友愛
草木も静まる夜に、宮本達也は目を覚ました。瞬きの間に夜に移り変わっている事に驚きつつも、曖昧ながら憶えている意識を失う前の事を思い出し、自分が意識を失っていたと理解する。隣には同じく眠るように意識を失っている斎藤響の姿があり、西連寺マコトは部屋の入り口の前に寄りかかって眠っている。
黒宮アキトの姿を目で探していると、黒宮アキトはまだ起きており、窓辺に座りながら夜空に浮かぶ満月を眺めていた。月の光に照らされた黒宮アキトの表情は髪に隠されて見えないが、ほんのわずかに開いている口を目にし、何か思い悩んでいると宮本達也は疑惑を持った。
宮本達也は黒宮アキトに声を掛けずに窓辺へと近付き、黒宮アキトの傍には近寄らず、しかし自分も満月を眺められる場所の床に座った。
「……今日は、散々な目に遭ったな」
「ふっ。俺達にとっちゃ、いつもの事だろ?」
「だな」
「腕の調子はどうだ?」
「悪くない。マコトはやっぱり腕が良い。それに黄金水の効果も馬鹿には出来ないな。この短時間で、手を動かせるようになったよ。まぁ、動かせるだけだがな」
「そうか。そいつは良かったな」
そこで会話は途切れ、二人は夜空に浮かぶ満月を眺めた。宮本達也は満月の美しさに心が癒され、黒宮アキトは満月が欠けていく未来に自身を重ね合わせていた。
「……なぁ、達也」
「ん? なんだ?」
「お前、響の事が好きか?」
「ブッ!? いいいきなり何を!?」
「響はお前の事が好きだ。短い付き合いだが、それでも分かる程にお前への好意が分かり易い。だが、お前がどうなのかは分からずにいる。どうなんだ?」
「そ、それは、まぁ響の事は好きだけどよ。お前が聞きたいのは異性としての、つまり恋愛的なアレだろ? そういうのは俺にはまだ早いっていうか、まだ子供だから分かんねぇ」
「男ならハッキリとしろ。今はお前の事を好きでいてくれるが、お前がそのままじゃ、いつか他に目移りするぞ。失ってから大切だったと気付くのは、あまりにも今更だからな」
「……」
黒宮アキトの言葉を聞き、宮本達也は改めて自分と斎藤響の関係について考えた。幼い頃からの付き合いで、何をするにも斎藤響が傍にいた。いつも厳しい言葉で馬鹿にしてはいるが、それは彼女なりの自分との付き合い方。一緒にやってきていた剣道を辞めた事で一時的に距離が開き、その間、どこか物足りなさを感じていた。
そんな風に、頭の中を斎藤響の事で一杯にしながら考えていると、宮本達也は一つの答えに辿り着く。
「……俺には、響が必要だ。あいつがいなきゃ、物足りなくて仕方がない」
「つまり?」
「好き、なんだと思う。やっぱりまだ恋愛はよく分かんねぇけど、傍にいてほしいと思ってる」
「……そうか。それを聞けて良かった。これから祓い士の村に戻れば、お前達がどうなっているかなんて確認のしようが無いからな……だから、良かった」
そう言って、黒宮アキトは微笑んだ。今まで宮本達也が見てきた黒宮アキトの笑った顔の中で、一番何者にも囚われていない純粋な微笑みであった。
だからこそ、宮本達也は不安に思った。まるで別れの時のような、最期に見せる亡き顔のように解放されていたからだ。
だが、宮本達也は聞けずにいた。いや、分からなかった。黒宮アキトが何かを抱えている事や、それに思い悩んでいるのは分かるが、その【何か】が分からない。決定的な答えを持たずに聞いても、黒宮アキトは打ち明けてはくれないと思い、宮本達也は言葉を出せずにいた。
「なぁ、こんな言葉を知ってるか? 愛する人の為なら何でもする。僕自身、どこで聞いたか、どこで目にしたかは憶えていない。でも意味は分かる。大切な人の為なら、きっと僕は何だってする……そして、僕はそれを実行しようとしている。なぁ、達也……僕は、間違ってると思うか?」
黒宮アキトは最も信頼出来る相手である宮本達也に悩みを打ち明けた。既に実行すると決めてはいるが、それでも最後の一押しが欲しかった。それを押すのは、初めの友人であり、初めて安心感を覚えた宮本達也にしか出来ない事であった。
そんな黒宮アキトの想いを知る由もない宮本達也は、またもや言葉を出せずにいた。いつもは黒宮アキトに判断を任せていた所為か、いざ自分が判断を任されると言葉が詰まってしまう。
そうして、数秒の無言の時間が流れた後、宮本達也は言う。
「間違って、ないんじゃないか? それに、お前自身の事は、お前が決める事だ。他人に指示されるのが嫌だっただろ?」
「……そうか、そうだったな」
宮本達也の返答に、黒宮アキトは一瞬視線を下に落とすが、すぐに宮本達也へ微笑みを浮かべた。
「何はともあれ、今まで楽しかったよ。お前と出会わなければ、僕はずっと独りだった。それでいいとさえ思っていた。だから、お前と出会えて良かった」
「俺もだ。お前と出会わなきゃ、こんな刺激的な体験は出来なかったし、そもそも死んでたかもしれないしな」
「しれないじゃなくて、死んでただろ? あの時、僕がお前に憑りついていた霊を祓わなきゃ」
「アッハハハ……確かに。あー、確かに死んでたな!」
「これからは闇雲に心霊スポットなんか行くなよ? という訳で、僕から贈り物だ」
そう言って、黒宮アキトはポケットから取り出した物を宮本達也に投げ渡した。宮本達也は掴んだ物を確認すると、投げ渡された物は黒宮アキトの破邪の指輪であった。
「これ、お前の……!?」
「お前じゃ指輪の力は使えないが、まぁお守りにはなるだろう」
「いや、駄目だろ! これは祓い士にとって必要な物だろ!? それを俺にだなんて!」
「持っていてほしいんだ、達也に。僕や、マコトと過ごした日々の思い出として。もし重く感じたら、捨ててもいい。誰の目も、誰の手にも触れられない場所に捨ててくれ」
「……捨てる訳ねぇだろ。こいつは、墓まで持っていくぜ。死んだ後も、お前との思い出を憶えていたいからな」
「……やっぱり、お前と出会えて良かったよ」
祓い士として生きてきた黒宮アキト。普通の人間である宮本達也。生まれも環境も違う二人だが、友を想う心だけは共に同じであった。




