西連寺家
邪奇醜の襲来により、西連寺家の屋敷に西連寺家の祓い士が集結していた。20人という少数精鋭で、30代後半のベテラン勢だ。そんな彼らにとって、邪奇醜の襲来は退屈を潤す娯楽に過ぎず、邪奇醜討伐を今か今かと待ち望んでいた。
「まさか、奴さんから来てくれるなんてな。出向く手間が省けて何よりだ!」
「人が変異した怪異と違って、邪奇醜はただの化け物だ。腕と足をすり潰して、新しい術の実験台にでもするか!」
「おいおい、そりゃ可哀想だろ!? ハハハ!……ん? なぁ、あのガキって」
祓い士達の視線が集中する部屋の隅にいたのは、黒宮アキトであった。
「まったく、どの面下げて戻って来たんだかな。一年も経たずに戻ってきやがって」
「いっそ、外の世界で生きて死んでれば良かったんだがな。目障りなんだよ、ガキが……!」
祓い士達は黒宮アキトに聞こえる声量で陰口を漏らし、嘲笑い、睨んでいた。彼らがここまで黒宮アキトを忌み嫌う理由は、西連寺家の一人娘である西連寺マコトと親密な関係を築いている事が関係している。家の名も無く、経験もまだ浅い祓い士が、自分達が尽き従っている西連寺家に特別扱いされているのが気に入らないのだ。
そんな祓い士達の妬みを聞き流しながら、黒宮アキトはカエル頭の邪奇醜との戦い方を考えていた。未だ本調子ではないとはいえ、西連寺マコトの援護が無ければ確実に喰われていた。外の世界とは違い、この祓い士の村では常時戦場。誰であっても、たった一つのミスで死が訪れる。
黒宮アキトは自らの軽率な行動の反省をし、この祓い士の村で戦いに明け暮れていた頃の気持ちに切り替えていた。
すると、西連寺家の当主である西連寺ソウジと、その妻である西連寺リンが、祓い士達が集まる部屋に現れた。二人が現れるや否や、祓い士達は黒宮アキトの陰口をピタリと止め、視線を西連寺ソウジに向けた。
「皆、集まっているな? 既に知っているかもしれんが、この領地に邪奇醜が現れた。邪奇醜が領地に現れる事は例を見ない。私の娘であるマコト……そして、黒宮アキトのお陰で追い返す事は出来たが、討伐は出来ていない。必ずまたあの邪奇醜は現れる。皆、邪奇醜の再来に備えておけ。話は以上だ……それから、黒宮アキト。お前はここに残れ。少し話がある」
祓い士達は解散し、部屋には黒宮アキトだけが残った。解散した祓い士達の足音が聴こえなくなると、西連寺ソウジは正座からアグラに座り方を変え、威厳のあった表情は和らいだ。西連寺リンも座り方こそ変えはしなかったが、母の顔で黒宮アキトを見ていた。
「そんな隅っこにいつまでいるんだ。もっと近くに来てくれ」
「そうよ。今は私達だけなんだから、他人の事なんて気にしなくていいのよ?」
黒宮アキトは立ち上がり、二人から近過ぎず遠過ぎずの距離に座った。遠慮が伺える黒宮アキトに、西連寺夫妻は困った表情を浮かべながらも、黒宮アキトに向けた親愛は変わらず覚えていた。
「マコトから話は聞いている。最珍露で深手を負ったらしいな。腕の調子は?」
「まだ本調子ではありません。ですが、次こそは邪奇醜を討伐してみせます」
「向こうの世界でご飯はちゃんと食べてたの? あなたは戦う事ばかりに集中して、よく空腹で倒れてたでしょ?」
「マコトが用意したのを食べてました」
「そう。あなたの後を追うと言って、私達に無断で向こうの世界に行った時は心配したけれど、あの子と仲良くしてくれたのね。ありがとう」
「いえ……えっと、話があるとは、これの事ですか? でしたら申し訳ありませんが、また後にしましょう。今は邪奇醜を討伐する事が最優先です」
「あー、すまん。向こうの世界でのお前の生活が気になって、つい世間話が長くなったな。私もリンも、お前の事を考えなかった日は一度も無い」
「で?」
「ゴホン……今回の邪奇醜の襲来。実は、予知していた事だったんだ。というのも、ここ最近、祓い士の村では異常な事態が発生している」
「異常な事態?」
西連寺ソウジの言葉に、初めて興味を持った黒宮アキト。すると、西連寺家の羽織を纏った西連寺マコトが部屋の中に入ってきて、手に持っていた空白の巻物を床に広げた。
その空白の巻物に西連寺ソウジは手を置き、祓い士の村にあるそれぞれの家の場所が記された簡易的な地図を浮かび出す。
「これは西連寺家の西にある家の場所を記した簡易的な地図だ。事態が起きたのは、お前達が村に帰ってくる一月程前。吉田家の領地で、邪奇醜が現れた。初めは一体だけだったが、日を追う毎に数は増えていき、吉田家は邪奇醜によって滅ぼされた」
「確か、吉田家はここよりも祓い士の数が少ないですよね? 多勢に無勢だったのでしょう」
「そうだろうな。だが、話はここで終わらない。どういう訳か、吉田家が滅んだ次の日に、吉田家から近い松谷家にも邪奇醜は現れた。結果は、吉田家と同じだ。そうして東に被害は進んでいき、これまで五つの家が滅ぼされている」
「邪奇醜が侵攻してきていると? だが奴らに知能は無い。徒党を組む邪奇醜もいますが、あれは自らの巣から離れない」
「だからこそ異常なのだ。人ならばともかく、邪奇醜がこうも順々に来るのは不可解だ」
「それで今回は、ここに侵攻してきていると考えて?」
「そうだ。お前が対峙した邪奇醜は恐らく斥候。すぐに退散したのも、それが理由だろう」
「斥候……では、他の祓い士達にもこの事を知らせた方が良いのでは?」
祓い士達は邪奇醜が一体だけだと油断している。更に、彼らは黒宮アキトが対峙した邪奇醜の姿を知らない。最悪な事態になるのは明白であった。
「あいつらは腕はあるが、怠け過ぎている。多少荒いが、危機感を持ち直すのに良い機会だ」
「その結果、西連寺家が滅ぶかもしれないんですよ?」
「私達がいる。私とリンとマコト……そしてアキト。お前がいる」
「過大評価です。マコトがいなければ僕はやられていた」
「それは油断していたからだろう? 本来なら―――」
「もういい! あんたが言ってる事は、とても当主としての言葉とは思えない!」
黒宮アキトは激怒した。忌み嫌われているとはいえ、祓い士達はこの領地を守る為に死力を尽くし、西連寺家に忠誠を誓っている。その祓い士の忠義を見もせず、身内にばかり目を向けている西連寺ソウジの言動は、黒宮アキトにとって、ただただ気持ちが悪かった。
怒りが収まらない黒宮アキトは、西連寺ソウジを殴りたい気持ちをグッと抑え、その場を後にした。その後を追うように、西連寺マコトも部屋から出ていった。
「アキト……」
「大丈夫よ。きっと、あの子も分かってくれるわ。私達の愛を。今は、私達の愛に気付くのを待つしかないわ」
「そうだな。アキトには、この事態を収束してもらわねばならない。手柄を立てれば、アキトを正式に西連寺家の人間に迎え入れられる。そうなれば、西連寺の家の名は上がり……御三家の新たな一枠となる」




