気付き
黒宮アキトが迷いの森を抜けた先で変死体を発見した頃、宮本達也と斎藤響は黄金に輝く稲を眺めながら、黒宮アキトの帰還を待っていた。
「アキトったら、また私達に何も言わずに……!」
「まあまあ! 俺達が危険な目に遭わない為のアキトなりの配慮だろ?」
「それにしてもよ! これじゃあまるで、私達がお荷物みたいじゃない……!」
「実際俺達って、お荷物だろ。いくら俺が情報を持っていても、いくらお前の剣術が凄くても、怪異の前じゃ何の意味も無い。怪異と戦えるのは、祓い士であるアキトだけなんだからな」
「……悔しいよ」
「昔からお前は負けず嫌いだもんな。憶えてるか? 俺がまだ剣道をやってた時、お前から一本取っただけでムキになって、俺が泣いて許しを請うまで竹刀を打ち続けてきた事を」
「だって悔しいじゃない! 今までずっと努力してきたのに、そこまで熱量の無いあんたに負けたのよ!? センスだけで負けた私の気持ちが分かる!?」
「にしてもやり過ぎろ……」
二人が昔話に花開かせていると、佐奈が二人のもとへやってきた。佐奈は集落を出るや否や、着けていた仮面を外し、宮本達也の隣に立つ。同性である斎藤響の隣ではなく、異性である宮本達也の隣に立ったのは、単純に居心地が良かったからである。
宮本達也の隣を選んだ佐奈に、斎藤響は一瞬眉をひそめるが、悲し気に稲を見つめる彼女の瞳を見て、眉を戻した。
「……お二方は、この稲がお好きですか?」
「え?」
「俺は好きですよ! いつも食べてる米って、元はこんな感じなんだなって!」
「そういう事じゃないでしょ……えっと、佐奈さん? 何か、あったんですか?」
「……私は、ずっと仮面を着けて過ごしてきました。私情を押し殺し、感情を押し殺し、ただただ日々を過ごしてきました。それに比べて、お二方は私情をさらけ出し、感情をぶつけ合って……とても、幸せに見えました」
「いやいや! そんな―――」
「達也は黙ってて!」
「っ!? ご、ごめんなさい……」
斎藤響は宮本達也に怒号を飛ばして黙らせた。佐奈が誰にも打ち明けてこなかった想いを邪魔されない為に。掛け軸の世界に閉じ込められた時に、感情の赴くままに語った自身の想いを黒宮アキトが受け止めてくれた時のように、黙って聞くべきだと判断したからだ。
「実はお二方が眠っている間に、仮面を外したまま外に出たんです。ボロボロの建物、使い古された道具、日の出……今まで見てきたはずのそれらが、まるで初めて見たように思えました。そしたら、何故でしょうね……途方も無く、悲しくなったんです。今まで私は、何も知らずに生きてきたんだなって」
仮面を外して見た世界の美しさ。それに気付かずに生きてきた今までの人生。その二つの気付きに、佐奈の目から一筋の涙が流れた。その涙を見た宮本達也と斎藤響は優しく微笑んだ。
佐奈が抱えていた想いを受け止めていた二人であったが、そんな二人が思わず驚愕するような行動を佐奈は起こした。
流れていた涙が止まる程に目を見開くと、目の前にある稲を引っこ抜き、それを地面に叩きつけた挙句に足で踏みにじった。
「「……え?……えぇぇぇ!?」」
「ハ、ハハハハ! これが! これの所為で! こんな物の所為で私は気付けなかった! こんな物、あっちゃいけないんだ! アッハハハ!!!」
狂気の沙汰とも言える佐奈の行動に、二人は驚いたまま立ち尽くしてた。二人が驚いている間にも、佐奈は次々と稲を引っこ抜いていき、足で踏みにじっていく。
狂ったように稲を踏み潰していく佐奈だったが、まるで憑き物が祓われたかのように、その表情は晴れ渡っていた。
「何がイナミ様への神聖な捧げ物だ! 雑草と何ら変わりは無いじゃないか!」
「え……あ、えっと……さ、佐奈、さ~ん?」
「どうですお二方! お二方も一緒に!」
「え!? いや、私は……」
「……よっしゃ! 俺達もやるぜ!」
「はぁ!?」
「この稲が俺達の友達の人生を縛ってたんだぜ? 友達として許せねぇだろ! おらぁ! 神様だろうが仏様だろうが知ったこっちゃねぇぞ!!!」
そう言って、宮本達也は意気揚々と稲を引っこ抜いていき、地面の上で束になった稲にエルボードロップを喰らわせた。それを見た斎藤響は目を輝かせ、宮本達也の真似をし始める。
「……はぁ。佐奈さんが私のライバルになるかと思ってたけど……ただ単に、馬鹿が増えただけだったわ……まぁ、たまには羽目を外さないと、ね!!!」
楽しそうに稲を滅茶苦茶にしている二人の様子を見ていた斎藤響は、稲を引っこ抜こうとしていた宮本達也の背中を思いっきり蹴って、稲の上へ蹴飛ばした。それを見てしまった佐奈は、斎藤響の真似をし始めてしまい、宮本達也は二人から交互に稲の上へと蹴飛ばされ続けてしまう。
笑い声を上げながら、楽しそうに稲を滅茶苦茶にしていく三人。しかし、その騒ぎは集落にまで聞こえていた。
「何をやっとるんじゃ!!!」
響き渡る怒号。その怒号に三人が目を向けると、村長を中心に、集落にいた人達が全員集まっていた。全員敵意のある目をしており、その手には武器が握られている。
「貴様ら、イナミ様に捧げる稲を滅茶苦茶にしおって!!! 祓い士様の付き人と言えども、見過ごせぬ!!!」
「あ、いや、これには事情が~」
「お待ちください!」
宮本達也が言い訳をしようとした矢先、佐奈は盾になるように腕を広げながら二人の前に立つ。
「これは私が始めた事! この二人は関係ない!」
「き、貴様!!! 何故仮面を外しているのだ!!! 決して外してはならぬと言ったはずじゃ!!!」
「気付きを得たからです! みんなも聞いて、そして気付いて! 私達はいつまでこの生活を続けるの!? 神様を信仰する事は何も悪くない! でも、自分の人生を無くしてまでする事じゃない! まだ生きている私達は、自由であるべきなのよ!」
佐奈の訴えに村長は鼻で笑うが、村人の何人かはハッと気付くような表情を浮かべた。そして自らの意思で佐奈の味方をしようと前に出た瞬間、他の村人に背中から襲われてしまう。
「なっ!?」
「おい、てめぇら!!! そいつらは同じ村で生活してきた仲間だろ!!!
「ふんっ! 信仰心の無い人間など、仲間ではないわい。我々はイナミ様に絶対の信仰を捧げておるのだ!!!」
「……今、ハッキリと分かった」
斎藤響は佐奈の肩に手を置いて後ろに下がらせると、鬼のような表情で村長と村人達を睨んだ。
「あんたらは、人間じゃない。考える事も生きる事も放棄した、ただのクズだ……!!!」
「っ!? な、なにをボケッと突っ立っとるんじゃ! 相手は女二人に男一人! 祓い士様がいない今、多勢に無勢よ! やれ! 殺してしまえぇぇぇ!!!」
村長の指示に、村人達は一斉に三人へ襲い掛かってくる。迫ってくる村人達を斎藤響は硬く握りしめた拳を構えて待ち構えた。
先頭で走って来た村人が斎藤響に襲い掛かろうとしたその時、どこからともなく刀が飛んでくる。刀は鞘にしまわれているが、その威力は凄まじく、脇腹に直撃した村人の体は【く】の字に折れ曲がっていた。
その場にいる全員が驚いていると、刀は再び飛んでいき、その行き先を全員が目で追っていく。その先で刀を掴んだ人物は、黒宮アキトであった。
「僕の友達を殺そうとしたな……訳を聞かせてもらおうか村長。いや、クソババア……!」




