森の中に潜む気配
「着いたな」
「着いた……けどよ……」
「ここって……」
三人が降りたのは無人駅と思わしき場所であった。駅と思われるような建物やベンチは無く、中央に鎮座している時刻表だけが、ここが駅だと証明出来る唯一の存在であった。その時刻表すら、もう何十年も使われていない様子である。
まるで自分達がいた世界とは違う世界へと来たような異様な雰囲気に、宮本達也と斎藤響は戸惑いを隠せずにいた。そんな二人に構う事なく、黒宮アキトは先へ進んでいく。
「あ、おい! アキト! お前がいなきゃ心細いだろうが!」
「はぁ……いい加減慣れてくれよ、二人共」
「慣れてくれ、じゃねぇよ! 毎回言ってるが、何かフォローというか、気遣いみたいな事は出来ないのか!?」
「出来ん」
「……ねぇ、ここまで駅が老朽化しているのなら、田神村までの道を知ってる人はおろか、この辺りに人が住んでいるのかしら?」
斎藤響が言った通り、駅を出て見えた景色は、緑一色の森であった。地面に生えている雑草は足首まで伸びており、人が出入りしたような痕跡は無い。
「本当に、村なんてあるの?」
「達也、お前の事だ。何か調べてきているだろ」
「俺の事どんだけ信頼してるんだよ……まぁ、調べはついてるけどな。田神村ってのは、インターネットや現代の地図には載っていない村だ。だが昔の地図なら話は別だ。集めてた地図の中に田神村の位置が載っているのを印刷しておいた」
そう言って、宮本達也は印刷した地図を黒宮アキトに渡した。地図には予め田神村へと続く線が引かれているが、かなり大雑把な道筋であった。
「……あんたさ、これ本当に合ってる? 適当に線引いただけじゃない?」
「響……昔の地図ってのは、今みたいな分かり易い地図とは違うんだぞ……むしろ、短い時間で見つけた事を褒めてくれよ……!」
「ご、ごめん……」
「流石だ、達也。これからも頼りにするよ」
「っ!? そ、そうかなぁ!? そんなに言われちゃったら俺頑張っちゃうな~! アッハハハ!」
「……あんた、簡単に詐欺に引っかかりそうね」
黒宮アキトを先頭に、三人は森の中へと入り込んでいく。森の中は進めば進む程に、自然な姿を強調していき、入り口の時は足首までだった雑草が膝にまで伸びていた。木々によって日光は遮られ、周囲からは奇怪な鳴き声が聞こえてくる。
そして、変化していたのは環境だけでなく、三人の感覚も変化しつつあった。初めは時間、次に距離感と変わっていき、僅か数分程歩いただけだというのに、もう何日も歩いているような感覚を三人は覚えていた。
「ハァ、ハァ……ねぇ、私達って、どれくらい歩いたんだろ……?」
「わ、分かんねぇ……とにかく、ずっと歩いている気が、する……」
「……妙だな」
感覚の変化に、黒宮アキトは違和感を持った。黒宮アキトは、この森に入った時から歩数を数えていた。数えていたと言っても、前面にではなく、頭の片隅で数えている程度に。
しかし、ある時を境に、自身が数えていた歩数が急に跳ね上がっていた。多少のズレならまだしも、山を登り始めたかと思えば既に登頂していたという程、あり得ないズレ。
そんな違和感を黒宮アキトが抱いていると、怪異の気配を察知した。気配は周囲の木々のどこかからではあるが、正確な位置は把握出来ない。
「……二人共」
「「なに?」」
「走れ!」
突然と走り出した黒宮アキトに遅れて二人は走り出す。黒宮アキトは走りながら、周囲の気配を探っていた。第六感を研ぎ澄まして探っていくと、自分達の他に、同じ方向、同じ速度で移動している気配を察知する。
「そこか!!!」
黒宮アキトは指輪の力を指先に溜め、気配がする方向へ放った。放たれた術が怪異に当たったのか、人とも動物とも違う、痛みを帯びた悍ましい叫び声が響き渡ってきた。
「やったか!?」
「いや、まだ祓う為の手順を踏めていない! 足止め程度だ! この隙に森を抜けるぞ!」
「抜けるって、まだまだ奥があるわよ!?」
「上手くいくさ!」
「何が!?」
黒宮アキトは走りながら右手を前に出し、未だ成功出来ていない術を発動しようとする。今までは危機感の無い環境で、自分一人だけで練習していた。
しかし、今回は怪異に追われている状況。そして後ろには、友達である宮本達也と斎藤響がいる。失敗すれば、その後の術の反動で黒宮アキトは意識を失ってしまう。
その危機的状況が功を奏したのか、術は発動し、三人の前に突如として外の景色が見える空間の穴が開いた。三人が空間の穴に飛び込むと、黒宮アキトは急いで空間の穴を閉じた。
「……やっと、成功した……ハハ……」
「……ねぇ、ここって」
「ああ、間違いない。ここが、俺達が目指していた田神村だ」
空間の穴を通じて辿り着いた場所には、辺り一面に広がる広大な田んぼがあった。どの田んぼの稲も、生き生きと力強く育っている。
「すっげぇ! こんなに広い田んぼ、見た事ねぇよ!」
「私達が住んでる町の人全員分あるんじゃないかしら……!」
「なぁアキト! お前もすげぇと思わねぇか!?……アキト?」
二人が黒宮アキトの方へ視線を向けると、黒宮アキトは術の反動で意識を失っていた。
「そっか。お前も必死だったんだな……お疲れさん」
「……ねぇ、達也」
「ん?」
「祓い士って、術を使うと意識を失うの?」
「あー、どうだろうな。祓い士って結構謎に包まれてて、存在だけが噂されてる程度なんだ。でも、さっきみたいな凄い術を使えば、みんなこうなるんじゃないか? だから体術も鍛えているんだろうし」
「そっか……」
「あーあ……アキト見てたら、俺も眠くなっちまった。ここでちょっと休憩しようぜ」
「うん。どっちにしろ、アキトがいないと無闇に動けないしね」
二人は黒宮アキトを真ん中に、地面に寝そべった。ゆっくりと雲が動いているのを見ていると、その穏やかさに安心感を覚え、二人は目を閉じて眠りに落ちた。