襲い掛かる魔の手
西連寺マコトと斎藤響のペアは、1階にある調理場に訪れていた。調理場の広さは普通の飲食店やレストランよりも広く、隅から隅まで清潔に整えられている。一つ不審な点を挙げるならば、料理人が着ていたであろう服が床に落ちている事ぐらいだ。
最珍露に潜む怪異の手掛かりを二人は探そうとするが、西連寺マコトが黒宮アキトとの結婚を口から漏らした瞬間、理想の結婚生活についての話題で盛り上がってしまった。
「私、やっぱり兄様に西連寺家の当主となっていただきたいのです! 私はその隣で支え、時に背中を押してあげる光と影! そしていずれは子供を……きゃー! 今から楽しみですー!」
「良妻賢母ってやつですね。なんか面倒臭そう。自分の事もままならないのに、他人を完璧に支えるだなんて」
「何事も一貫性というものが必要なのですよ、斎藤。一度決めた道をブレずに進めば、必ずや望む果てへと辿り着きます。道中、きっと険しい坂道や突風が襲い掛かるでしょう。それでも前へ前へ進む事で、望みは叶うのです」
「一貫性か……それでいけば、マコトさんはずっとアキトにゾッコンですよね」
「それはもう! 当たり前に決まってるじゃありませんか! 他の有象無象と違い、兄様は唯一私が追い求めるお方! 近付こうと一歩踏み出せば、脱兎の如く私から離れ去っていく! 追えば追う程に兄様への気持ちは昂り……あはぁぁぁ!」
「執念の擬人化だ、この人……でも、だからこそ。本当におめでとうございます。ようやく、長年の恋心が報われたんですから」
「……実は、少し不安がありまして」
「不安?」
「兄様は、どうして私と結婚しようと思ったのでしょう? キッカケも何も無しに決められる事でもないでしょうし……」
さっきまでの有頂天な様子から反転し、真剣な表情で考え込む西連寺マコト。その様子を目にした斎藤響は焦っていた。斎藤響自身も、何故黒宮アキトが唐突に西連寺マコトにプロポーズをしたのかは分からない。
だからこそ、焦っていた。真相に至る情報が何も無い中、どれだけ勘を働かせても真相には辿り着けない。それどころか、間違った解釈で真相を作り出してしまう。西連寺マコトが考えに考えた結果、最悪な真相を作り出してしまえば、暴走しかねない。
「兄様は性に無頓着ですし、地位やお金にも興味を示さない……まさか、第三者? 兄様を利用した策で、何かを起こそうと?」
(ま、まずい! 私が思っていたよりも絶望的な真相を作ろうとしてる! なんとか別な話題に持っていかないと、腹いせに私が殺される!)
斎藤響は頭をフル回転させて話題を考えながら、調理場にある物で西連寺マコトが興味を示しそうな物を探した。
そして、斎藤響は調理場にある大型冷蔵庫に目をつけた。冷蔵庫に目をつけた理由は、見た事も無い大きさの冷蔵庫が気になったからだ。つまり、西連寺マコトが興味を示す物ではなく、自分が興味を示した物である。
「マ、マコトさん! この冷蔵庫大きいですよ! こんなの普通売って―――」
斎藤響が冷蔵庫の扉をほんの少し開けた瞬間、その隙間からタコの足のような触手が伸びてきた。反射神経の良い斎藤響は、触手が自身に向かってくる事を目にした瞬間、すぐに後ろへ下がろうとする。
しかし、目で捉えてから行動に移るのは、あまりにも悠長であった。触手は手を広げるように広がり、斎藤響を飲み込もうとしてくる。
目の前に広がる触手が作り出す闇に視界を塞がれたその時、斎藤響の体に緑の光を放つ線が巻き付き、後方へ一気に引き寄せられていった。間一髪の所で触手の魔の手から逃れた斎藤響。
すると、斎藤響の体に巻き付いていた線が緩み、西連寺マコトの破邪の指輪へと戻っていった。
「駄目ですよ、斎藤。怪異が潜む場所で、目で捉えてから行動に移るだなんて。常に周囲を警戒しながら、事前に行動を考えておかないと」
「お、憶えておきます……あと、助けてくれてありがとうございます」
「百点満点の返事が出来て偉いですね。さて、一体アレはどういった食材なのでしょう?」
冷蔵庫の扉の隙間から、まるで微生物のような見た目をした怪異が現れた。床を這いずる不快な音や、絶え間なく体から液体を噴き出している。怪異の体から噴き出た液体が床やテーブルに付着すると、付着した部分が急激に劣化した。
「見た目もさることながら、気持ちの悪い物まで吐き出しますね」
気味の悪い怪異の姿に、西連寺マコトは鼻で笑いながら、斎藤響を自分の背に隠した。怪異は体をプルプルと震わせ、体の一部に穴を開いて西連寺マコトに液体を放とうとする。
だが、先手は既に西連寺マコトが打っていた。指輪から床に伸ばしていた線で怪異を縛り上げて、怪異の体に開かれていた穴を塞ぐ。
すると、西連寺マコトは術を使用しながらも、指輪に取り込んでいた傘を取り出し、斎藤響に差し出す。
「斎藤、傘を構えてくれる?」
「え? あ、はい!」
斎藤響が傘を前に構えて開くと、西連寺マコトは怪異の体を縛っていた線を絞め上げ、怪異の体を細切れにする。斎藤響が飛び散ってきた怪異の肉片を傘で防ぐと、傘に付着した怪異の肉片に人の顔が浮かび上がった。
「うぇ、気持ち悪……」
「傘は捨てていきましょう。もう使えませんし、使いたくありません」
「そうですね……それにしても、あれは一体何だったんだろう? あれがこの旅館に潜む怪異?」
「にしては弱すぎます。恐らくは、手下でしょう。稀に手下を作り出して扱う怪異がいるんですよ。そういった怪異は、祓うのに一苦労します」
「……って事は、結構強敵?」
「普通の祓い士なら。ですが、私は家の名を持つ祓い士です。しかし問題は力ではなく、その数にあります。手下を使って隠れている本体の怪異を見つけ出す事は困難。そして本体が生きている限り、手下は際限なく作り続けられる。面倒臭い相手です」
「作り続けられる……じゃあ、こんな気味の悪い手下がそこら中に?」
「全部が全部こんな感じとは言えませんが、そこら中にというのはその通りですね」
「うわぁ、帰りたい……」
「そう言わず。兄様にも報告しておきましょう。既に気付いているかもしれませんけどね」
「あー、はいはい。え~っと、達也の番号は……これだ」
斎藤響は宮本達也に電話を掛けるが、いくら待っても電話に出る気配が無い。
「……出ない。あいつ、マナーモードにしてるのかな?」
「もしくは、あちらでも怪異に遭遇しているかもしれませんね」
「っ!? じゃあ―――」
「ご安心を。あっちには兄様がついております。この程度の相手でしたら、問題はありません」
「そう、ですか……」
若干の不安を残しつつも、黒宮アキトが宮本達也を守ってくれる事を信じ、斎藤響は電話を切った。




