誓い
邪奇醜の襲撃に遭いながらも、見事撃退出来た西連寺家。しかし、その襲撃による西連寺家の損失は大きく、西連寺家に仕えている祓い士の半数が戦死し、残りの祓い士も重傷を負っていた。更に邪奇醜が現れた田んぼには大きな穴や、邪奇醜の血肉が田んぼに混じり、収穫間近だった稲を捨てなければならない。邪奇醜による脅威が去ったにも関わらず、西連寺家の領地は危機に瀕していた。
そんな危機的状況に陥っているにも関わらず、西連寺家の当主である西連寺ソウジは、今回の事を楽観視していた。その理由は、これまで五つの家を滅ぼしてきた邪奇醜の集団を撃退出来た結果にある。どれだけ祓い士が減っても、どれだけ食料が減っても、今回の活躍はお釣りが来る程に、大きな見返りを得られる功績であった。
「遠くから君の活躍は見ていたよ。実に見事だったよ、アキト」
「頑張ったわね、アキト」
今回の邪奇醜の襲撃での功労者として、黒宮アキトは西連寺ソウジに呼び出されていた。まるで我が子の活躍に喜ぶ親のように喜ぶ西連寺ソウジと西連寺リン。
そんな二人とは裏腹に、邪奇醜の血肉に塗れた黒宮アキトは二人を睨んでいた。黒宮アキトは二人から嫌われる為に、ワザと戦いが終わったままの状態で来たが、屋敷内が汚れても二人は気にもしていない。
「今回の邪奇醜の襲撃。君は他の祓い士とは違い、相手の数に怖気づく事も無く、他の祓い士よりも多くの邪奇醜を殺した。今回の一件は、君が解決したと言っても過言じゃない」
「また祓い士として名を上げましたね。今回の一件の見返りは、これまでよりも多くの富をもたらすでしょう。そのほとんどを……アキト。あなたが手に入れる事となります」
「……生き残った祓い士達には?」
「う~む。彼らの傷は深い。例え治療を施したとしても、これまで通りの活躍は出来んだろう。私は西連寺家の未来を見通し、捨てる事を選んだ。なに、数が減ったなら増やせばいいだけの事……だが、アキト。君は違う。君だけは例外だ」
「……例外?」
「あなたは今回の一件で、その力を皆に知らしめた。そしてそれは西連寺家だけでなく、他の家にも知れ渡るでしょう。あなたは一つの家の当主よりも、大きな影響力を持つ存在となるのです」
「……僕はそんなの望まない」
「望まなくとも、手に入れる事になる。君は、それだけの事をやってのけたのだからね」
すると、西連寺ソウジは黒宮アキトの首に焼き付いていた請負人の烙印を消した。
「これで君は自由の身。そしてこれからは、真の自由を得る存在となる。フッハハハハ!」
「ウッフフフフ!」
西連寺ソウジと西連寺リンは笑った。そんな二人の姿に、黒宮アキトの記憶にあったかつての良き当主であった面影は無い。失望と悲しみで胸が絞めつけられた黒宮アキトは何も言えず、二人に軽く頭を下げてその場から立ち去った。
黒宮アキトが屋敷の中を歩いていくと、ある部屋から出てきた包帯で顔の半分が覆われた祓い士と出くわした。祓い士は黒宮アキトの姿にハッと目を見開くが、すぐに力の無い眼差しとなり、フラつく足取りで黒宮アキトの横を通り過ぎていく。祓い士が出てきた部屋の障子を少し開き、中の様子を見ると、悲惨な光景が広がっていた。
先程出てきた祓い士がマシと思える程の重傷者が薄い布の上に寝かされ、部屋には異臭が漂っていた。失った体の部位から感じる痛みで休む事も出来ず、眠っている者も悪夢にうなされている。医療知識の無い黒宮アキトでも、正しい処置が行われていない事は明らかであった。
障子の隙間から彼らを見ていると、全身に包帯を巻かれた祓い士と目が合う。黒宮アキトを見るその祓い士の目は、忌み嫌われている時の睨んだ目ではなく、助けを求めている目であった。
「……悪い……僕に、人を治す術は無い」
助けを乞う祓い士の力になれない己の無力さを感じながら、黒宮アキトは障子を閉め、再び屋敷内を歩き始めた。
あてもなく屋敷内を歩き続けていた黒宮アキトが最終的に足を止めた場所は、西連寺家にある庭であった。植えられた松の木は綺麗に整えられており、小さな川の上には橋が掛けられている。黒宮アキトは庭に置いてあった大きな石の上に腰を下ろし、夜空に浮かぶ月を見上げた。
『来て早々、大変だったわね』
黒宮アキトが月を見ていると、背後から冬美が現れ、月を見上げる黒宮アキトの前に立った。突然現れる冬美に慣れたのか、黒宮アキトは特に驚く様子も無く、月明りに照らされる冬美の姿を見ていた。
『服がボロボロ。それに、血と肉で汚れてる……フフ』
「……何が面白い?」
『あなたはいつも、そんな風に血だらけになってたなって……それで、懐かしくなっちゃって。フフフ!』
「……」
『それで? いつになったら西連寺家の娘と式を挙げるの? 今回の一件はアクシデントではあったけれど、得た物は大きい。皆、あなたの顔を見に来るわ。もちろん、神薙家もね』
「……やめだ」
『……え?』
自分が考えもしなかった言葉が黒宮アキトの口から出て、冬美は困惑した。そんな冬美の姿など、今の黒宮アキトの目には映っていない。
黒宮アキトは座っていた石の上から腰を上げ、未だ困惑している冬美の横を通り過ぎて、自身の血で汚れた手を見る。
「今回の一件。確かに殺した数なら僕が一番多かっただろう……だが、だからといって、祓い士やマコトが何もしていなかった訳じゃない! あいつらも自分が出来る事を精一杯やった! そして僕達は勝ったんだ!……なのに、上の奴はあいつらの事なんて眼中に無い。戦いで負った傷の痛みに苦しむ祓い士や、今回の邪奇醜による襲撃を今も調べているマコトの事も! ただ殺し続けただけの僕だけが、手柄を取る事になった!」
『ア、アキト? 私がいなければ、あなたは生き永らえる事は出来ないのよ? 術を使っていないにしても、今もあなたの時間が減っていく。だから、早く私に会いに来てくれないと、あなたは死んじゃうんだよ?』
「そんな事は後だ!!!」
怒号を放ちながら振り返った黒宮アキトの姿は、ロン・リーフェンの時と同じ変化をしていた。髪は灰色に染まり、瞳は赤くなり、いつもよりも暴力的で、冬美が知る黒宮アキトの姿であった。
「オレの時間が残りどれだけなのかは知らん! だが、やるだけやるさ!」
『やるって、何を?』
「オレの直感だが、今回の邪奇醜の一件はまだ終わってねえ。裏で操る何者かがいるはずだ。そいつをブッ殺して、ついでに西連寺家の当主もブッ飛ばす! 人を見下すあの眼が気に食わねぇんだよ!」
『……アハ……アッハハハ!』
「あ? 何笑ってんだよ!」
『私が知ってるアキトだ! 何かを壊す事しか考えてない、馬鹿なアキトだ! 暴力的で残忍だけど、少し優しい所がある……私の好きなアキトだ』
今の黒宮アキトの姿、性格、言動、考え。その全てが、冬美が知る黒宮アキトであった。会いたかった人物との再会に、冬美は嬉しさのあまり、純粋な好意を含んだ言葉を口にしてしまう。その言葉を聞いた黒宮アキトは、湧き上がっていた怒りよりも恥ずかしさが上回り、元の姿に戻っていた。
その変化の条件に気付いた冬美は黒宮アキトの耳元に近付き、ソッと囁く。
『私は、あなたを待ってるわ……アキト』
それだけ言い残し、冬美は姿を消した。再び独りになった黒宮アキトは、さっきまで抱えていた怒りや罪悪感がすっかり無くなり、邪奇醜の血肉に塗れた服の気持ち悪さに表情を歪めた。




