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僕の青春は怪異と共に  作者: 夢乃間
第一部 怪異探偵編 第1章 日常に潜む非日常
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揺れ動く心と関係

 斎藤響は服を見ていた。その服は、斎藤響が着るには小さすぎる子供の服であった。手に取った白いワンピースを見て、かつてこれと似た服を着ていた幼少期を思い出す。

 セミが鳴き、雲一つない晴天。地面に敷き詰められた石の上を歩いていると、近くで流れている川を見ると、幼い少年がびしょ濡れにしながら、太陽のように輝いている笑顔で斎藤響に手を振ってきた。


「……昔は、私だけだったのに」


 鮮明に憶えている宮本達也との思い出。そして初めて自覚した恋心。斎藤響、10歳の時である。

 それからの5年間、斎藤響は宮本達也には言えぬ、恋心を抱いていた。それは恐れからの躊躇い。斎藤響と宮本達也は言葉を発せるようになった時から交流があった。やがて斎藤響は、自分と宮本達也が友達とは少し違う関係、幼馴染であると知る。他人がどれだけ宮本達也と親しくなっても手に入れられない特別な関係だと。 

 だが、恋心を知ってからは、その特別な関係が逆に枷となった。幼少期から共に過ごしてきて、互いの良い所や悪い所は知り尽くしている所為で、相手の新たな一面を知っていく恋人という関係になれない。

 そして一番の弊害は、この想いを打ち明ければ、幼馴染という関係が消えてしまう事だった。例え恋が成就しようがしまいが、幼馴染という特別は無くなってしまう。恋心を捨てきれずにいるのと同じように、幼馴染という関係性も、斎藤響は捨てたくはなかった。

 そうして迷っている内に、いつの間にか宮本達也の隣には、黒宮アキトが立っていた。宮本達也は黒宮アキトに対し、まるで幼馴染のように話し、動き、笑う。

 斎藤響は許せなかった。幼馴染を平然と奪おうとする黒宮アキトが。


「あんな奴の、何が……ぅぅ……!」


 悔しさからか、斎藤響の目からは大粒の涙が流れた。零れ落ちていく涙はワンピースへと沁み込み、純白のワンピースが滲んだ黒色になっていく。 


「兄様は素晴らしいお方ですよ」


「っ!?」


 突然の声に、斎藤響は大きく体が跳ね上がり、反射的に声がした方へ顔を向けてしまった。声の主である西連寺マコトは、斎藤響のすぐ隣にいた。


「あ、あんた……! 何の用よ!」


「分からないのです。あなたが何故、兄様をそこまで嫌うのか」


「何故って? 決まってるでしょ、気味が悪いからよ! 私と達也は侍のお化け、あんた達が言う怪異とかいう存在に殺されかけた! なのにあいつは、私達を巻き込んだ……協力しなければ、自分の手で殺すとね!」


「兄様ったら、本当にツンデレなのですね」


「はぁ?」


「怪異には様々な種類があります。あなた方が対面した怪異は、魂を取り込むタイプでした。魂を取り込まれれば、天国や地獄へは行けず、怪異の中で永久に苦しみ続けます。例え解放されても、動く事も声を出す事も出来ません。取り込まれれば、安寧の無い永久の苦しみだけがある。兄様はそうさせたくなかったんでしょう」


「じゃあ、あいつ一人で―――」


「無理ですね。兄様は祓い士になる為の訓練時代の記憶を消失しております。簡単な術は習得しているようですが、それだけでは勝てません……ですが、それでも兄様は戦いました。あなた方を守る為に、危険を承知で」


 斎藤響は、黒宮アキトが自分と宮本達也を守ろうと必死になっていた事は、頭では分かっていた。分かってはいたが、嫉妬で認める事が出来ない。だからこそ、西連寺マコトが言った事に対し、何も反論できなかった。 

 西連寺マコトは斎藤響の心を見透かしていた。相手の心の隅まで見透かす異能の瞳によって。

西連寺マコトはこのまま言葉で彼女が黒宮アキトに協力的になる為に、斎藤響が隠している宮本達也に対する恋心を利用した。


「……お連れの方、お名前は達也さんでしたか? 随分と仲がよろしいですよね。それにあなたは、達也さんの事をよく気遣っていらっしゃる」


「……当然よ、幼馴染なんだから」


「本当にそれだけですか?」


「……何が言いたいの?」


「吊り橋効果というのをご存じですか? 危険な状況下が、恋心を錯覚させるのです」


「っ!? 私の恋心が嘘だって言いたいの!?」  


「あら。恋をしていらっしゃるのね」


「え……あ、いや、違うの! 達也の事は別に―――」


「お相手が達也さんだとは言ってませんよ? まぁ、あなたの恋が本当か嘘かは置いておいて。達也さんはあなたの事をただの友人だと思っていますよ。今は、ですけど」


「どういう事?」


「吊り橋効果で芽生えた偽りの恋心。しかし偽りといえど、恋心は芽生えさせます。片方が既に本物をお持ちなら、偽物を本物にしてあげればよいのです。鉄は熱いうちに打て、ですよ」


「偽物の恋心を……本物に……?」


 西連寺マコトの瞳と言葉に、斎藤響は操られていた。今まで揺れ動いていた幼馴染としての関係と恋心の天秤が、今では恋心しか乗っていない。

 

「西連寺家が下す任務は、どれも危険なものとなるでしょう。ですが、危険を冒すのは兄様だけです。兄様もそう考えて、無茶な修業に打ち込んでいるのでしょうね。まぁ、それでもあなた方も請負人の立場。危険な現場へ行く事になります。それを利用してみてはいかがですか?」 


「……本当に、達也は私の事を好きになってくれるのかな?」


「その為にも、兄様と仲良く出来ますか? 友達とは言わなくとも、せめてまともに会話など」


「……分かった」


「素晴らしい決断ですよ! では、私は先に戻っております。4日後に請負人について詳しくお話しますので、その時にまたお会いしましょう。それでは、失礼します」


 西連寺マコトは軽く頭を下げ、斎藤響のもとから離れていった。完全に西連寺マコトの姿が見えなくなると、まるで時が動き始めたかのように周囲の人物の会話が聞こえ始めてきた。

 斎藤響は手に持っていたワンピースに視線を向け、自分が何も持っていない事に気付く。自分の記憶とは違う事に斎藤響は違和感を覚えたが、すぐにその違和感は消え、服屋から出ていった。

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