家の領地の前にある丘に集まっていた。西連寺家の領地は驚く程物静かで、外には人影一つも無い。
「黒宮アキトが言っていた事は本当だったようだな」
「マヒル様、どうなさいますか?」
「ここまで来て、はい解散って言う程、アタシら千蔵家はお行儀よくないだろ?」
「では……」
「2年前、奴らは我らが主である当主を卑怯にも毒に犯した。奴らは我々の家に泥を塗った……今日こそその時の雪辱晴らす時! やるぞテメェら!!! 西連寺家に関わる人物全員皆殺しだ!!!」
千蔵マヒルの号令を合図に、祓い士達は地が揺れる程の雄叫びを上げながら丘から飛び降りていく。得物を握り、西連寺家へと真っ直ぐ突っ込んでいく様は、まるで武士であった。
祓い士達は奇術による火の弾を民家に投げ込み、家の中から逃げ出してきた住民達を斬り捨てていく。男も女も、老いも若きも、果ては赤子でさえも千蔵家は見逃さない。住民達は何が起こっているのか分からない中、千蔵家の祓い士達に斬り殺されていく。
そうして千蔵家は領地の半分程にまで迫って来た。そこでようやく騒ぎを耳にした西連寺マコトが屋敷から見える火の海を目の当たりにした。青空を焦がす夕焼け空のように燃え盛る民家。その火の海から、泣き叫ぶ住民達の断末魔が響き渡ってくる。
「新手の邪奇醜……!?」
西連寺マコトは羽織を脱ぎ捨て、屋敷から飛び出していった。騒ぎが起こっている現場に駆け付けると、そこには邪奇醜ではなく、鬼のような形相で住民達を斬り殺している祓い士の姿があった。
「祓い士!? どこの家の!」
状況が分からぬまま、西連寺マコトは破邪の指輪から光の線を繰り出し、祓い士達の体を縛っていく。死角からの拘束によってバランスを崩した祓い士の何人かが火の海に落ちていくが、ほとんどの祓い士は拘束を引き千切った。
「引き千切られた!? 私が疲労している所為か!」
西連寺マコトは先日の邪奇醜の襲撃から休む事無く今回の一件について調べていた為、疲労が溜まっていた。その為、体力がすり減っており、本来の術の威力が発揮出来ない。
術による効果が見込めないと判断した西連寺マコトは術を使う事を諦め、体術で制圧しようと試みた。指輪から伸ばした光の線を上手く扱い、敵の攻撃を光の線で防ぎ、直後にカウンターで体術を叩き込んでいく。西連寺家の力と多人数戦を得意とする西連寺マコトにとって、単身でこの騒動を収束させる事は可能であった。
しかし、それは相手がただの祓い士だけの話だ。着々と祓い士達を無力化していく西連寺マコトのもとに、千蔵家の力を持った千蔵マヒルが襲い掛かってくる。
千蔵マヒルが放った刀の一振りを西連寺マコトは光の線で防いだが、他の祓い士とはレベルが違う力に、体を吹き飛ばされてしまう。
西連寺マコトは空中を舞う中、体勢を整えて地面に着地する。光の線を見ると、先程の千蔵マヒルの一振りで斬られており、あと少しのところで刃は自身の首をも斬り飛ばしていた。
「この力……他の有象無象とは違う」
「受け止めたか、西連寺家の祓い士!」
「何者ですか、あなた」
「千蔵家当主。千蔵マヒル」
「千蔵家……!」
「アタシの一振りを無傷で受け止めた所から察するに、お前が西連寺家の当主か?」
「……いえ、私は当主ではございません。私は西連寺マコト」
「マコト? あー……知らんな。お前のような小娘」
「あなたのように、無闇に実力をひけらかしてはいませんので……おばさん」
「おばっ!? アタシはまだ二十代だ!!!」
「あら? 意外とお気になさるのですね。それにしても、本当に二十代には見えませんよ? 若く見積もって三十代前半でしょうか? ああ、もちろん悪口ではございません。大人らしいという意味で言いました」
「ぐぐっ!」
「マヒル様! どうします? 我々全員であの小娘を殺しますか!?」
自分達の当主、男臭い千蔵家の紅一点である千蔵マヒルを馬鹿にされ、祓い士達のハラワタは煮えくり返っていた。その怒りは、言われた本人である千蔵マヒルよりも満ち溢れている。
「まぁ待ちな。あの小娘には悪態をついても、それに見合う実力がある。タイマンで戦わせろ」
「おぉ! 皆! マヒル様の喧嘩が見れるぞ!!!」
千蔵マヒルの戦いを観戦しようと、祓い士は目を輝かせながら集合し、火の海に飲まれて瀕死の状態の祓い士まで這って来た。
「アタシら千蔵家は大の武闘派でね。戦いが好きなんだ。特に素手で戦う喧嘩がね」
「……」
「心配するな。誰も横入りして来ないさ。これはアタシとアンタの一騎打ち! 準備は?」
「その前に、お茶などいかがでしょう?」
「ハッ! 今更ご機嫌取りも遅いんだよ!!!」
千蔵マヒルは構えも取らずに、西連寺マコトに殴りかかっていった。豪快に振り放った右ストレートは呆気なく西連寺マコトに避けれられ、逆に裏拳を頬に喰らってしまう。裏拳を喰らって体勢を崩した千蔵マヒルを見逃さず、西連寺マコトは的確に脇腹や鳩尾に拳を鋭く入れ、トドメに掌底を放った。千蔵マヒルの体がフワリと宙に浮くと、勢いよく落下し、地面の上で大の字となった。
「……さて。その方を連れて、ここから立ち去ってください。こうなりたくなりのであれば」
西連寺マコトは観客と化している祓い士達に忠告するが、祓い士達は尚も笑っており、誰もその場から一歩も動こうとしない。
すると、大の字になっていた千蔵マヒルが勢いよく飛び起き、表情を歪ませながら体を伸ばし始めた。
「ングー……はぁ…… 効いたよ、さっきの連撃」
「……とてもそうとは思えませんが」
「本当本当。久しぶりに体の節々が痛いのなんの……次はこっちの番だ」
再び西連寺マコトに迫る千蔵マヒル。西連寺マコトは再度カウンターの裏拳で返り討ちにしようとするが、裏拳を喰らっても千蔵マヒルの勢いが落ちる事は無い。相変わらず豪快な一振りで、容易にカウンターを当てる事が出来るものの、千蔵マヒルは驚異的な打たれ強さを見せていた。
打っても打っても怯まない千蔵マヒルに、やがて西連寺マコトは焦り出し、カウンターを放つタイミングが遅れてしまう。リズムが崩れてしまい、容易に放てたカウンターは放つ隙が無くなり、躱せたはずの豪快な一振りが掠り始めていく。
そして遂に、千蔵マヒルの右ストレートが西連寺マコトの胸に直撃してしまう。千蔵マコトの右ストレートは豪快さに見合う威力で、西連寺マコトの胸に突き刺さっていく。このまま振り抜かれれば、西連寺マコトの胸に穴が開いてしまう。
咄嗟の判断で、西連寺マコトは千蔵マヒルの体を思いっきり蹴った。それによって西連寺マコトの体は後方に飛んでいき、完全に拳が振り抜かれる前に脱する事が出来た。
しかし、ダメージは凄まじく、息を吐くだけで胸から激痛が走ってしまう。最早、西連寺マコトに立ち上がる力や気力は残されていなかった。
「オッシャァ!!! 見たか野郎共!!! 耐えて耐えて耐え抜いた後の一発!!! これこそ千蔵家に相応しい戦い方だぁ!!!」
勝利を確信した千蔵マヒルは、祓い士達に勝利の言葉を贈った。雄叫びを上げながら盛り上がる祓い士達。その雄叫びよりも力強い雄叫びを上げる千蔵マヒル。
「騒げ騒げ!!! 勝ち戦には雄叫びが一番よ!!! ハッハハハ!!!」
朦朧とする意識の中、西連寺マコトの耳に聞こえてくる千蔵家の笑い声。募る屈辱は痛みを消してはくれず、痛みと悔しさで動けない。
「ハハハ……さて、殺すか」
一通り騒いだ千蔵マヒルは、確実に息の根を止めようと西連寺マコトに近付いていく。近付いてくる死の音を耳にしながら、西連寺マコトは黒宮アキトの事を想っていた。
(兄様……ごめんなさい……兄様との約束は、果たせません……力無い妻で、本当に……ごめんなさい)
千蔵マヒルは薄ら笑いを浮かべながら、足元で瀕死の状態になっている西連寺マコトを見下ろす。その千蔵マヒルの姿を捉える前に、西連寺マコトの目は閉じ、気を失ってしまう。
その時、意識を失っている西連寺マコトを除いた全員の体が硬直した。体は恐怖で震え、勝手に走馬灯が頭をよぎっていく。それは正しく【死の予感】であった。
そして、その死の予感は、唐突に姿を持って現れた。頭部が吹き飛び、体が真っ二つに裂かれ、骨と肉が砕け散る。そんな音が、千蔵マヒルの背後から続々と聴こえてくる。
「っ!? だ……誰だ!!!」
硬直している体を無理矢理振り返らせると、そこには祓い士達の姿は無い。視線を下に落とすと、祓い士達が立っていたであろう場所に、赤黒い肉の塊が散らばっていた。
「は……は……は……は……」
千蔵マヒルは、その異様で理解出来ない光景を呆然と見る事しか出来なかった。ふと、西連寺マコトの方へ視線を移すと、千蔵マヒルが本能的に察知しないようにしていた赤い瞳を宿す白髪の男の姿があった。




