幼馴染
通学路を歩いていると、宮本達也が電柱にもたれかかっているのを目にした。しばらく様子を伺っていると、僕の存在に気付き、近付いてきた。
「アキト、おはよう! 早速だが、こいつを見てくれ!」
そう言って渡してきたのは、大きめの封筒であった。封筒を開けてみると、3枚の紙がホッチキスで留められており、その紙には朝ヶ丘の怪異についての情報が写真付きで記載されいた。
内容は【廃工場で目撃された白い幽霊】【決まった時刻に奇妙な物音が鳴る道】【深夜に現れる謎の老人】だ。
「それらが本当かは分からんが、目撃情報は多いし具体的だ。祓い士としての観点は?」
「そうだな……正直言って、なんとも言えない。というのも、祓い士は感覚で怪異を察知する。写真や字だけで断言する事は出来ない」
「そうか……じゃあ、調査だな!」
「ああ。この中だと、廃工場のやつが近いな。行くぞ」
「い、今から!?」
「そのつもりでこれを渡したんだろ?」
「いや、流石に学校には行こうぜ。怪異を解決する事も大事だが、俺達はまだ学生なんだ。怪異にだけ専念した所為で、将来お先真っ暗になるのは嫌だよ」
「分かった。じゃあ、放課後に行こう。日が暮れる前に調べておきたい」
紙を封筒の中に戻してカバンの中にしまい、僕らは学校へと向かった。放課後まで時間はあるし、【導具】を作っておこう。
時間は流れ、放課後。僕らは荷物をまとめ、予定していた廃工場に向かおうと教室から出た。
「げっ!?」
前方で何かを目にし、宮本達也は嫌な顔をしながら立ち止まった。視線を向けている場所に目を向けると、そこには髪を後ろで結ったジャージ姿の女子が待ち構えていた。女子だというのに僕よりも背が高く、170は余裕で超えている。スラッとしながらも、まくっている袖から見える腕の筋肉を見るに、何らかのスポーツに精を出しているようだ。
「お前の知り合いか?」
「斎藤響……俺の幼馴染だよ。以前からあいつが所属している剣道部に勧誘されててよ。俺は嫌なんだよ、汗水流すのは……無視して行こうぜ」
宮本達也は自身よりも背の低い僕の後ろに隠れながら、斎藤響の隣を通り過ぎようとする。当然上手くいかず、丁度隣に来たタイミングで、宮本達也は斎藤響に腕を掴まれた。
「どこ行くの?」
「……お前には関係ないだろ」
「関係なくない。私とあなたは幼馴染よ?」
「なら尚更だ。期待の新人エースのお前が、俺みたいな不良に構うんじゃねぇよ」
ほんの少しのやり取りだったが、空気がピリついていた。今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気の中、僕のポケットの中にある指輪が反応し出した。この反応は怪異を察知したものではなく、人の中に宿っている強い想いへの反応だ。
僕はポケットの中で指輪を中指に着け、想いを露わにする術を斎藤響にかけた。術をかけた瞬間、斎藤響はボロボロと涙を流し、宮本達也に抱き着いた。
「嫌だぁぁぁ!!! タッチャンと一緒に剣道するのー!!!」
「どうしたいきなり!?」
「嫌だ嫌だ嫌だー!!! 一緒がいい一緒がいい!!!」
「泣くな、抱き着くな!!! なんでいきなり―――って、アキト! お前の仕業か!」
宮本達也は頑張って離れようとするが、斎藤響の力強さに為す術が無い。これが斎藤響の本心なのか。さっきまでの凛々しい彼女とは違い、今は幼児退行してしまっている。あまりの豹変ぶりに、少し引いてしまった。初めてこの術を使ってみたが、人目がある場所では使わないようにしよう。
そういえば、この術の解除方法はどうすればいいんだっけ? まぁ、時間が経てば元の状態に戻るだろう。となれば、しばらく宮本達也は拘束されたままになるな。
「なぁアキト、早くこいつを元に戻してくれよ!?」
「悪い、やり方が分からん。という事で、しばらく付き合ってやってくれ」
「はぁ!?」
「ここまで豹変してしまうくらいにお前を想ってくれてるんだ。今日くらい付き合ってやれよ。僕は一人で大丈夫だからさ」
「俺が大丈夫じゃねぇよ! なぁ、おい! 本当に置いてかないでよぉぉぉ!!!」
断末魔にも聞こえる宮本達也の叫びを背にしながら、僕はその場を離れた。アクシデントではあったが、丁度いい。今日は調査だけで済ませる予定だが、それはこっちの都合だ。廃工場で目撃されている白い幽霊が好戦的なら、僕一人の方が対処しやすい。
それにしても、幼馴染か……あいつは、僕の事を諦めてくれたのだろうか。村を離れてから今まで何も手出ししてこないが、キッパリと諦めてくれたとは思えない。おそらく今も、何らかの方法で僕を連れ戻そうと画策しているだろう。
玄関に着き、靴を履き替えて外に出た。外は夕焼け空に変わっており、ゆっくりではあるが、夕陽が沈んで夜になろうとしている。
普段よりも足を速めながら校門前にまで歩くと、僕の前で一台の黒い車が停まった。すると、運転席から白い髪と髭を生やした老人が出てきて、何も言わずに後部座席のドアを開けた。
「……乗れ、と?」
「……」
僕が尋ねても、ドアを開けたまま黙っている老人。その表情からは怯えが見えた。
「……分かった」
嫌な予感がするが、ここで無視して行けば、罪悪感が芽生えてしまう。何をされるか、何処へ連れて行かれるかは分からないが、多分なんとかなるだろう。
警戒しながら後部座席に乗り込むと、右側の席には一人の女性が座っていた。外の様子を見ている所為で顔が見えないが、左手首に着けている花の腕輪を見て、彼女が誰なのか分かった。
「……はぁ。手下を使ってくると考えていたが、まさか姫様直々にとはね」
「嫌だわ、姫様だなんて。前みたいに呼んでくださいな。ねぇ、兄様」
彼女は僕の方へ振り向いて、顔を見せてきた。日本人形のように整った髪、赤紅に彩られた目元、気品のある顔立ち。
忘れるはずもない。彼女は、西連寺マコト。二つ歳の離れた僕の幼馴染であり、元許嫁だ。