壁に耳あり障子に目あり
千蔵家の屋敷の構造は、階層ごとに一つの広い部屋がある。どの部屋も体術を鍛える為の道場だ。寝床も食事をする場も道場で済ませ、寝ても覚めても常に道場で過ごす。
しかし、最上階である五階だけは違う。五階には当主の間があり、畳が敷かれた和室となっており、窓からは周囲の竹林を見渡せる。現在は部屋の中央に仕切りが敷かれており、窓からの景色は拝めない。
当主の間に案内された黒宮アキトは、千蔵タクトに差し出された茶を飲みながら、部屋の至る所に飾られている盆栽を眺めていた。
だが、盆栽に興味が無い黒宮アキトが実際に興味を抱いていたのは、部屋の中央に敷かれた仕切りの向こう側。千蔵家【本来の当主】である千蔵トシゾウの容態についてであった。
「お前が手入れをしてるのか? これ全部?」
「ええ。まぁ、まだまだですが……」
「よく手入れ出来てるよ、素人目だけど。僕だったら不格好に仕上がるだろうな」
「アキトさんも試してみてはいかがですか? 集中力が上がりますし、心が穏やかになります」
「ハハ。武闘派千蔵家をまとめてるんだ。ストレスも相当なものだろう?」
「でも、皆良い人達ですよ? 少し頭が固い所もありますが、この千蔵家に残り続けてくれてます」
「親父さんの容態は?」
突拍子もない黒宮アキトの発言に、千蔵タクトがそれまで浮かべていた笑顔が消え去った。深いため息を吐いた後、仕切りの向こう側にいる自身の父親について千蔵タクトは答える。
「……良くはありません。むしろ、悪くなっています」
「仕切りをしているのは、体が酷くなっているからか?」
「それもありますが、体内で膨張した毒が穴という穴から漏れ出して……それを防ぐ為に、仕切りに術を施して隔離しています」
「治療法は見つからないのか? どこかの家に、解毒専門の術士もいると聞いたが」
「既に診てもらいました。しかし、邪奇醜の毒というのもあり、解毒する方法が分からないとの事です」
「……皮肉なものだな。当主継承者であるお前を邪奇醜に、事故を装って襲わせたというのに、その邪奇醜に自分が苦しめられるとは」
「あの時、アキトさんが通りがかってくれて助かりました。あのままでは、僕も父も邪奇醜に殺されていました……それで、アキトさんはどうして千蔵家にいらしたのですか?」
重苦しい空気を変える為、千蔵タクトは無理矢理話題を黒宮アキトに移し替えた。
「ああ、実はお前の所の医療術士を貸してほしくてな。僕と西連寺マコト以外の西連寺家の祓い士が重傷を負っているが、医療術士がいない所為でそのままなんだ。このままじゃ死んでしまう」
「西連寺家の祓い士が? 一体何故? どこかの家の襲撃ですか?」
「いや、邪奇醜だ。それも徒党を組んだ邪奇醜だ」
「っ!? そうですか……西連寺家も、邪奇醜に」
「も? という事は」
「はい。千蔵家も邪奇醜の群れの襲撃に遭いました。丁度一週間前から、今日まで」
「あの門の前の邪奇醜か。だがあの対応は何だ? いくら武闘派の家だからって、たった一人に邪奇醜の群れの相手をさせるのは荷が重いだろう」
「戦闘関連の指示は、マヒルさんに任せています。アキトさんが助けてくれた祓い士がいますよね? あの祓い士は、千蔵家の中では実戦経験が少なく、マヒルさんは良い機会だからと彼一人に任せて……」
千蔵マヒルの体育会系の考えに、黒宮アキトは頭を抱えた。同時に、仲違いする前から何も変わっていない事に安心感を覚えていた。
「……そういえば、マヒルは自分を現当主だと言っていたが、本当か?」
「本当です。実際は僕とマヒルさん、二人で当主となっています。さっきも言いましたが、戦闘関連はマヒルさんに任せ、その他の事は僕が担当しています。僕は戦闘を得意としていないので、それが最適格だと思ったんです」
「邪奇醜が襲撃してきてくれて助かったな。マヒルにも権力があるなら、奴は他の家と戦争を始めるさ。力とズル賢さがあるお前の親父さんと違って、頭が使えないからな」
「でも、マヒルさんも頑張って―――」
「タクト。お前は優し過ぎる。そうやって擁護し続けていれば、いずれ身を滅ぼすぞ」
「……でも、弱い僕が出来る事なんて……アキトさんのように強くなるには、どうすればいいんですか?」
「常時戦闘。常に戦いに身を置けば、嫌でも強くなるさ。まぁ、お前はまだ幼い。力も精神も、これから強くなっていけばいい。その努力を怠らなければ、強くなれるよ」
「……医療術士を三人お貸しいたします。千蔵家にいる腕の良い三人を」
「いいのか? 僕は一人でも十分ありがたいんだが」
「怪我人が多いとなると一人では困難でしょう。それに差し上げる訳ではなく、貸すだけです。必ず無事に千蔵家へ返しに来てくださいね?」
「ハハハ! まぁ、善処するよ! ありがとな、タクト」
二人は親交の証である握手を交わすと、医療術士がいる部屋へと移動していった。医療術士がいる部屋も道場になっており、医療術に特化しているにも関わらず、体術の訓練を行っていた。
「今支度させますので、アキトさんは入り口にてお待ちください」
「これで僕とお前の間に貸し借りは無くなった。また僕に借りを作りたくなったら、いつでも相談してくれ」
「はい、是非!」
黒宮アキトは千蔵タクトと別れ、屋敷の外で医療術士を待つ事にした。階段を下りていく際、階層毎の部屋の様子を見ていくが、どの部屋にも人がいなかった。
屋敷前の庭に行くと、黒宮アキトが暴れた痕が未だ残っており、元の状態に戻すのに時間が掛かりそうであった。
「自分でやっといてなんだが、酷い有様だな」
そうして、千蔵タクトが貸してくれる医療術士が支度を終えるのを待っていると、ある疑問が浮かんできた。黒宮アキトは屋敷の外に出るまでに、階層ごとの部屋の様子を見ていた。そして部屋には誰一人として姿は見えなかった。
そこに、黒宮アキトは疑問を抱いていた。千蔵家の祓い士達は確かに屋敷の中に戻っていた。千蔵タクトと話していた間に流れた時間は数十分程度。屋敷の門の外に広がる竹林からは物音はしない。
すると、黒宮アキトは荒れた地面に新しい足跡を見つけた。足跡は大量にあり、正確な人数は把握出来ないが、その足跡は門の外へと続いている。
「……まさか!?」
「アキト様、お待たせしました。我々の準備は―――」
「おい! 祓い士共は何処へ向かった!」
黒宮アキトは支度を終えて合流してきた三人の医療術士に、千蔵家の祓い士の行く先を問い詰める。医療術士達はオロオロとしながら、三人の内一人が答えた。
「えっと、マヒル様が西連寺家と言ったのは聞こえましたが……」
「西連寺家? くそっ! 聞き耳立ててやがったな!!!」
黒宮アキトは医療術士達を屋敷に置き去りにして、西連寺家へと駆け戻っていく。




