初めての敗北
囲炉裏を中心に、黒宮アキトと宮本達也と斎藤響、そして彼らの世話役である佐奈が座っていた。その眼前にあるのは、黒宮アキトが指輪の中に保管していたカップ麺。カップ麺には既にお湯が注がれており、後は3分待つのみである。
しかし、問題が一つ存在していた。ここ田神村では時間の感覚がおかしくなっており、自分が数えている時間と、実際に流れた時間が異なる。その為、3分数えたつもりでも、麺が伸び切ってしまう。
そんな重大な事に気付いたのは、四人がカップ麺にお湯を注ぎ終えた頃であった。
「……アキト、そろそろいいんじゃないか?」
先に仕掛けたのは宮本達也であった。宮本達也は自分以外の誰かがカップ麺の蓋を開けた時に、中の様子を伺おうと企んだ。知り合ったばかりの佐奈には酷い事は出来ず、かといって斎藤響で試そうとすれば半殺しにされる。
候補が潰れていく中、宮本達也は消去法で黒宮アキトに狙いを定めた。消去法ではあるが、黒宮アキトは俗世に詳しくなく、同性という最高のアドバンテージがある。女の涙には罪悪感があるが、男ならば罪悪感など感じるはずもない、と。
すると、黒宮アキトは何の警戒もせずにカップ麺の蓋に手を伸ばしていく。その手が蓋に近付くにつれ、宮本達也の目は見開かれていく。そして、黒宮アキトの手が蓋に触れ、宮本達也はニヤリと笑った。
だがその時、斎藤響が黒宮アキトの腕を掴んだ。
「待った。途中で蓋を開けたら駄目よ、アキト」
「ほう、そうなんだな」
「意外と繊細な食べ物なのですね?」
「なっ!?」
斎藤響の妨害によって、宮本達也の策は失敗に終わった。宮本達也が斎藤響の方へ視線を向けると、斎藤響は宮本達也を見て、鼻で笑った。
(俺の策に気付いていた!? やるな、響!)
(私は長年あんたを観察していた。あんたの考えはお見通しよ!)
長い年月を共にしてきた宮本達也と斎藤響。その長年の仲が、ここにきて仇となった。策を潰された宮本達也はおろか、その策を潰した斎藤響も容易に仕掛けられない。
だが、二人は知る由もない。本当に警戒するべきは、黒宮アキトだという事に。
(早速仕掛けてきたな。悪いが僕はカップ麺を既に体験済みだ。そして今回の攻略方法も既に掴んでいる)
黒宮アキトが考えた策。それは、指輪の中にいる妖刀に数を数えてもらう事であった。田神村にいる以上、時間の感覚がおかしくなる影響を受ける。
しかし、指輪の中は別だ。指輪の中は時間が止まった世界ともいえる空間となっている。熱いスープだろうが釣りたての魚だろうが、指輪の中に保管してしまえば、状態は保管する直前のまま。
そして、その空間には意思を持つ妖刀が保管されている。妖刀とのやり取りも、実際に声に出す必要はなく、心の中で会話が出来る。
(虚しいな、二人共。どれだけ策を練ろうが、正確な時間を数えるという一番重要な事は解決出来ない。お互いの足を引っ張りあうだけだ。なに心配するな。多少味が損なわれるだけで食べられるさ。まぁ、僕は正確な時間で数えた正常なカップ麺を食すがな)
黒宮アキトは無表情を作ったまま、お互いを警戒しあう宮本達也と斎藤響に対して、心の中でほくそ笑んでいた。
(さて、どれくらい経っただろうか? おい、今何分何秒だ?)
黒宮アキトは指輪の中にいる妖刀に時間を尋ねるが、返事が無い。
(おい! 聞いているのか! 今は何分何秒だ!)
(……知らんよ、そんな事)
(なに!?)
(我が何故時間を数えねばならんのだ? 我はお主の刀。ただそれだけの存在だ。まぁ、なんだ? 今すぐ我を扱うと言うなら? 数えてやってもいいが?)
(き、貴様ー!!!)
田神村の影響を受けない指輪の中で妖刀に時間を数えてもらう黒宮アキトの策は見事なものであった。
しかし、肝心の信頼関係が全くといっていい程に構築されていなかった。
「……達也。そろそろじゃないか?」
「いやいや、まだだろ? 気になるなら、自分で確かめてみろよ」
「そう言って、他人に確認させようとしてるんでしょう?」
「そんなまさか! 俺達は怪異探偵という活動を共にする仲間! そんな試すような事する訳ないだろ~!」
「そうだよね? まさかしないわよね~! アハハハ!」
「そうだ。僕らは仲間だ。ハハハハ」
「そうだろ? まったく、疑われて傷付いたぜ! アッハハハ!」
(((さっさと蓋開けろよ!!! この嘘つき共が!!!)))
もはやここに友情など無い。佐奈を除いた全員が足を引っ張り合う泥沼の戦場だ。
「えっと、確か3分? でしたよね?」
拮抗状態の中、唐突に佐奈が動きを見せた。佐奈はワクワクと胸を躍らせながら、カップ麺の蓋に手を伸ばす。
(ここに来て新手だと!? しかも、知り合って間もない彼女が仕掛ける!?)
(いや、佐奈さんが人を騙すようには見えない!)
(……そうか。彼女は田神村の住人。この時間の感覚に適応しているはずだ! ならば)
(((今が3分!!!)))
先に手を出した佐奈よりも早くに、三人はカップ麺の蓋を開き、口で割った割り箸をカップ麺に突っ込んだ。中にある麺を豪快に掴み、大口を開けて一気に口の中へと啜っていく。醤油味の濃厚さと、微かに効いた胡椒のアクセント。
そして、太くてモニョモニョとした麺の食感。三人は口の中に麺を溜め込んだまま、天井を見上げた。
(((全然3分じゃねぇぇぇ……!!!)))
怪異探偵、初めての敗北。三人は口の中に溜め込んでしまった伸びた麺を死んだ目で噛み、敗北と共に飲み込んだ。
そんな三人とは裏腹に、佐奈は初めてのカップ麺の味に満面の笑みを浮かべながら食べ進めていた。
「んん~! ンフフフ!」




