日常から非日常へ
あの日から1週間が経ち、遂にこの日がきてしまった。今日から宮本達也と斎藤響、そして僕が西連寺家の請負人となる。期間ギリギリまで修業を行ったお陰で、並の祓い士程度の力はついた。1週間という短い期間内で成し遂げられたのは、よく出来た方だろう。
それにしても、まさか学校の体育館で式を行うとはな。てっきり、僕の家でひっそりと行われると思っていたが、西連寺家は学校とも繋がりがあるようだ。
体育館に着くと、既に僕と同じく請負人となる宮本達也と斎藤響が来ており、壇上には西連寺マコトを中心とした西連寺家の祓い士が揃っていた。
「や、やっと来た……!」
不安気な表情を浮かべている宮本達也と斎藤響が、小走りで僕の方へと近付いてきた。
「どうした……あぁ、そうか。悪かったな、ギリギリまで修業していたから遅れてしまったよ」
「そういう事じゃ―――いや、そういう事でもあるのか?」
「あ?」
「達也の代わりに私が言うわ。ねぇ、どうなっちゃってるの? 壇上にいるあいつらが学校に来た途端、先生も含めたみんなが帰っちゃったのよ」
「人払いだろう。この学校と西連寺家が繋がっていると考えていい」
「学校が、生徒を見捨てるの?」
「上の連中には逆らえないものさ。さぁ、聞く事聞いて、さっさとこの式を終わらせよう」
二人は未だ不安気な表情を浮かべたままであったが、納得してくれたようだ。不安になるのも分かる。西連寺マコトだけでいいものを奴ら、ちゃんとしてきやがった。
僕らは横に並ぶと、壇上に立っていた西連寺マコトが一歩前に出て、式を始めた。
「それでは、これより請負人としての式を始める。代表者、壇上へ」
僕は率先して、壇上へと上がっていく。壇上で西連寺マコトと顔を合わせると、普段見せてくるふざけた様子の彼女とは違い、西連寺家の一人娘として相応しい威厳のある表情のまま続けた。
「黒宮アキト。そして宮本達也、斎藤響。あなた方は我が西連寺家の請負人となる。首を差し出しなさい」
僕はその場に跪き、シャツの襟を引っ張って首筋を見せた。西連寺マコトは、露わとなった僕の首筋に右手で触れ、請負人の刻印を焼き入れた。一瞬だけ激痛が走るが、他の連中が入れるよりかはマシだ。
「……黒宮アキト。これであなたは、西連寺家の物となりました。例えどんな事情があれど、その烙印がある限り、西連寺家の命令に従いなさい」
「……」
「返事は?」
「……従い、ます……!」
覚悟はしていたが、実際に受けてみると、やはり悔しい。誰かの下につく事もそうだが、これで村との関係を断ち切る事が出来なくなった。自業自得ではあるが、やはり嫌なものは嫌だな。
「よろしい。それでは、これにて請負人の式を閉会する」
西連寺マコトが宣言すると、壇上にいた祓い士達は術で村へと転移していった。去る間際、全員が僕の事を睨んでいた気がするが……気にしない方がいいか。
体育館に見知った人物だけが残ると、西連寺マコトは自身の肩を揉みながら、深く溜め息を吐いた。
「はぁ……堅苦しくて肩がこりましたよ、兄様」
「僕もだよ。連中、何の為に?」
「兄様の現状を伺いに。好かれておられますね」
「どうだか。その逆が気がするんだけどな」
「フフ、大変ですね。次期当主になる身というのは」
「だからならないって」
西連寺マコトと共に壇上から下りると、一部始終を見ていた宮本達也と斎藤響が目を大きく見開いて硬直していた。
「どうした? そんな信じられないものを見たような表情で」
「え、いや……さっきまであそこにいた人達って、どこ行っちゃったの……?」
「村に帰ったんだよ。転移術と言って、予めマークしていた場所に移動できる。瞬間移動みたいなものだよ」
「瞬間移動……」
「な、なぁアキト!? お前、首大丈夫なのか!?」
「あぁ、大丈夫だ。下手な祓い士がやると死ぬほど痛いが、やってくれたのが腕の良い奴だったからな」
「やだ、兄様ったら! そんなに褒めても、お嫁さんになる事くらいしか出来ませんよ!」
「ならんでいい。それじゃ、式も終わった事だし、帰るとするか。達也、響」
「「……」」
なんだ? なんで二人共、驚いた表情をしているんだ? 僕、何かおかしな事でも言ったかな。
「アキト……今、何て言った?」
「だから、帰るぞって。どうしたんだよ、達也」
「それだー!!!」
「は?」
「お、俺の名前! 名前言ってくれた!」
「名前……あー」
そういえば、名前を口に出した事はなかったな。人の名前を呼ぶなんて事、今まであんまりなかったから。それにしても、喜び過ぎだろ。たかが名前を呼ばれただけで。
「やったやった! アキトが俺達の名前を言ってくれた!」
「……あんた、人の名前を口にする事が出来たのね」
「僕の事、馬鹿だと思ってたのか?」
「兄様兄様! 私の名前も、是非!」
「お前はつけ上がるから駄目だ……はぁ。ほら、帰るぞ。飯奢ってやるから」
このままでは声が枯れるまで名前を呼び続けられそうなのを察して、僕はその場から離れた。外に出ると、照りつける太陽が僕を待ち構えていた。
「祝福のつもりかよ……あーあ、普通の人生を歩むはずだったのにな。少しのお節介がキッカケで、結局こうなっちまった……まぁ、いいか。普通の人生ってのも、退屈だったしな」
これから僕は……僕達は、普通の学生とは違う非日常に足を踏み入れていく。