盃を交わす
会話多めです
無事に霊を祓い終えた後、僕らは道を歩いていた時に見つけたラーメン屋に入った。お昼時を過ぎていたので、客は僕らしかおらず、ゆっくりと昼飯を食べれそうだ。
「さーて、何食べようかな~!」
浮かれた様子でメニュー表を取ろうとする宮本達也。僕はその手を叩き、メニュー表を取り上げる。
「バカたれ。奢られる身分でメニューを選ぶな。決めるのは僕だ。え~と……おじさん、ラーメン二つ!」
メニュー表を戻し、水を飲みながら宮本達也の方に目を向けた。宮本達也はソワソワと体を揺らしながら、僕に何か聞きたそうに視線を合わせては外すを繰り返している。
「……なんだよ」
「え!? あ、いや……」
「言いたい事があるならハッキリ言え。不良みたいな見た目の癖によ」
「き、金髪なのも目付きが悪いのも、全部生まれつきだ! お前こそ、ひ弱な見た目の癖に高圧的だな」
「下に見られるのが嫌いなだけだ。見た目だけで弱いと決めつける奴は馬鹿だよ」
「確かにな、実感してるよ。なぁ、何で今まで隠してたんだ? 祓い士の事もそうだし、そんな風に高圧的な事も」
「僕は幽霊が見えて、非常に暴力的ですってか? 実際言ってみろ、白い目で見られるだけだよ」
「俺は今のお前が好きだ。ズバズバと本心を言ってくれて気が楽だよ」
「男に興味は無い。他をあたれ」
「そっちの意味じゃねぇよ! 友達としてだよ!」
なるほど、不良じゃなくて友達量産機の方だったか。こういう奴は退屈という言葉を知らないだろうな。暇な時は誰かと遊んで、時間が溶けるように流れて、解散した後もメールやら何やらで連絡を取り合う。正直、羨ましいよ。
「でも実際さ、祓い士の祓う場面を初めて見たぜ! 何か指輪みたいな物を使ってたな?」
「あー、破邪の指輪か。コイツだろ?」
僕はポケットから指輪を取り出し、コイントスのように指で弾き飛ばした。宮本達也は慌てた様子で上から落ちてくる指輪を両手でキャッチし、安堵の溜め息を吐いた。
「あっっっぶね!? おい! これこんな雑に扱う物じゃないだろ!?」
「安心しろ。そう簡単に壊れやしないよ」
「そういう意味じゃ……なんか、宝石みたいな物が嵌め込まれてるな?」
「祓い士はその宝石に念を込めて術を使う。奇術って奴だ。読んで字のごとく、奇妙な術だ」
「具体的には?」
「そうだな……僕は出来ないが、そいつに魂を一時的に保管して、別の肉体に魂を移す事が出来る祓い士もいる。肉体は人でも動物でも、生きてても死んでても関係ない。器として機能するなら何でも移せる」
「はぇ~、まるで仙人だ」
「僕ら祓い士は、幼少期から訓練を受ける。肉体と精神を鍛え、戦う相手を学習し、戦い方を体に叩き込む。血と傷の人生さ」
「お前も、その訓練を?」
「さぁ、どうだろうな……僕は幼少期の記憶を失っているから分からないが、この体はしっかりと祓い士になっていたよ」
「……なんか、可哀想だな。自分で将来を決められないなんて……これ、返すよ」
宮本達也から指輪を受け取り、ポケットにしまう。可哀想という感想はもっともだ。あの村で家柄がある子供は祓い士になる事が決定されていて、親の愛情を知る前に血の味を憶える事になる。必ず祓い士になれる訳じゃなく、位の高い家の子供でも、訓練中に死ぬ事は珍しくない。仮に祓い士になれたとしても、異形との戦いで死ぬか、精神を蝕まれて廃人になるかのどちらかだ。
だから僕は村を離れた。人か判別出来ない死体や、死んだように生きている奴らを見るのが嫌になったんだ。親が既に死んでいたから、僕を引き留めようとする奴は少なかった。幸運だったよ。
村にいた時の事を思い出していると、頼んでいたラーメンが運ばれてきた。どんぶりから香る良い匂いに、あの村の事を思い出してしまったのが馬鹿らしくなった。過去は過去。今は日常的に生き死にが掛かっている訳じゃなく、味のある食べ物を食べられる。
「活動しようぜ!」
「……は?」
レンゲに溜めたスープを口に運ぶ途中で、宮本達也が突拍子も無く提案してきた。
「何言ってんだお前?」
「俺達で怪異を解決する活動さ! 俺が情報を集め、お前が解決する!」
「待て待て、なんでそんな話になる?」
「お前の過去を聞いて、祓い士ってのがどんなのか知った……だが、お前は俺を救ってくれた! あの時、俺は本当に嬉しかったんだ! 普通の人間じゃ解決出来ない事をやってのけた! 俺のように苦しんでいる奴らはきっと大勢いる! 俺達で救おうぜ!」
「……フフフ……アハハ、アッハハハハ!」
「……やっぱ、おかしいよな。急にこんな事言ってさ」
「いや全く、悪くない誘いだったよ! 僕を使ってヒーローごっこをしようだなんてさ!」
「ごっこ……いや、俺は!」
「だが、本当に悪くない話だ」
「……え?」
別にヒーローになるつもりも、なりたいとも思わない。だが、こんな風に意気揚々と話されたら、嫌でも惹かれる。祓い士は異形を祓い、怪異を解決する為だけに生きる。その過程で犠牲者が出ようが、思う事は何も無い。
僕はそれが嫌で村を離れたんだ。だから、奴らとは反対の事をしよう。犠牲者が出ないように、異形を祓い、怪異を解決する。そうして僕は、村の奴らとは違うと証明出来る。
「いつから始める?」
「それって……活動してくれるって事か!?」
「そうだよ。で? いつからやる?」
「ハ、ハハッ! そうこなくっちゃな! 今すぐ……と言いたいが、怪異情報が品切れでな。今日、家に帰ってからすぐに仕入れとくよ!」
「そうか。それじゃ、まずは腹ごしらえといこう」
「おうよ!」
宮本達也は勢いよく麺を啜ってみせたが、すぐにむせた。落ち着きの無い所が不安要素だが、積極性があるのは良い。それに、こいつといると安心できる。壁に寄りかかっている時とは違う安心感だ。こいつのような明るい奴が上にいたら、村の連中も少しは変わってたかもな。
本当に羨ましいよ、お前が。
「そうだ。お前、名前は?」
「あ?」
「考えてみたら、俺達って今日が初めましてみたいなもんだろ? これから一緒にやってくんだ。自己紹介ぐらいしとかないとな。俺は宮本達也。怪異を調べる事が趣味だ」
「フッ……黒宮アキト。怪異を祓う事が趣味だ。これからよろしく、助手君」
「おう! よろしくな、相棒!」
僕らは水が入ったコップを手に取って乾杯を交わし、一気に飲み干した。