過去の片鱗
最珍露の一階を探索し終えた西連寺マコトと斎藤響は、階段を上がって二階へと来ていた。すると、三階から下りてきた宮本達也と鉢合わせ、その慌ただしい様子から、三階で何かがあった事は明白であった。
「あ! 丁度良かった! マコトさん、助けてください!」
「どうしたのですか? そんなに慌てた様子で」
「三階! 三階がヤバいんです!」
「三階が、ヤバい?」
「いや、もっとちゃんと説明しなさいよ。何がどうヤバいのよ」
「何がって、えっと……通路が! ズゥォォォォォッて感じで!」
「ズゥォォォ?」
宮本達也は三階で起きた事の説明をするが、西連寺マコトは首を傾げるばかりで、長年の付き合いがある斎藤響でさえも理解出来ずにいた。宮本達也は二人にもっと分かり易く説明しようとするが、その度に具体的な言葉は失われていき、遂には擬音だけを口にするようになってしまう。
一向に話が進まない事に斎藤響は痺れを切らし、話を仕切り直す為に宮本達也の腹にパンチを放った。良い感じにパンチが入ってしまい、宮本達也の目玉が飛び出る勢いで見開かれ、そのまま前のめりに倒れてしまう。
「ナイスパンチです。剣術だけでなく、武道も嗜んでおられるのですか?」
「中学の時に少しだけ荒れてて……というか、達也は結局何を伝えたかったんだろう?」
「おそらく、三階で怪現象が起きたのでしょう。そして兄様が私を呼ぶ為に宮本に伝言役を任せて逃がした」
「つまり?」
「遊びでは済まされないようですね。斎藤、宮本を連れて外に出ていなさい。私は兄様と合流します」
「分かりました! くれぐれも気を付けて! あなた達は、結婚を控えているんですから!」
斎藤響は宮本達也を背負い、階段を下りていった。西連寺マコトは二人を見送った後、三階へと上り始める。
三階まであと一段の所で、西連寺マコトは三階の異変に気付く。自身が着けている破邪の指輪を見ると、指輪は怪異の気配を察知して光を灯していた。西連寺マコトは指環から光の線を伸ばし、指輪が反応を示している場所に円を描かせる。
そうして印を付けた後、西連寺マコトが三階に足を踏み入れて印がある場所を見ると、床や壁や天井の至る所に印が存在していた。
「まるで罠ですね。それにおかしな事に、これらは同一の気配でありながら、一つ一つから感じられる気配に差がある。確か宮本は、通路がズゥォォォッと言いましたね?」
西連寺マコトは印の中で一番薄い気配のものを探し、その部分に手を当てた。すると、通路が伸びていき、外から見た構造上、あり得ない長さの通路に変貌した。
「なるほど、これは確かに……つまり、順番に辿っていけば、やがて怪異のもとへ辿り着くという訳ですね。兄様の姿が見えない事から察するに、兄様は既にそこへ」
三階の仕組みについて理解が出来た西連寺マコトは、反応が小さい順から構造の変化を起こしていく。
一方その頃、黒宮アキトは最珍露の主であるロン・リーフェンと戦っていた。圧倒的に体格差のある相手に、黒宮アキトは急所に狙いを集中して、パンチと蹴りを繰り出していく。
だが、そのどれもがロン・リーフェンには効いてはおらず、それどころか体を動かす事すら出来ていない。一度も反撃を受けていないにも関わらず、黒宮アキトには既に疲れが見え始めていた。
「でりゃぁぁぁぁ!!!」
体の回転を加えた肘打ちをミゾオチに当てるが、依然としてロン・リーフェンは不動のままであった。
「……終わりですか?」
「なっ!? くそっ!!!」
黒宮アキトは一度ロン・リーフェンから距離を取り、助走を付けた飛び蹴りを放った。蹴りはロン・リーフェンの顔面に当たるが、黒宮アキトの体が床に落下するだけであった。
「良い飛び蹴りですね、黒宮様」
「くっ……!? 反撃もせずに馬鹿にしやがって!」
「気に障りましたか? 申し訳ございません。それでは、遠慮なく」
ロン・リーフェンは黒宮アキトに頭を下げた後、まるで小石を蹴飛ばすように軽く蹴り、実際黒宮アキトの体は蹴飛ばされた小石のように吹き飛んでいった。吹き飛ばされた黒宮アキトは背中から床に落下し、全身から感じる圧迫感で呼吸が出来なくなってしまう。
「あ……ぐぁ……ぐぅあ!」
何とか呼吸が出来るようになり、荒れる呼吸を整えながら、黒宮アキトはロン・リーフェンを睨んだ。ロン・リーフェンが追撃を仕掛けてくる様子は無く、相変わらず優し気な表情を浮かべながら黒宮アキトを見つめていた。
「ハァ、ハァ……!」
「息を吹き返したようで何よりです、黒宮様」
「……へへ……見かけ倒しって訳じゃ、ないようだな……!」
「ん? 何故、笑っておられるのですか?」
「なんでだろうな……僕にも、よく分からない……ただ、懐かしい感じがするよ……!」
軽く蹴られただけで意識を失いかけた一撃で、ロン・リーフェンとは圧倒的な力の差がある事は明らかであった。
それなのに、黒宮アキトは高揚感を覚えていた。どうあっても敵わない強敵の存在に、黒宮アキトが失っていた過去の片鱗が蘇りつつあったのだ。
すると、黒宮アキトの姿に変化が起きていた。黒い髪が灰色に変色し、黒い瞳に赤が混じり、彩の無い顔つきが挑発的で自信に溢れた表情へと。元の面影が無い程に、黒宮アキトは別人と化していた。
そんな黒宮アキトの変貌に、ロン・リーフェンは表情を崩した。黒宮アキトを客人としての認識から、脅威となる敵として見始めていた。
「不思議な感じだ! まるで解放された気分だよ!」
「……」
「ハッ! ようやく表情を崩しやがったな! 今度は遠慮せずにオレをぶっ飛ばせよ? 手加減したら、石みてぇに動けずにいる馬鹿共ぶっ殺すからな!」
「……彼らは生と死の縛りから解放された身。そんな彼らに危害を加えようと言うのな―――」
ロン・リーフェンの話を遮るように、黒宮アキトは一瞬の隙に距離を詰めて、ロン・リーフェンのミゾオチに肘打ちを当てた。先程とは比べようにもならない程の威力に、ロン・リーフェンは苦悶の表情を浮かべながら後退りしてしまう。
「ぐはぁ……!?」
「クッハハハ! 効いた効いた! さぁ、第二ラウンドだ!」




